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盲神少女  作者: カオス
第一章 されど、彼は新しい日常の謳歌を望む
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プロローグ

 月明かりと外灯が闇夜を照らす、そんな普段よりかは比較的明るい満月の夜。

 しかし周囲の家の灯りはほとんど消され、結局闇と静謐な空気が大部分を支配する道を赤と黒のツートーン自転車で進んでいく。確か、出掛ける前は十一時半くらいだったか。っとなると、今は大体十二時くらいか。

 高校二年への進級を控えた春休みを過ごす俺は、しかし安穏と迎えることは許されず、親の転勤というありふれた理由で明後日に新学期を控えながらも転校を余儀なくされた。その引っ越しを今日の昼に終え、その後は荷物の整理をしたのだが、それを終えて寝ようとしても家までの道のりで寝てしまったのと何より興奮からか中々寝付けなかった。

 その上、初めて来た地域。どんな道や建物があるか何も分からないし丁度良い為、近所を確認半分、探検心半分で散歩っというかサイクリングしていた。いやー、この知らない道や場所を開拓するのもそうだが、それプラス夜道を一人進む俺。何か、少し興奮してしまう。

 そんな高揚感を心に引き連れ進んでいると、少し先に公園が見えてきた。夜の公園と言えば、ブランコ立ち漕ぎをするのは少し青春っぽいではないか。とはいってもまあ、それは隣に彼女なんかいる場合で一人で漕いでも虚しいだけだ。なのでただそこを通り過ぎようと近付いていくと、その公園を照らす一本の外灯、それからすべり台と鉄棒、ベンチとブランコが見えてきた。だがこの公園、何よりこの時間に似つかわしくない、目に入ったもう一つのものに驚きが隠せなかった。

 ありふれた遊具しか無い、ありふれた狭く仄暗い公園。だが、そこに一つ異常なもの。

 公園の中央少し奥に二つぶらさがっているブランコの内の一つ。垂れ下がった鎖を片手だけ握り座板に足底を付け、立ち上がりながらも漕がずに制止している人。ブランコに立ちながらボーっと前を見つめ続けている人物が一人いた。

 ただ通り過ぎる意識しか無かった筈なのに、その人物を見た俺は、反射に似た感覚で思わず自転車を止めてしまっていた。

 月光に照らされ白銀に見える腰ほどまで伸びた美しく長い髪に、手に持つ水晶のように透き通らんばかりの濁りの無い清らかな目。スッと通った鼻梁と引き締められているが艶やかだと分かる唇。少なくとも俺の今まで見てきた中では圧倒的過ぎる程に煌びやかで、いやどころかこれから先もこの人を越える者はいるのだろうかと。芸能人など直視したことの無い俺にはそれ程の感想を抱かせてしまう、かつその俺の考えが現実的にも思える美を濃縮したその端麗な顔立ちは、今は表情を有していないがそれでも俺の目を惹き付けるのには充分過ぎた。

 そんな初めての神秘に触れている俺の目は彼女に貼り付けになっていた訳だが、彼女もこちらに気付いたようだ。こちらに視線をやり、目が合った。そのまま暫し見つめあった後、無表情のままだが顔を横に傾けた。そんな仕草一つもピカソ顔負けの画になる。


「うっ、美しい……」


 ――思えばこの言葉が始まりだったのだろう。

 思わず呟いてしまった自分の言葉でハッとなった俺は、しかしそこで自分のやってしまったことに途端に後悔する。

 しっ、しまったー! 気持ち悪い発言しちまった! 何だよ美しいって。おっさん美術鑑定家じゃないんだから。やばい、少しだが距離があるとはいえ、辺りは静謐。今の聞かれたか!?

 恐る恐る彼女の顔に視線をやる。やばい、メッチャ引かれてたらどうしよう。そう考えながら、見えた彼女の顔は全く俺が予想していなかったものだった。

 こちらを見つめる目は見開かれ、口はあんぐりと開いている。勿論それでもその造形美は壊されていないのだが、その顔からは驚いている心境がはっきり見て取れた。

 えっ、何この反応!? 引かれたか、引かれたね、そうだよね! 

 それでも一応謝っておかなくては。俺は自転車で公園内に入ってから入り口辺りに止めておき、ブランコの前まで近付いてからペコリと頭を下げて謝罪する。いや、決してもっと近くで見たかったとかじゃなくて! 遠くから謝罪とか失礼だからな!


「ごっ、ごめん。気持ち悪いことを言っちゃったよな」


「美しい……」


 謝り、顔を上げ彼女の様子を窺っていると、相変わらずの驚愕した顔で彼女は俺の言葉を復唱してきた。

 なっ、復唱するだと! これは、あれか。お前これぐらい気持ち悪いこと言ったんだぞと知らしめようということか!


「……それは誠か?」


 そんな俺が完全に狼狽していた所で彼女は言葉を続けてきた。

 あちゃー、ダメだ。こんな美少女に江戸時代の武士よろしい発言をさせてしまうなんて。これはとんでもないショックを与えてしまったか。


「あれは誠だ」


 だから、最早俺もやけになってやったね。江戸時代の武士よろしい発言に江戸時代の武士よろしい発言で返してやったよ。


「……美しいなんて、久しぶりに言われた」


 その声は女性らしく高いが、先程からの物言いは平坦であまり抑揚がない。ポツンと置いていくだけのような発言だ。しかし、今の発言は何処か嬉しさが混じっていたような気がした。

 その言葉には寧ろ俺が驚いた。久しぶり、ね。そりゃまた意外だな。この顔なら、毎日誰かしらに言われても不思議では無いだろうに。何なら俺が五分おきに言ってあげちゃうけどね。うわ、何それ、ただのストーカーじゃん。

 ふとそこで、彼女を見た瞬間いくつも浮かんできた疑問。それを聞いておくことにした。


「あの……そういえばさ。君、その制服って光洋こうよう高校のものだよね? 実は俺も新学期から同じ高校通うことになるんだよね」


 彼女が着ているのは上はワイシャツの上に茶色いブレザーで下は赤チェックのスカート。その服装は、今日引っ越した家に向かう際に少しだけ下見に行った、新しく通うことになる高校で見かけた女生徒が着ていたのと同じ制服だった。

 つまり俺と彼女は同じ高校に通うことになる。つまり、仲良くしようねっと言外の言葉で伝える。分かるよね、分かってよね。……ええ、勿論下心ありですよ。悪いかっ!

 だがしかし、何故か彼女の顔はしゅんと急にしおらしくなった。俯き加減で沈鬱そうな表情だ。どうしたんだ。俺、何か悪いこと言ったか? あっ、そうか、俺と同じ高校っていうのが嫌なのか。そっかそっか。何それ、ショックだわー。


「ごめん、俺と同じ高校って言うのそんなに嫌だった?」


 違うよな。違うと言ってくれ、神よ!


「……いや、違う。気にしなくて良い」


 どうやら違ったらしい。うん、違うよな。当たり前だろ。俺だぞ。

 でも、ならさっきの表情は何だったのだろうか。


「それより、あなたの名前は?」


 早口で質問された。どうやら、さっきのことは追求しないでということらしい。気にはなるが、そこはスルーしてあげよう。全く、気が使える男は辛いぜ。


「俺の名前は竹原建人たけはらけんと。えっと……君の名前は?」


「私のこの世界での名は愛沢優菜あいざわゆうな。……あなたは建人。なるほど、了解した」


 おっ、おお、いきなり名前か。コミュ力高い女子かよ。並の女子でも威力充分なのに、尚且つこの顔で言われたらドキッと死んじゃうレベルだぜ。こういうのは男子は勘違いしてしまうので、無計画な使用は控え、充分注意した上でご使用下さい。

 しかし、そこではてっと今の発言に疑問を覚える。


「この世界での……?」


 この世界って、逆に他に世界あるの? 何もしかして、異世界転生系女子なの?


「この世界とは、言い換えれば人間界。人間という愚かしくも醜い生物が充満している、今あなたと私が生活している世界」


 はあ……はあっ? 愛沢さん、どうしてしまったんだろうか。っていうか、その愚かで醜い人間と言う生物ですよね、あなたも。


「えっと、君も一応人間だよね?」


 傍から聞けば頭を疑われるレベルの質問だが、愛沢さんがあまりにも迷い無くきっぱり言い切るものだから、思わず尋ねてしまった。


「愚問。あなたは何故なにゆえそのような奇異な質問をしてくる?」


 だよな、そうだよな。いやー、変なこと聞いちまったぜ。さっきのは聞き間違いか何かだったのかな。あれだ。今このシチュエーションに俺は興奮しちまってたんだな、うん。全く変な質問をしちまった――


「――無論、私は人間等ではない」


 誰かー! 誰か、助けをー! 頭が、この人の頭がとんでもないことにー!


「人間とは同族にも関わらずそれを分類し、優劣を付け、果てには自分に適合しないと判断したものは排斥してしまう。その上、どんなに関係を築こうと不利益になると分かった途端に平気で裏切るような醜悪な種族。私をそんな浅ましい生物にカテゴライズしないで欲しい」


 その言葉は、捲くし立てるように早口で、怒りを抑え込んだかのような声で言われた。

 この人は何を言っているのだろう。そもそも人間ですら無いならなんだと言うんだ。

 呆然としていた俺に、愛沢さんはふうっと一回大きい呼吸を入れてから、再び淡々と述べた。


「けれども、建人は私を理解してくれた。故に特例的に私と同格と認める」


「……えっ、マジッスか、あざっす」


 よく分からないから、適当に返事をしておいた。

 しかしその後今の言葉を内心で復唱し噛み締めてみると心が、釣られて体が熱くなっていく。こんなお方に俺は認められた。そのことが素直に嬉しかった。

 まあ、理由よく分からないけど! 理解も何も今の時点で知ってるの名前だけだけど! そして同格って暗に俺も人間じゃない宣言されたけど! そんなこと気にしていたら逆転負けだ。

 そんな俺を愛沢さんは視線ぶれることなくマジマジと見つめている。

 ヤバイ、表情緩めるな、俺。女子にちょっと認められたぐらいで有頂天になるような、そんな安い男だと思われてたまるか。いや、違うけどね。そりゃちょっとは嬉しいけど、決して俺は本当にそんなことで有頂天にまで昇っちまうようななよなよしい男じゃないけどね。何なら、硬派な男だからね、うん。別にこんなの大したこと――ちょっ、見過ぎじゃね! この人俺のこと見つめ過ぎじゃね!

 いや、全然全く見られて緊張するとか無いけど、まあ何となく見られ過ぎるのも気になってしまうので、俺は話を変えようとさっと思い付いた言葉を口にする。 


「えっと、そういえばさ、最初見た時から気になってたんだけど――その手に持ってる水晶玉、何?」


 そう、見た当初から気になっていたブランコの鎖を掴んでいない方の手、右手に彼女が持っている水晶玉。彼女の瞳のように透明で濁りの無い手のひらサイズのその球体を持っている姿は、異常というか奇妙というか、珍妙というか。あっ、全部大して変わらねえな。まあ要は、異様だということだ。うん、やっぱり同じだな。


「これは私の神秘性を高めるアイテム。そして、その私の神秘性を理解力に乏しい人間達に理解させ易くする為の顕示物のようなもの」


 ほうほう、なるほど。分からん。

 はあっ、神秘性? 何言って……本当にあなたは何者なんですか? ――いやどう見ても、ただの人間ですね、はい。

 えっと、これはあれか。初めて見るけど、俗に言う電波系ってやつなのかな?


「なるほどねー」


 どうも本人は本気なようなので、感情込めて言ってあげた。全然何も納得してないけど。分かったの名前+電波系ぽいってことだけだけど。


「じゃあ、こんな時間にこんな公園でブランコに乗っていたのは?」


「……分からないの?」


 ついでに気になること全部ぶつけようと質問したら、小首を傾げながらさも不思議そうに言われた。うん、分からないの。


「えっと……眠れないから?」


 それでも二重の意味で適当な解答をした。さて、果たして今の解答は――


「はあ……」


 思いっきりの溜息で返されました! しかも訝しげな目を向けられて。

 分かるか! そんな常識外れの行動の理由なんて知るか! 

 しかもどうせ電波的なこと言うんだろ。普段接する電波が、テレビの受信派と携帯電波ぐらいな俺が分かる訳ないだろ。


「この公園は私の第二拠点。そして私はここから人類を監視の意味も含めて見守っている」


 ほらー、変なこと言うもん! 俺が分かる訳無いじゃん! ていうか、何でここからなの! すべり台の上からの方が高いよ。あれでしょ、本当はブランコ乗りたかっただけでしょ!

まあ、いっか。


「見守るならすべり台からの方が高いんじゃない。本当はブランコに乗りたかっただけなんでしょ?」


 おっと、思わず口に出してしまったぜ。まあよくはなかったらしい。


「ちっ、違うし」


 あっ、ちょっと動揺した。目が泳いでいる。どうやら図星らしい。まあ本人曰く違うらしいので、「そうですかー」っと返しておく。すると、落ち着いたのか再び無表情キャラになる。

 しかし、見守ってるね。さっきからの物言い。まるで、この人は自分のことを……。


「……もしや建人、私がさっきから言っていること疑っている?」


 おおっ、意識してなかったがどうやら懐疑的な意志が表に出てしまっていたらしい。いかん、いかん。何とか言い訳せねば。

 いや、それよりもここではっきりさせておこう。気になるというのもあるが、何というか見捨てられないというか。初めてこの街で出会った友達になりえる存在にして、とんでもない美少女。これから付き合っていくにしても、理解はしておかなければいけないから。


「いや、何でそんなことする必要があるのかなって思ってさ」


 だからこの質問で分かる筈だ。彼女がどんな電波を受信しているのか、何を盲信しているのかが。

 そして、彼女は遂に決定的な一言を、何の気無い、太陽は東から昇って西に沈むとでも言うかの如く、当然のように述べた。


「――勿論私が神だから」


 こうして思わずというか、惹き付けられてというか、ともかくそんな電波な神様に話し掛けてしまったことから俺のストーリーは始まりを告げたのだった。


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