第50話 六人の外側
人が増えれば、そのぶんだけできることも増える。
だが、できることが増えても、そのまま噛み合うわけではなかった。
朝の市場裏では、今日も小屋の前に人が立っている。昨日から来ている若いのが二人。何日か続いている中年が一人。袋の数を間違えない、動きの鈍い男。縄を運ぶ時だけは落ち着いて見える痩せた女。そこへ、また新しい顔が二つ混じった。
ガルドが前に立ち、エルンが帳面を開く。ミラが依頼人の話を繋ぎ、ドグが足りない物を見ている。リノは戸口の脇にしゃがみ込んで、足元ばかり見ていた。
六人の中では、もうだいたい流れが決まっている。
誰が前に出るのか。
誰が数を見るのか。
誰が仕事を拾うのか。
誰が物を整えるのか。
それを言葉にしなくても、今では自然に動く。
だが、その流れは六人以外が入った途端、急に鈍くなった。
「そっちは後です」
エルンが言う。
だが、昨日来た若いのは手を止めず、先に箱へ触る。
「待てって」
ガルドが声を飛ばすと、今度は別の中年が反対側の荷へ手を出した。
どちらも悪気ではない。ただ、自分が見えている仕事から先に片づけようとしているだけだ。六人ならそれでもずれない。誰かが何を優先するかを、互いに知っているからだ。
だが、新しく入った者には通じない。
午前の荷降ろしだけで、小さな食い違いが三つ起きた。
積む順番。置き場。終わったあとの受け渡し。
どれも大事に見えない。だが、そういう細かいずれが重なると、流れそのものが濁る。
「……だから先に言ってるんです」
エルンが苛立った声を漏らす。
「言ってるだけじゃ通らねぇよ」
ガルドが返す。
「聞いてねぇんだから」
「聞かせる努力をしてください」
「何で俺が」
ミラが吹き出した。
「そこ喧嘩するところ?」
ドグは黙って箱を持ち上げ、置き場の違う荷を元へ戻した。リノはしゃがんだまま、来たばかりの若いのの足先を見ている。落ち着かない。指示が分からない時の立ち方だ、とカイルは思った。
エルンの言葉は正しい。だが、正しいことと伝わることは違う。
ドグの短い指示は的確だ。だが、分かる相手にしか分からない。
リノの気づきは早い。だが、言葉にはならない。
六人の中では噛み合っていたものが、外にはそのまま広がらない。
カイルは少し離れた位置から、その乱れを見ていた。
問題は、新人が鈍いことではない。
六人の流れが、六人の中だけで完結していることだった。
「……一つずつ、口に出した方がいいかもしれません」
カイルが言うと、エルンが顔を上げた。
「何をです」
「順番です。先に触る荷、後に触る荷、終わったら誰に声をかけるか。今までは言わなくても回ってましたけど」
「そんなこと、見れば分かるでしょう」
「六人なら」
そこで、エルンは黙った。
ガルドが鼻を鳴らす。
「面倒くせぇな」
「増えたからです」
エルンが即座に返す。
「今さら減らせませんよ」
減らせない。そこはもう、六人とも分かっていた。
昼前、乾物屋から来た依頼でまた乱れた。
袋を荷車へ積む順番がずれ、後ろへ回すはずの重い袋が手前に来てしまったのだ。新人の若いのは「近いから先に積んだ」としか思っていない。だが、そのせいで後から積む袋の置き場がなくなる。
「違う」
ドグが珍しく強く言った。
「重いのは奥だ」
「でも、運びやすい方から――」
「崩れる」
短いそれだけの言葉で、新人は止まった。止まったが、納得した顔ではなかった。なぜ崩れるのかまでは分からないのだろう。
カイルは荷車の脇へ行き、袋を一つ持ち上げた。
「こっちを先に奥へ入れると、手前が空きます。あとから来る袋も載るので」
そう言いながら位置をずらすと、若いのはようやく「ああ」と小さく声を漏らした。
理解は、できる。
だが、最初からは分からない。
それが今日いちばん大きな収穫だった。
六人の噛み合わせは、完成しているわけではない。同じ場所でしばらく働いてきた結果、そう見えるだけだ。その中で省かれている言葉や合図が多すぎる。外から来た者には、それがそのまま壁になる。
「新人が悪いわけではない、ってことですね」
エルンが嫌そうに言う。
「半分はそうです」
カイルが答える。
「残り半分は、こっちが慣れすぎてます」
ミラが笑った。
「身内だけで通じるやつだ」
「笑い事ではありません」
「でもそういうことだろ」
午後、エルンは帳面の余白に短く書き始めた。
荷は重いものから奥。終わりは声をかける。縄は長いものを先に残す。置き場の前は塞がない。
大した文章ではない。だが、それを口に出してから仕事を振るだけで、午前より乱れは減った。
ガルドは露骨に面倒そうな顔をしていたが、それでも前よりは怒鳴る回数が減った。ドグも新人の手を二度止めるだけで済んだ。痩せた女は言われた通り縄を置き、鈍い男も袋の数だけは間違えない。
六人以外は、まだぎこちない。
言わなければ通じないことだらけだ。
それでも、言えば少しは通る。
小屋の前に立つ人間は、今日も半端だった。
だが、半端なのは向こうだけではないのだろう、とカイルは思う。
六人の流れもまた、外へ広がるにはまだ足りない。
噛み合っているように見えたのは、内側だけの話だった。
人が増えたことで見えたのは、新人の鈍さだけではない。
六人の噛み合わせが、そのままでは外まで届かないということだった。
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