第14話「普通の女子高生は転生先では役に立たない、当たり前である」
昇る朝陽。
教会の庭で観ながら大きく伸びをした大河は眩しそうにそれを見る。
「大河様、おはようございます」
「おう、おはよう」
大河に挨拶をしてきたのは白を基調とした修道服に身を包んだソラ。
「昨日は魔物の攻撃が無かったな?」
「はい、最近では毎日のように攻撃がありましたが昨日は珍しいです」
「良く寝れたか? って言っても来ないと知ってた訳じゃねぇから安心して熟睡も出来ねぇか?」
「それが寝れました、イシュタルちゃんや真愛さんとお風呂から上がったら直ぐに寝ちゃいました」
クスとソラが笑うと、
「そりゃ良かった、真愛やあのガキンチョも熟睡してたぜ! グーグー寝てたみたいだ」
大河も笑みを返した。
「大河様は?」
「俺もすぐ寝たよ、ここの教会の風呂はいい湯だったな、寝つきが良かったぜ?」
「そうですか······」
ソラは頷く。
それから数秒。
揃って朝陽を無言で見つめた。
「大河様······」
「ん?」
「塔に登られますか?」
「登るぜ」
即答。
大河は朝陽に向けた視線を外さずに答えた。
「俺は真愛を無事に元の世界に帰さなきゃいけないしな、真愛の推察ではフェンリルとやらを倒すのが手っ取り早そうだ、それに」
「······」
「それがこの世界の為にもなるなら、一石二鳥って奴じゃねぇか?」
「お供します、大河様」
「来てもらわなくちゃ困るぜ、俺達はこの世界には全く疎いんでさ、闘い方も喧嘩の延長だろうしな」
「真愛さんやイシュタルちゃんは?」
「もちろん行くだろう? 真愛はあれで結構観察眼が鋭い所もあって頼りになるし、イシュタルは絶対に行くって寝る前に言ってきたぜ?」
「そうですね」
ソラは頷く。
それは昨日に風呂場でソラも聞いている。
「四人か······」
呟く大河。
一昨日の襲撃で大河は初の実戦をしてはいるが、経験が少ないのは否めない。
真愛に至ってはインドア派女子であるし、イシュタルは己の記憶もない幼女と言っても差し支えない。
「街の知り合いで闘えそうなヤツはいるか?」
「それは······」
大河の問いにソラが答えようとした時、
「街に居る人達には頼れないよ、お兄ちゃん」
会話に不意に割り込んできたのは勝手口に立つ真愛であった。
「真愛」
「真愛さん、おはようございます」
「おはよう、ソラちゃん、お兄ちゃん」
「頼れない、ってどういう事だよ!?」
真愛に振り返る大河。
「その前に、おはようのお返事は?」
「ったく、おはよう! これでいいだろ? 何で街の人間に頼っちゃいけねぇんだ!?」
口を尖らせる大河に真愛は宜しい、とわざとらしく咳払いして、
「私達がソラちゃんを連れていっちゃうんだから街の守りが薄くなっちゃうのに、更に闘える人を連れていったら街はどうするのよ? 街を守れるだけの人達には残ってもらわないとね」
と、答える。
「それは······俺達が」
「あの大きさの塔に入って日帰りで済む? そりゃ初めのうちは様子見で帰ってくるといいだろうけど、それでも昼は塔に入って魔物と闘って、夜も魔物と闘うとか出来る? しなければいけない時もあるだろうけどさ、毎回は無理があると思う」
「それもそうだな、そんな無茶したら何日も持たねぇよな、あの大きさの塔だ、数日でカタがつくとも思えないしな」
昼は塔に入って、夜は街を守る。
それは毎回するのは限界があるだろう。
街を守る事はある程度は任せないといけない。
真愛に言う事が正論だ。
ソラの大河に向ける視線もそれに同意していた。
「そうだな、ひとまずは塔の中の様子を観るつもりで四人でいくか、でもイシュタルはまだ幼いからな、四人といえるかどうか」
年下の少女達との塔への出撃の始まりとなりそうな事に不安を覚えつつ、大河は真愛とソラにそう言って神妙な顔をした。
***
スパーン!
乾いた音が響き、庭に置かれた椅子の上に立てられていた薪が回転しながら地面に落ちる。
「上手いね! 10メートルは離れてるけど結構強く当たるんだね!?」
「えっへん!!」
手を叩く真愛。
白の修道服のイシュタルは小さな胸を張る。
その手には革製の靴下のような物が握られている。
「これはね、スリングと言ってね、今みたいにグルグル勢いをつけると石ころを結構なスピードで投げられるんだよ!」
「それにしても上手いよ、前にやったことあるのかな?」
「それは覚えてないけど、何となくやり方もすぐにわかったからそうなのかも」
「いいなぁ、それなら魔物にもダメージが与えられそうだけど、私にはきっと使えないなぁ」
「そんなこと無いよ、真愛もやってみな!」
真愛にスリングを渡すイシュタル。
うーん、と少し唸った後、やってみるしかないかと真愛はスリングに石を入れる。
「そうそう、そしたら石を包んで反対側も持つ」
「うんうん」
「そして、グルグル回す!」
「わかった!」
真愛は石の入ったスリングを右手で回し始めるが、その回転は年下のイシュタルのそれよりも鋭さがなく、ゆっくりだ。
「早く回さないと飛ばないよ~!!」
「わ、わかってるんだけどぉ」
眼で余裕で追えるようなゆっくりな回転はすぐに衰えを見せ、スリングは石を内包したまま、真愛の後頭部にコーンと命中した。
「あたぁ!!」
「あ~、大丈夫!?」
「な、なんとか······で、でもこれは私には難しいかなぁ、返すね」
後頭部を擦りながらイシュタルにスリングを返す真愛。
インドア派の真愛は運動神経が鈍い。
運動神経に自信のないあるあるだが、特に何かを投げる必要がある競技は特に苦手だ。
スリングショットで石を勢い良く放ち、更に命中させるというのはかなりの難題だと自身ですぐに理解が出来てしまった。
「スリングですか、イシュタルちゃんみたいな小さな娘は相手と距離をとる必要もあるから有効ですね」
そこに現れたのはソラ。
「見られてたのか、恥ずかしいなぁ~」
「いえいえ、案外にスリングショットは難しいんですよ、特にイシュタルちゃんが持ってる革製の石を包んで放つ形のは離すタイミングや回す必要もあるから余計なんです、木製スプーン型の方が石を乗せて振り下ろすだけですから簡単ですよ?」
真愛は苦笑いで恥ずかしそうに後ろ頭を掻く。
「でもスプーン型のはさ、振り下ろすだけだから簡単だけど勢いがつかないんだよね、人よりも丈夫な魔物に効くかなぁ~」
「そうなんだ」
「ですね、なら真愛さん······こちらは」
ソラは修道服の袖からスッと剣を抜く。
闘いの時に使っていたような長い剣ではないが、短剣と呼ばれる物よりは刀身は長い。
こんな物騒な物が修道服の袖から出てくるのは驚いたが、魔物が攻めてくる街でなら護身用には必要なのかもしれない。
「片手で扱える半ブロードソードです、重さで斬りつけるような事は出来ませんが、刺せば相当な殺傷力はあると思います」
「剣かぁ······」
眼鏡を中指でクイと上げ、真愛はその刀身をジッと見つめた。
オモチャや作り物ではないホンモノ。
家事で包丁を使う真愛であるが、同じ刃物というよりはそのブロードソードは武器という雰囲気を纏う。
「いや、薦めてくれるのは感謝したいんだけど、私は運動神経や反射神経、それに体力もないから、近接戦闘は多分向かないと思うな」
「そうですか」
ソラはブロードソードを袖にしまう。
「ごめんなさい、これじゃ塔で魔物に会っても私は何をすればいいのか」
「気にしなくてもいいと思うよ、私のスリングだって強い魔物には効かないだろうし」
謝る真愛。
心配そうにそれを慰めるイシュタル。
「真愛さん」
「?」
落ち込みかける真愛に微笑み、
「私達が塔に入る前に行っておきたい場所があるんです、ぜひ一緒に付き合ってくれませんか?」
ソラはそう申し出てきたのだった。
続く




