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第一話 六錠 奇利乃 《ダイイチワ ロクジョウ キリノ》

 どくん。

 私の意識が目覚める前、必ずその音を耳にする。

 どくん。

 小さいけれど、一定のテンポで、力強く。

 どくん。

 顔も、声も、名前すら知らない『彼』がくれたこの音。

 どくん。

 私の『いのち』の音。


「……うん、今日も私、生きてる」


 2、3度まばたきした後、私は開口一番そう言った。

 『彼』に貰った私の心臓は平常運転。

 ありがとう、『ヌル』。






「おはよ、お母さん」


「あら、おはよう奇利乃キリノ。相変わらず寝起きがいいのねー」


 制服に着替えてリビングに降りて来ると、生き生きとした表情で朝ごはんを盛り付けるお母さんが居た。

 寝起きがいい、か。


「それは『ヌル』のお陰。彼の心臓の音が、眠る時と起きる時にはよく分かるから」


 私がそう言うと、お母さんは『あら。素敵な子守唄と目覚まし時計ね』とクスクス笑う。

 『ヌル』に貰った心臓は、私にとって一番身近な音。

 周りが静かだと、一定のリズムを刻み続ける鼓動がよく分かって落ち着く。

 『ヌル』の心臓の音は、私の一日の始まりと終わりを告げる音なのだ。


「いただきます」


 今日の朝ごはんは白いご飯と焼鮭とお味噌汁とたくあん。古き良き日本の朝食。

 うん。美味しい。


『………続いてのニュースです。昨夜午後11時頃、局所的な停電が発生した事件について…』


「…んぅ?」


 お箸を片手にテレビのリモコンをいじっていると、気になるニュースを見つけた。

 どうやら昨晩、うちの近所で停電が起こったらしい。

 うちの電気が問題なく通っている事から、被害の範囲自体は少なかったそうだが、どうにも原因究明に難航しているらしい。

 というのも、落雷の様な光、音が発生した事が確認されたのだが、その時間帯には空に雲がかかっていなかったという。気象衛星の記録映像からも同様の結果が出たそうな。


『防衛省はこの事件が新種の『SMEB』、通称ビーストによるものとし、調査を進めています。近隣に住む皆様は夜間の外出を控えて…』


「………」


 ぷちんとテレビを消す。

 ビーストが出たんなら停電程度じゃ済まないでしょ、政府はバカなんですか?

 溜息をひとつ吐き、朝ごはんの残りを食べ進めた。






 朝食もそこそこに、歯を磨いてから自室に戻った私は、パジャマから制服に着替え始める。

 服を脱いで姿見に目を移すと、そこには黒髪黒目、背が低くてやや細身な下着姿の私が写っている。

 着けている下着の中央、丁度胸の辺りには縦に走る縫合痕。

 あーあ。女としての価値が下がったかな。どうでもいいけど。

 私が心臓移植を受けた事を知る人間は少ない。

 縫合痕を見られると、大抵男女問わず私を見る目が奇異のそれを宿すから教える必要もない。

 それを知った上で気楽に付き合ってくれる友達はもっと少ないけど、その分仲良くしてくれる。

 というか私の傷痕を知らない同姓の友達は居ない。絶対数自体少ないけど。男友達?ほぼ皆無ですが何か?

 あははー、私って本当に17歳の高校生ですかー?


「……あ、ヤバい。遅刻しちゃう」


 壁掛け時計が示す時間は7時50分。

 下らないことを考えていたら割と危ない時間になっていた。

 シャツとブレザーを着込んで、上から白いパーカーを羽織る。

 教科書よし。端末デバイスよし。護身用武器よし。

 トコトコと部屋を出て一階に降り、真っ直ぐ玄関へ。


「お母さん、行ってきます」


「いってらっしゃい。最近じゃビーストが出るらしいから、早目に帰ってくるのよ」


「はいはい」


 適当な返事をしながら私は外に出る。

 空は雲一つない快晴。

 その下に広がる街は段々畑に建ち並ぶ全ての建物の屋根に太陽光パネルが設置され、燦々と太陽の光を受け、空には投影された立体映像ホログラムが日時と天気予報、様々な情報を映し出し、それを横切るように車やバイクが空中を飛び交っている。

 飛んでる様に見えるって言っても、実際は屈折率ほぼ0の道路の上をはしってるんだけど。

 こんな光景が当たり前になったのも、たかだか10年前からだっていうんだから驚きだ。


 ここは技術発展の為に実験として造られた人工島『アトランティス』。

 この島では化学、機械工学、医療など、ありとあらゆる技術の最新鋭を研究されている。

 私は五年前から移植した心臓の状態を見るため、文明の最先端であるこの島で暮らしている。

 先述の通り、この島では医療技術も外と比較にならない程高いので、私の心臓の不具合にもすぐに対応出来るようにお母さんが無理を通した様だ。

 ………この島の居住権、当選倍率200倍だったよーな…。

 お母さん元雑誌記者のトップだったし、島の有力者の情報握って裏工作したんだろうなぁ。


「ほんと、困ったもんだ」


 暫く歩いてバス停でぼんやりとしながら溜息をつく。

 ま、お爺ちゃんやお婆ちゃんは私が生まれる前に死んじゃってるし、お父さんも私が病気になる前に死んじゃってるし、唯一の肉親を大事に思う気持ちは分からなくもないけど。

 あ、バス来た。

 さて、学校に向かいますか。





 バスから学校への直通電車に乗り換えて滞り無く学校に到着。

 特に何事も無く教室へ向かう。


「おっはよーきりのん!今日もキミはちっこくて可愛いのぅ!」


 私が教室に着いた直後、背後からどーんと衝撃。そして後頭部をむにゃっと柔らかいものが包み込む。

 おおぅ、相変わらずご立派な脂肪の塊をお持ちで。


「おはよー。今日も元気だねアマネは」


「あたぼうよ!元気だけがアマネさんの取り柄さね!……あれ、自分で言ってて悲しくなってきた」


 私に抱きついてきた女の子はテンションがあがったり下がったりと見ていて飽きない。

 私よりも頭一つ分背の高いこの女の子は佐香真知有間音サカマチアマネ、中等部の頃からずっと同じクラスの親友だ。

 常にハイテンションで体力や身体能力は男子に引けを取らないが、成績の方は芳しくない。


「成績の方は芳しくない」


「きりのん、口に出さないでよ…」


 私の言葉のナイフを受けたアマネはさめざめと打ちひしがれる。普段からこんなノリなので数秒もすれば復活するけど。


「あ、そーだきりのん。今朝のニュース見た?」


「見たよ。近所だったけど、うちは特に被害は無かった」


「あー、やっぱりきりのんの近くだったん?やー、おねーさん心配したんさねー」


 アマネが腕時計型の端末デバイスを操作しながらホッとしたように溜息をつく。

 文字盤から青色のレーザー光が投射され、端末のホーム画面が投影された。


「およ、携行式の立体映像ホログラムシステム?」


「そそ、網膜投射コンタクトを介さずに視覚化する立体映像ホログラム技術の小型化!うちの会社の最新試作品さね!」


「なるほど、それをお父さんに頼んでかっぱらってきたと。いよっ、流石は天下に轟くサカマチ重工のご令嬢。職権濫用はお手の物」


「ひどい!?」


 息を吐かせぬ私の毒舌にアマネは再び打ちひしがれる。

 こんな下らないやりとりが私達の日常だ。


「で、なんで端末?」


「あ、うん。ほら、昨夜の事件が「ビースト」絡みだってニュースでも流れてたし、きりのんってそういう事件に興味津々っしょ?だから色々調べてみたんさ」


 私が話題を振るとアマネはケロリとして自慢気に無駄に発育した胸を張る。

 自慢か。おっぱい無い私に対する当て付けか。

 私はジトーっとアマネを睨みながら立体映像ホログラムに目を移す。

 昨夜の事件に関する様々な情報、考察の記事がスクラップされたファイルに目を通すと、『某国の発した電波障害を受けた過電圧による電線のショート』やら『放電に特化した新種のビースト』やら、果ては『UFOからのメッセージ』やら、根拠の無い内容ばっかり。


「ごめん、教えてもらって悪いけど、これに関してはあんまし興味ない」


「おりょ、残念。きりのんが喜んでくれると思ったんだけど」


「ありがとー」


 ちょい凹み気味なアマネをフォローしてポンポンと肩を叩く。

 調べてくれたアマネには悪いけど、この件に関して私の知的好奇心は刺激されない。

 だって犯人(・・・・・)知ってるし(・・・・・)

 そんな無駄話をしていると、キーンコーンカーンコーンと予鈴が鳴った。


「おっと、1限ってなんだったっけ?」


「現国。田所先生だから真面目にね?」


「へ、へーい」


 アマネは重い足取りで自分の席に向かう。

 ……居眠りするな、あれ。

 席に着くアマネから私は視線を移す。

 他の生徒が席に着く中、窓際最後尾の席には誰も座っていない。

 ………あのバカは今日も遅刻のようだ。






 あまり面白味のない2限を過ごして3限目。

 物理の授業中にやっとあいつが来た。


「…………」


 ガタン!と大きな音を立てながら、後ろのドアが開き、廊下から1人の男子が入ってくる。


「……また遅刻か、ニノツギ


「………」


 物理の女教師、九重ココノエ先生の注意を無視してその男子は窓際最後尾の自分の席に着く。

 だらしなく着崩したブレザーにツンツンした黒髪のそいつは鞄から漫画雑誌を取り出すと、机に足を投げ出して雑誌を顔に被せ、直ぐ様寝息を立て始めた。

 その様子にココノエ先生はやれやれと頭を振って授業を再開する。

 ニノツギ蔵人クロード。このクラス、否、この学校一の問題児。

 毎日ケンカは当たり前、島の治安隊セーフティのお世話になるのは日常茶飯事。

 カツアゲや弱い者いじめはしない奴だけど、売られたケンカはのし付きで返す、そんな奴。


「……敵ばっかり作っちゃって、不器用な奴」


 私は周りにバレないように神経操作で端末を起動し、操作画面を網膜投射コンタクトに映し出す。

 プライベートチャットを立ち上げると、案の定、ズボラなあいつは昨夜からログインしっぱなしだった。

 私はすぐにあいつへメッセージを送る。


 ――やっほー。@Lock


 ――おーい。@Lock


 ――うるせー。@Sanzo


 お、返事した。


 ――そんな事言って、また誤解されるよ。@Lock


 ――オメェに関係ねーだろうが。@Sanzo


 あ、かっちーん。


 ――ばか。ぼっち。甲斐性なし。便所飯。どーてー。@Lock


 ――コロス。@Sanzo


 後ろのほうで歯軋りする音が聞こえた気がしたけど自業自得だ。ふはははは。


 ――なんか用か。@Sanzo


 取り合わないと寝られないと諦めたか、あいつから話題を振って来た。


 ――昨夜、派手に暴れたでしょ。『新種のビースト』くん?@Lock


 ――うるせー。今までのザコより少し手こずっただけだ。@Sanzo


 私が皮肉ってやると、言い訳がましくそんな返信。

 相変わらず負けず嫌いの見栄っ張りだなー。


 ――相変わらず負けず嫌いの見栄っ張りだなー。@Lock


 ――思考だだ漏れてんぞ。そのクセ直せ。@Sanzo


 あちゃ、文面からも呆れが読み取れるつっこみを食らってしまった。

 おっと、話題が逸れた。


 ――あんたが『手こずった』なんて言葉を出すからには、結構強かったみたいね。@Lock


 ――今までに比べてだ。ザコに変わりねー。@Sanzo


 あいつは懲りずに負けず嫌いを発揮する。

 話が進まないでしょ、もー。


 ――3限が終わったら昼休みだし、話詰めるよ。校舎裏の林に集合ー。@Lock


 ――寝かせろ。@Sanzo


 ――拒否権は無い!ちゃんと来てよ、サンゾー@Lock


 ――へーへー。@Sanzo


 その返信レスを最後に、サンゾーこと参蔵人がログアウト。

 そして直ぐに後ろで小さくいびきをかきはじめた。

 まあ、昨日は遅かったし、眠いのはわかるんだけどねー。

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