68.9:何言ってんだ?
『何言ってんだ?』
バレーガ観光組合副組合長、ウォードはそう思った。
坊主頭をかきかき思い返すと、確か『難しいんじゃないか』と言ったのは午前中。
今は午後3時過ぎ。
ひょっこり表れたのは、これから商業組合に乗り込んでいくと息巻く新人冒険者達。
自作のおもちゃを自慢するように饒舌に語るその手には、変な形の金属製の筒。
あの雷鳴山の鍛冶の娘が製作したというそれは圧縮した空気だけで冷気を生み出すのだという。
そんなもんが半日で?
◇
『何言ってんだ?』
バレーガ坑道跡地前の土産屋店主を兼任しているウォードは再度そう思った。
坊主頭をかきかき思い返すと、確か『マナ制御を学ぶといい』と言ったのは1ヶ月前。
目の前に現れたのは、大きな大気の渦。
風が向けられた先の岩肌が霜に侵食されていくように凍っていく。
これは先ほど度肝を抜かれた筒の原理を使った新しい冷却魔法なのだという。
こんなもんを小一時間で?
「ウォードさんから見てもアレはやっぱりすごいんですね」
「あんなデカいのは中々できねぇだろうなぁ」
「なんか嬉しそうですね」
「あぁそりゃあな。ひよっこ達の成長を見るのは楽しいもんだ。それにいきなり見せられたのが『風属性の冷却魔法』だなんて、腰ぬかしちまうよ」
レオと名乗った時の不安定さはどこへやら。
まるで面影が無いほど安定したマナの循環。
そして大量のマナを放出しながらも制御しきる技術。
まだまだクセも有るし、ずいぶん荒っぽいマナ制御。
それでも見違えるほどに成長していた。
孫弟子が強力な【暴風】をブチかましてから精々1月。
シェフィの元、血のにじむような努力を重ねていたのだろう。
目の前の気のいいルーキーにしたってそうだ。
得体の知れなかった奴が顔を真っ黒にして咳き込んでいたのが思い出される。
先日の愚物事件の熱も冷めやらぬ中、今度は謎道具の開発にカブーの名産化ときた。
(本当に……年を取るといけねぇやな)
現役冒険者達の成長が眩しく映るようになってしまった自身に自嘲しながらも、胸が熱くなる。
「まったく見違えたな。もう【暴発小僧】の名は似合わねぇな」
「その二つ名って……誰が付けるんですか?」
「はっは。そう迷惑そうに言うな。そういやお前さんはルーキーだったなぁ。まぁ大体そいつの功績や容姿だとか得意技ってのもある。後は自分から名乗る奴もいれば、周りから呼ばれてるあだ名って場合もあるな」
「えぇ……なんか適当なんですね」
「はっは。わかるか? それでギルド新聞が勝手に載っけてるんだよ。勝手にな。話題になればいいだけなんだ。だから無名の内はコロコロ変わってることも多いぞ」
「へぇ……じゃあウォードさんにも付いてたりするんですか?」
「……まぁ、ちょっとな」
「またそれですかぁ?」
笑いを堪えるような抗議の声を放っておいて、大気の渦を眺める。
――本当に、大したもんだ
◇
「よっと」
人が疎らになった土産屋の上で回転し始める大気。
徐々に早く大きくなっていき、心地よい冷風が吹き始める。
見るものが見れば感嘆の声を漏らすほど精密で無駄のないマナ制御。
見よう見まねで行った大気操作は、すぐさま求める効果を生み出した。
「こりゃあ夏には最高だな。……カキ氷でも売り出すか」
「店員さーん。ガチャ切れちゃったよー」
「あいよっ待ってなー」
取り分け女性人気の高い冒険者ガチャを手際よく補充する。
「なにあんた。まだ引くの?」
「だってシークレット欲しいんだもん。絶対かわいーもん。えーい次こそはっ」
出てきたガチャをカパッと開けて、項垂れる。
「また【重力貴兵】だよぉ……」
「前はカッコいいって言ってたじゃない。全くミーハーなんだから」
「それとこれとは違うのぉ」
「あんたほんと変わってるわ――『1級冒険者』より8級の方がいいだなんて」
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「カブーを食べに行きたくはないか? なぁシェフィ」
「お誘いは大変嬉しいのですが、果たしてそのような時間がおありでしょうか?」
「ぐぅ……でも、これはあまりに過酷では無いか? 我は息抜きも必要だと思うぞ」
「2度とあのような事が起きてはなりませんから」
「ぅ……」
夕日の時間はとうに過ぎ、庁舎の外には闇夜が広がっている。
メルリンドの目の前には連日のように積み上げられる書類の山。
そして『いるしょるい』『いらないしょるい』と書かれた箱が置いてある。
元来、村長の元へ届く書類は限られている。
優秀な秘書が持ち得る権限の元、伝えるべき情報と書類の取捨選択を行っていたから。
しかし先日、『社交辞令、そして冗談とアプローチの区別がつかないのは致命的』と書類の真意を読み取るトレーニングを勧められた。
メルリンド自身も負い目を感じている部分であり、いつも任せっきりだったなという感謝から、二つ返事で始まった訓練。
いつしか鬼教官の指導によって苛烈を極めていた。
「むーん。『砂防工事の要請』これは要るだろう?」
「いえ、もうこれは要りません」
「なぜだ? 予算検討は必要だろう?」
「既に明日、担当にメル様を割り当てています」
「そうか……我は……明日砂防工事をするのだな……じゃ、じゃあこれなんかはどうだ『ウィンダル町長からの手紙』」
「これも必要ないでしょう」
「『是非お越しください』と書いてあるぞ? ……バレーガ経由で行っても良いではないか」
「それは社交辞令です。定型文で返事を致しましょう」
「むむ。……おっこれは要るだろう。『バレ鉱観光続行便の検討』。視察が必要じゃないか?」
「いえ、それはこちらで預かります。その日メル様は『校舎の天井掃除』がありますので」
「我は……天井の掃除もするのだな……業者かな? 我、業者かな?」
「皆さん喜んでおられますのでご安心ください。さ、それに加えてこちらです」
「むーん。これは? 『すらいむがでるよ』?」
「雨が降ると校庭にスライムが出るようになったそうです。それで走りにくいとの連絡です」
「それは確かにどうにか……っまさか?」
「はい。こちらも担当はメル様です」
「ぅ……我も皆のため、やることはやぶさかではない。でも出歩く暇もないのには――」
「その暇があったがために、1人でコッソリとバレーガに行こうとしたのですよね?」
「……だってまだ近くにいるなら少しぐらい会いに行っても――」
「公務を放っておいてですか?」
「うぅ……だって心配ではないかぁ……」
「既にウォード師匠にお任せしておけば万事問題はないと申し上げております」
「うぅ…………」
「…………ふぅ。工事が終わりましたら、息抜きにロンメルに行ってみましょうか。……明日から向かうそうですから」
「なに本当か! 良いのかっ?」
「ちゃんと工事が終わりましたら、ですよ」
「分かっているともっ! さぁ続けるぞ! シェフィ!」
「……もぅ」
先ほどとは打って変わって、テキパキと仕分けをこなしていく。
それはまるで恋する乙女のようであり、ご褒美を前にした子供のようにも映る。
嘆息した秘書は、少しだけ苦笑いを浮かべ指導に戻っていく。
「む? そういえば……なぜコイズミ殿が明日からロンメルに行くことを知っているのだ?」
「っ! ……出立の日に聞いておりました」
「むーん? ……そうか。存外、親密になっていたのだな」
「ち、違いますっ! そんなんじゃありません!」
「からかっているのではない。我は嬉しいのだ」
「…………もぅ。……あっそれはこちらです」
「むううう」
笛の音がさらりと髪を撫でつけ、ドラムの音は軽やかに庁舎の窓を叩く。
月の光をスポットライトにグラスが躍る。
手厳しい指導が続き、書類の山が溶けていくころには、広場の盛り上がりは最高潮に達していた。
それはリュートの音色が加わっているのに誰も気が付かないほどに……




