第81話:【広がる輪】
翌日の取引はつつがなく行われた。聡介とローレンツの信頼に応えるように、お互いがお互いを尊重し合うことが自然とできていた。
二人は改めて商契約を交わしたあとは、実務をそれぞれの信のおける人物にまかせ、会談をしていた。
「ローレンツさん、この度は取引に応じていただいて、本当にありがとうございました」
「何を改まって。こちらこそ、あんな商品どこにもない。お陰でウチの目玉交易品になるよ」
ローレンツはそう言うと呵々と笑った。
「僕たちの生み出したものが、人々の役に立ったなら幸いですね。ところで、万能出汁粉はどこで売られるんですか」
「そうだな、思ったより早めに物資が捌けそうだから、今のうちに次の商品の調達がてら引き返しながら、その道程で少しずつ流していくつもりだ」
「と、いいますと」
「まだまだ、物資は足りていまい。それならウチの商団で賄える分は賄ってしまおうという魂胆だ、取引相手がたつのこ園ならば、力を入れる価値がある」
「万能出汁粉は少しずつ流してやれば、きっと噂になる。そうなればこっちのものだ。あれは……売れるぜ」
頭の中で算盤を弾いてほくそ笑むローレンツに、聡介は相談を持ちかけた。
「ローレンツさん、一つ相談があるんですが、乗ってもらえますか」
「また唐突だな、いいぜ言ってみな」
「ありがとうございます。実は、たつのこ園だけじゃなく、他の種族の皆さんとも取引ってできないかと思いまして」
「他の種族との取引か……。そうだったな、ウチとたつのこ園だけが利益があっても、バザールは成り立たないわけか」
「はい、少しでも皆さんが以前のように安心して取引ができるようになることで、かつてのバザールが蘇ると思うんです」
「……具体的にはどう考えている」
ローレンツの目が真剣味を帯びる。聡介は自分の考えをしっかりとぶつけてみることにした。
「今のバザールに縛られて、少ない金銭で収穫物を納めている現状から、皆さんを解放することが肝要かと思うんです」
「話を聞くに、様々な形で借金をさせることで自由をなくして搾取をしているようで、それらを返却して自由になることが解放に繋がるかと考えています」
「なので、そんな方々から直接品を買い取っていただくことで、借金を返す。自由になってからはこちらのバザールで露店を開いてもらう。大湖水ならではの品物がこちらにあるとなれば、商人の皆さんもこちらで取引をする……」
聡介の言葉をローレンツが引き継ぐ。
「そして、使い道のない貨幣だけが新バザールに残るって寸法か……。ソウスケ殿、あんたまだまだ拙いが、いい商人になるぜ……」
「買いかぶりです。僕の生業は、どこまでも保育士ですよ」
「そういうのを芯が通ってるっていうんだろうよ。……よしわかった。俺たちはここに拠点を置いて、できるだけ多くの人たちと取引ができるように計らおう」
「俺達だけじゃ回らんようなら、他の連中を焚き付けてやろうじゃないか。万能出汁粉やフレークを見せてやれば、どんなやつでも食い付かずには居られないだろうからな」
そう言ってまた笑うと、ただしと付け加えるローレンツ。
「そうなると、なかなか忙しいことになるぞ。大丈夫か」
「子どもたちの生活が基本ですから無理な量はできませんが、しっかり軌道に乗ればある程度の量を生産できると思っています」
「よし、それなら俺たちも配慮していけるように触れまわろう。そのあたりは任せておけ」
「よろしくお願いします。保存も効く商品ですので、毎日きっちりと作っていきますね。あと、色々な種族の方に声をかけて回ります。取引はたつのこ園の近くで大丈夫ですか」
「それでいい、頼んだ……。そうと決まれば根回しだな……。出汁粉を流しつつバザールの話も流すか……。よし……副長! 少し話がある。……ソウスケ殿、一旦失礼する」
そう言うとローレンツは呼び寄せた副長と話し始めた。
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その夜、夕飯では取引で得た食材で作った料理が食卓に並んだ。食器も真新しく、見慣れた献立もどこか珍しいもののように感じる。
「皆で力を合わせて作った物が、こうして皆のご飯や食器になりました」
聡介は食卓につく大人も子どもも、一人ひとりを順に見つめながら言葉を続けた。
「これからも、たくさん遊んでたくさんお仕事をしていきましょう。そして湿地帯に暮らす皆さんや商人さんたちと手を取り合いながら、素敵な毎日を送っていきましょう」
しっかりとした意志を宿す瞳が聡介を見つめ返す。中には力強く頷いたり、はーいと返事をする子もいた。
「それでは、いただきます」
「「いただきます」」
いつしか聡介と同じように手を合わせるようになった子どもたちが、食前のあいさつを復唱する。そして始まるお祭り騒ぎ……。
その日の食堂は、いままでよりも美味しくなった食事も相まって、普段より楽しげで賑やかなものになった。
──そして夜が更けていき、また新しい朝が始まる。そこから日々は、まさに怒涛の日々であった。
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初めはわずかな変化だった。年長組の子たちも手伝って声をかけた内の、オッターフォークの家族が、商品を持ってたつのこ園を訪れた。
ローレンツは、彼らの持ち込んだ湿地帯でとれる貴重な薬草に驚き、高値で買い取ることに決めると、彼らも提示された金額に驚きを隠せなかった。
「あの、本当にこんなにいただいていいんですか」
「何を言いますか、これが正当な報酬ですよ。今までがあり得ない値段で買い叩かれていたんです」
「……ありが、とう……ございます」
目に涙を浮かべる父親に、子どもが近づき尋ねる。
「とうちゃん、どうしたの? どこかいたいの」
「……あぁ、大丈夫だよ。父ちゃん、頑張るからな」
「うん!」
そう笑顔を見せる子どもの頭をくしゃくしゃと撫でる。横では母親が深々と頭を下げていた。
それが噂になったのか、日に日に現地種族の持ち込みは増えていった。
──年長組が毎日少しずつきれいにしていった、たつのこ園近くの広場や足場には敷物や天幕が張られ、徐々に賑わいを見せ始めた。
それと同時に、たつのこ園の桟橋にたどり着く商団が出始めた。ローレンツ商団の副長が主となっている物資補充の一団が、旅路を遡りながら流した万能出汁粉の影響が出始めたのだろう。
聡介は天幕で商人とのやり取りをする機会が増えていった。そして予定通り、三人娘を売り子に据えた天幕では、だれもが驚きの声を上げたのである。
──「そこの娘が言っていたが、万能出汁粉というものはここで売っているのか? 噂を聞いてやってきたのだが……」
呼子をしていたミアの声を聞きつけて、お客が天幕を訪れた。そこに聡介がにこやかに対応する。
「はい、ございますよ。よろしければ試しにお食べになってみますか」
「なに?買い付けの前に試せるのか」
「ええ、ご希望でしたらご用意します」
「それはありがたい、話に聞いただけで飛び出してきたもんでな、試せるのなら願ったりだ」
「それでは少々お待ちください」
聡介がそう言って目配せをすると、ポポが用意してあった器にお湯と万能出汁粉を入れてかき混ぜ、客に渡す。
「どうぞ」
「ありがとうお嬢さん」
そう言って器に息を吹きかけ、一口啜る。
「こ、これは……。何と深い味わいだ……口の中に余韻が残るのに、くどくない……」
そう言いながら夢中で飲み干した男は、目を見開いて宣言した。
「買う……。買うぞ!こんな商品見たことがない」
「ありがとうございます。それでは詳しい説明をいたしますので、どうぞこちらへ」
男を天幕の中にいざない、ネラが説明を受け持つ。価格についてはディーザとしっかり設定したので、後は保存期間の目安やその方法について伝えるだけであった。
今のところローレンツ商団以外には、大量納品はしていない。それについても事情を説明し、よかったら買ってもらうようにしていた。
それでも、ほとんどのお客が不平を言わず、買える分を買っていっていた。
そして、周囲の各種族の露店へ足を運ぶのである。
ここでの取引には貨幣も使ったが、物々交換での取引も積極的に行われていた。どちらかというと、その比率のほうが高いかもしれない。
しかし、グラムの宿屋を初め、盛り返し始めた宿泊業などのサービスを売りにする店で貨幣が使われる以上、貨幣での取引も行うようにしていったのである。
徐々にではあるが、経済の流れは新しいバザールからかつてのバザールに移り変わっていった。
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「どういうことですか……商品の補充がままならないとは」
豪華な執務室にて、幹部の男が静かな怒りを撒き散らしている。
「儲けは特に下がってないですが、売り上げが少なくなっていると思い聞いてみれば……。売る商品が尽きかけている………?この現状になにか申し開きはありますか」
「はい……ご説明します。少し前より現地の亜人どもの中に、こちらから借用した貨幣を返却するものが現れまして……。それが日増しに増え、対応に追われましたところ、監視が滞り、それで、ご報告が遅れることとなりました」
「亜人どもが借金を……?そして監視が疎かになっていたとは……まさか……」
「はい、以前ご報告した養護園のそばで、いつの間にか商取引が盛んに行われています。我々に素材を納品していた者たちも、そこで取引に参加しているようです」
「また、外部からの商人連中も、そこにある桟橋で船を停め、取引をする者が増えているようです」
それまで比較的冷静だった幹部の男の額に青筋が浮かぶ。
「あなたたちは……いったい今まで何をやっていたんですか!みすみす金づるを逃しただけでなく、のうのうとのさばらせておくなど……」
「コインだけあっても何の意味もありません。亜人どもを縛り、流通を掌握することこそが肝要でしょうに……」
鼻息荒くそう言うと、冷酷な目でこう告げた。
「その養護園のとやらを監視していた者は、ただちに追放しなさい。ろくに仕事もできない者に用はありません」
そして立ち上がると、外出支度を始めた。
「私が直接現地に赴きます。ついてきなさい」
ついに、新バザールの奥地に潜んでいた商団との邂逅が、間近に迫ろうとしていた。




