68.5:せんぱいっパーティを組んでても
「せんぱいっパーティを組んでても、普通は分けるのっ 男の子同士話すこともあるでしょ」
あぁすごいっ! 良いタイミングっ!
1人部屋が丁度2部屋!
狭い空間に2人の男……なんてドキドキするのぉ!
「おふぅ」
あっイケないイケない。落ち着けあたしっ!
小柄で無口なハーフエルフと年下でも敬語の人族。
見つめあうこの2人を見てるとドキドキしてしまう。
悪友と見た漫画みたいに、ドッキドキの――
あぁめくるめく禁断の上に、さらに禁断を――
「え……部屋行きますよ……?」
「あい、いきやす」
あっイケないイケない。落ち着けあたしっ
忘れちゃダメっ陰から見守るのだ。
◇
お勧めのミートパイもおいしかったし、お風呂も広かった。
それに良い雰囲気の部屋。
流石に3人だとちょっと狭かったけど。
やっぱりせんぱいがいるとなんか楽しい。
レオだって、あからさまに口数が増えてるし。
……3人でまた一緒に迷宮行きたいなぁ。
でも『パーティに入ってくれ』とも『故郷に付いていく』とも言えないのは知ってる。
まして引き留めることなんて出来るわけない。
人には人の事情ってのがある。
駄々をこねるのは大人のすることじゃない。
あたしは大人だから分かるんだ。
でも……あーあ。せめて3人部屋が空いてればよかったのになぁ。
初めての1人のお泊りは、想像していたよりちょっとだけ寂しい。
さっきまでの何気ない会話がとても愛おしい時間に感じる。
2人も同じ気持ちならいいなぁ。
チラと壁を見つめる。
隣の部屋で何話してるんだろう?
ちょっとだけ気になる……
――はっ……ダメダメっ! 聞き耳を立てるなんて!
でも、ちょっとだけなら……
――はっ……ダメダメっ! 朝からカブー料理するって言ってたから早めに寝ないと!
いや、でも誰も見てないし……
――はっ……ダメダメっ! そんなの変態だよっ!
いや、でも別にやましい事を聞くわけじゃないし……
――はっ……ダメダメっ! やましい事してたらどうするのっ
ってやましい事ってなにっ?! きゃーやましい事ってなにー!
そんなわけないって! ほんとのほんとにそんな事あるわけ……
……じゃあ良くない? べ、別に聞いても良くないかなっ?
壁が薄いんだったらしょうがなくないっ?
あっ……そうだよっしょうがないじゃないっ!
壁が薄いんだもんっ! 少しぐらい会話が聞こえたってしょうがないよっ
ちょっとだけ壁に寄り掛かるだけだし、耳が壁に近いだけだし…………
「…………」
――――って聞こえなぁぁああああい!
全然聞こえないよぉ!
この壁厚いよぉ! ちゃんとした壁だよぉ!
うぅーあたしの葛藤を返せっ! あたしの一大決心返せぇっ!
憎い壁をバンバン叩きたかったけど思いとどまる。
「むなしい……もう寝よ……」
『掛かっ……変態……………がった……』
「はぅっ!」
な、な、何か聞こえた! ぼやっとした声だけど!
なんかへっ変態って聞こえた気がする!
やだっ顔が熱いっ!
いや、落ち着くんだあたし! こういう時は冷静に――
『い、いやっ! ……お尻……自信……言ってたからっ」
『……お尻だけ……思う……こっ……』
『ちょっ! こっちって…………けど止めてくださいっ」
「おふぅっ! お尻って言ってたぁぁああ!」
な、な、何かやましい事が行われてるぅっ?!
あわわわ、まさかほんとのほんとにやましい事がっ?
ど、どっちがどっち? あーんなことや、こーんなことがっ?
「大人だよぉ……大人すぎてついてけないよぉおおお」
ベッドに飛び込み枕に顔を埋め、叫ぶ。
ど、ど、どうしよう!
大変なことを聞いてしまった!
明日どんな顔して会えばいいのぉ?!
◇
うーん、うーんとモジモジ。
ああでもない、こうでもないとモジモジ。
ボフボフと形を変える枕は、結局明け方まで変形し続けていた。
翌日、アレが『遠話』の魔導具の会話だと気が付くまでは、顔を赤らめ続けてしまうのだった。
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治癒師は『別れの職業』だと言われている。
それは何も治療専門の治癒師だけに限った話じゃない。
戦闘においても最後に倒れるのは治癒師で無ければならないから。
それでも、別れに慣れているわけじゃない。
唐突に訪れる別れは幾度経験しても心を湿らせる。
多分、湿った心を乾かすのが意図せずうまくなってしまっているだけ。
繰り返し乾かした心がカラカラ鳴るのを握りしめて誤魔化しているだけ。
不意に思い出してしまう記憶、後悔、自責。
掃除の手が止まり、視線が左下に落ちる。
テーブルに置かれた小さな花瓶。
そこに描かれた控えめな花と目が合った。
『人は必ず、失敗する』
思い出すのは何気ない会話。
旅立ってしまった友人の寝顔が浮かんだ。
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死んでいるの?
胸に当てた手からは全くマナの動きを感じとれない。
でも胸は規則正しく上下して、鼓動は力強く主張している。
間違いなく生きていると。
魔石が無くても生きていられるの?
その答えに手のひらには温かい体温を感じる。
でも、魔石を持たない生物は聞いたことが無い。
でも、目の前でこうして動いている。
でも……
――不思議。だけど怖い感じじゃない。
混乱しながらもそんな事を思ったことを覚えている。
◇
何回かお土産話を聞くころにはその青年と食事を取るのが楽しみになっていた。
難しい話で相づちを打つ事しかできないこともあったけど、物怖じせずに話してくれるお土産話はとても新鮮で面白かった。
あれは確か、頂いたお酒を開けたときのこと。
珍しく深酔いした彼は饒舌だった。
「大変なのがCPKとか3σって言うんですよぉ」
「さんし熊さんですかぁ」
「うー。工程が安定してるか判断する材料というか指標なんです。『3σで』って言われるんですけど、『1000個中3個は不良品が出る可能性があるバラツキ具合』って意味分かんなくないすか?」
「バラツキ熊さん。ふふふ。それは意味わかんないですねぇ」
「んあ。現場じゃ不良品なんか出ない方がいいに……決まってますけど、品管は『3σでオッケー』とか言うもんだから……全然纏まんないんすよ」
「あらぁ。デオッケーは大変ですねぇ」
「ごく……そりゃあね。全部生かせるように設計しますよ。でもその時は最高の設計だと思っててもどうしたって不具合って出るんすよ。作業者が違う製品をぶち込んだりさぁ。んぐ……でもそれで0.3%生かせてないって言われてもねぇ」
「……生か……せない」
「そうそう。始めっから……全部生かすなんて無理なんすよ」
「そう……なのでしょうか」
「んあー。『ヒューマンエラー』って言うんすけど、『人は必ず、失敗する』んですよ。んく……絶対に。だから無理なんす」
「必ず失敗…………その無理をやらなければならない時……トモヤさんなら……どうしますか?」
「んあ。前もって失敗しても大丈夫な構造とか、そもそも失敗できないような構造にするんすよぉ。『フェールセーフ』とか『フールプルーフ』って……言うんですけどね。……でもどんな失敗するか分からないじゃないすか。……だからその時の最善を尽くすしかないんす。次は起きないように……していくしかないんす」
「……その時に最善を尽くす。次は起きないように」
「まぁ不具合が起きた後になってやっとポカヨケ……考えておいて良かった。人が怪我しなくて良かったなぁって……思えるんですけどね」
『ヒューマンエラーは……自分にも当てはまる……から』とゆっくりテーブルに突っ伏していく。
こくりこくりと言葉を続けていたのにもついに限界が来たようだ。
すやすやと寝息を立てる寝顔をのぞき込む。
「ふふ」
きっと何かを意図して話した言葉じゃない。
だけど少しだけ、でも確かに何かが軽くなった気がした。
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この花瓶はその時のお詫び。
別に何も悪いことはされてない、受け取るつもりはなかった。
でも丁寧に平謝りする根気に負けてしまい受け取ってしまった。
花は、少し苦手。
……思い出してしまうから。
心が湿っぽくなる記憶を。
幾度となく繰り返し残響する言葉を。
不意にカーテンが揺れ、差し込む光が揺れる。
描かれた黄色の花が控えめに輝いた。
それに何となく、本当に何となく『どこか寂しそう』と思ってしまった。
そして『似合うのは素朴な花かなぁ』と考えてしまった。
いつもならそんな事思うはずないのに。
『トン、トン』
その時、玄関のノックが聞こえた。
カーテンが揺れた原因。届いたのはとても軽く小さな包み。
差出人を確認して急いで包みを開く。
目に入ったのは、白い花。
細く小さな緑の葉の中から、ちょこんと顔を出した白い花びら。
どこか素朴なようで、洗練されたその花の名は――
『ローズマリー。大丈夫だよ。誰も完璧じゃないんだ』
――忘れることない情景
――幾度となく繰り返し残響する言葉
でも……それがいつもと違って聞こえた。
胸に手を置く。
締め付けられる痛みは消えてない。
でも確かに感じる。
意志、前進への意欲、突き動かす何かを。
「……最善を尽くす。次は起きないように」
まだ暖かく残っている。
まるで花の送り主の言葉が心の隅っこに住み着いたみたいに。
痛まないように花を持ち上げる。
「うふふ。……本当に素敵な冒険者さんになりましたねぇ」
止まっていた手が動き出した。
◇
とたとたと足音が聞こえる。
「ローザさまー。おてていたーい」
「あらあらぁ。擦りむいてますねぇ。大丈夫ですよぉ」
今日も優しい治癒師が、来る者を癒し元気づける。
けが人が気軽に立ち寄るその癒しの場はグロイス診療所。
温かみのある木造の建屋は、隅々まで清掃が行き届き、人が増え忙しく飛び回っていても、変わらず柔和な微笑みが出迎える。
カーテンが風にそよぎ、日の光が差し込む窓辺には小さな花瓶。
そして誰かを見守るように白いローズマリーが揺れていた。




