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異世界出張!迷宮技師 ~最弱技術者は魚を釣りたいだけなのに技術無双で成り上がる~  作者: 乃里のり
第3章 出張には延長がつきものな件について
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70:墓石の影

3章後半突入


 墓石の影、息を整える。

 付き合いの短い相棒の泥を拭う。

 露わになったバレルの紋章ルーンが、月明かりに浮かんだ。



「ウ゛ア゛ア゛ア゛」



 人ならざるモノのうめき声。

 ズルズルと引きずる足音が響く。


 休める時間は長くない。

 グリップを強く握り、首筋に感じる怖気を抑え込む。


 弾はまだある。

 今必要なのは、敵の前に身を投じる覚悟。

 そして、繰り返すのはシンプルな動作。


 軽く息を吸い素早くリーン。

 確認できたのは1体の影。


 照星を胴体へ。

 ダブルタップ。


 刹那、閃光。


 光の矢が貫き弾け、陰影が浮かび上がる。

 胴と肩に大きな穴を空け、影が崩れた。


 ふぅと息を吐く。

 歓喜は訪れない。


 軽い反動を受け流した格好をすぐに戻し索敵。


 木の影に1体、墓石の後ろに1体。

 墓石の後ろは狙いにくいか。


 軽く息を吸う。

 ダブルタップ。


 再び走る閃光。


 仄暗い木陰に浮かび上がる影が消え去った。



「「ヒ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア」」



 心臓が跳ねる。

 そこかしろから上がる叫び声。


 気づかれたっ


 すぐさま踵を返し、走る。

 中央通路に抜け出て振り返る。


 虚ろだった影が照らし出された。

 あるモノは腕を無くし、あるモノは半身から臓物を零す。

 あるモノは眼窩に肉が蠢く様をまざまざと晒していた。


 それは人の成れの果てに酷似した肉塊。

 うぞうぞと腐臭まき散らす醜怪な魔物の群れ。


 追い詰めるように広がる群れは、決して速くない。

 しかし、圧倒的な不気味さでにじり寄ってくる様は恐怖そのものに見えた。



「くっ!」



 がむしゃらに引き金を引く。


 狙いを付けるまでもない。

 閃光は次々と足を、腕を、頭を穿った。


 それでも倒れる肉塊を踏み潰し、乗り越え、迫りくる。

 群れは止まらない。



「くそっ」



 震える手でポケットから丸い球を取り出し放り投げる。


 淡く光る玉は弧を描き、魔物の眼前に転がった。

 それに我先にと醜怪な魔物が群がる。



「そこっ」



 連撃の光の矢が幾度も煌めいた。

 照星の先は淡い光。群がる塊の中心。


 次の瞬間、爆発のような眩い光が飛び散る。

 その光源に巻き込まれた魔物たちがボロボロと形を崩し散っていく。


 訪れる静寂。

 目が眩む光が収まる頃には魔物は姿を消し、塵へと変わっていた。



「ふぅ……『ファイヤィンザホゥ』忘れてた」



「ウ゛ア゛ア゛ア゛」



「っ!」



 新たなうめき声が聞こえる。

 休憩時間は無いらしい。



「次、行きますかっ……がべっ」



 踏み出そうとした足が動かず倒れこむ。



「いっ」



 何かに掴まれたっ?!

 混乱する頭で見定めると、地面から迫り出すのは腕。


 恐ろしいほどの圧にがむしゃらに藻掻くが全く離れる気配はない。

 格闘している合間にも周囲には次々に盛り上がる地面。


 乗せた土がずれ落ち、現れたのはめくれ上がった頭皮。

 そして、あざ笑うような窪んだ眼窩が覗いた。



「ウ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」



「ギャアアアアアアアアアアアアアア」



 雲が去り殊更明るい月明かり。

 立ち並ぶ墓石の影に、絶叫が木霊した。



 ▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲



 ガタンと揺れる小さな振動が眠気を誘い、ゴトンとした揺れが時折目覚めさせる。

 バレーガを出発したバスは砂煙を上げ、草原の道を抜けていく。


 隣の席では小さな水の玉が浮かび、手首に巻かれた冒険者の証(メダリオン)が高くなる日の光を受けて鈍く輝いた。

 その青銅色のメダルが示すのは、『7級冒険者』。


 それは1つの終着点、あるいは始まりなのだと言われている。


 大多数の冒険者は安全マージンを取った迷宮ダンジョンに潜り、安全マージンを取った魔物を倒す。

 身の丈に合ったクエストをこなし、日銭を稼ぐ。

 更なる富や名声を求めなければ、危険にさらされること無く生活を送ることができる。


 しかし、こうして自然と貯まった貢献値で7級へと上がった場合、多くの者が6級を目の前にして急激に停滞する。

 6級となるための実技試験には単純に強さが求められるからだ。


 過酷な迷宮ダンジョンの環境から、強力な魔物の脅威から、自身を守るための強さを示さなければならない。

 そうでなければ、夢を求めた無謀な冒険の先に待っているものは悲惨な現実であるとギルドのシステムが物語っている。


 冒険者は冒険をしてはならない。

 しかし、冒険をしなければ上を目指せない。


 そんなジレンマが7級冒険者を終着点であると同時に始まりであると言わしめている。

 

 試験に落ち続けている者、限界を知り昇級を諦めた者、そもそも昇級する気が無い者。

 副業として冒険者登録している者は言わずもがな、様々な理由で7級に留まる冒険者は多い。


 冒険者登録と同時に贈られる言葉『良き魔素と共にあれ』。

 通例として7級になった時にも同じ言葉を贈られる。

 しかし意味合いは少し異なり『腐ることなく研鑽を続けなさい』という激励が含まれている。

 

『6級冒険者になりたい』という切なる願望は、この吹き溜まりに似たボトルネックから抜け出し一人前の冒険者になるという決意。


 歪みなく浮かぶ【水球】には、そんな決意が宿っているように感じた。



 ◇



「ほんとのほんとに受けないの? 絶対おかしいよ! せんぱいっ」



「いや、ちょっと声大きいですって……」



「だってタダなんだから受け得だって言ってたじゃん! 絶対っ――もごもご」



 周囲は騒がしかったがそれ以上に騒ぐもんだから、『何事か』の目線が集まる。



「すみません。お騒がせしました」



 手の中でも、もごもご言っていたマルテさんも視線に気が付きやっと大人しくなった。


 ここは迷宮都市ロンメルの居酒屋兼レストラン。

 料理を待っている間の『昇級試験はいつ受けるのか?』の問いに『受けないです』と答えたらこうなってしまった。



「……どうして?」



「うーん。まず受からないですし……あんまり魅力も感じないんですよね」



 ギャースカ言っていたマルテさんに続いて、レオさんにも咎められるような目をされてしまう。

 どうやら昇級試験はお試しでもいいから当然受けるものらしい。


 試験内容は知らないが、正直全く受かる気はしていない。

 これまでの戦いの場面は全て安全圏から手出しをしていたから何とかなっていた。

 いざ矢面に立たされた時には、簡単に死ぬ未来が見える。


 後は流石に言葉は濁したけど本当にメリットが無いんだもの。

 6級の目ぼしい特典は、ローン借入限度額の増加と保険適用範囲の拡大、そして様々なモノの割引程度。

 俺には全くと言っていいほど興味がない。



「ほんとの本気で絶対大丈夫だよっ! 『飛び飛び級』した人が何言ってるの?」



「……んんっ」



「う……」



 うーん……これを言われると困ってしまう。


『特待処置』の中でも特出した功績に与えられる『重特待処置』。

 級を1つすっ飛ばすことから『飛び級』と呼ばれている。


 これは通常、金を持ってる貴族や豪商によって起きる現象で一般ではほとんど起きない。

 そんなレアケースを俺はさらにもう1個飛び級したらしい。

 マルテさんが気に入ったように話す『飛び飛び級』のフレーズはそのためだ。


 とにかく激レアな現象らしく『と、とりあえず今7級にしておきますけど、6級試験を受けて合格したらすぐ5級試験も受けれるんで』なんて引きつった顔でベテランギルド嬢に言わせることになってしまった。


 ――――――――――――――――――――――

     8級⇒7級⇒6級⇒5級

 特待  〇 ⇒〇

 重特  〇 ⇒  ⇒〇

 超重特 〇 ⇒  ⇒  ⇒〇

 ――――――――――――――――――――――



「いやー……その、前向きに検討します」



「あっ! 知ってる! これ汚い大人のセリフだよっ誤魔化す気だよレオ!」



「……嘘……ですか?」



「ぐぅ……嘘ってわけでは……」



「もう何でそんなにすごいのに、何でそんなに自信がないのっ?」



「いや……だって前見せたじゃないですか。“最弱”のステータス。試験内容によっては死んじゃいますって」



「……よーしっじゃあ分かった! これから『ウルム遺跡』に行こうよっ」



「……賛成」



「えぇ?」



「だってステータス上がればいいんでしょっ? 7級が2人いることだし……ね?」



『してやったり』とニヤリと笑う。

 これは……そうか。

 飯食って『はいじゃあさよなら』っていうのも寂しいしな。



「……ダメ……ですか?」

「ダメなの?」



「あーいや……そうですね……分かりました。行きましょうか」



 こりゃあ勝てない。俺の負けだ。

 いつの間にか可愛い上目づかいの使い手が2人に増えているんだもの。

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