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第5話 違和感

 最初は、偶然だと思っていた。


 ほんの少し言葉を置いただけで、結果が変わる。


 それは珍しいことではない。


 人は環境で変わる。


 言葉一つで、行動が変わることもある。


 だから――


 特別なことではない。


 そう、思っていた。


 だが。


「……そっちじゃねぇな」


 ガルドが、箱を持ち上げかけて止める。


 視線を横に流し、別の荷へと手を伸ばす。


 周囲の動きと、噛み合う位置。


 誰ともぶつからない。


 自然な選択。


 だが。


 カイルは知っている。


 昨日までのガルドは、止まらない。


 考えずに持ち上げ、ぶつかり、怒鳴られる。


 それが常だった。


 だが今は、違う。


 止まった。


 選んだ。


 それだけで、結果は変わる。


「……それでいい」


 別の男が言う。


 声に棘はない。


 ただの確認。


 それだけだ。


 衝突は起きない。


 空気は荒れない。


 仕事が回る。


 カイルは荷を運ぶ。


 手は止めない。


 視線も向けない。


 だが、思考は止まらない。


 ――これは、どこからだ。


 いつから、ズレた。


 原因は、明確だ。


 あの日。


 ほんの少し、言葉を置いた。


 否定せず。


 押しつけず。


 方向だけを示した。


 それだけ。


 それだけのはずだ。


 だが。


 変化は、続いている。


 一度ではない。


 二度、三度と繰り返されている。


 まるで――


 積み重なっているかのように。


 カイルは手を止める。


 ほんの一瞬だけ。


 すぐに動かす。


 周囲に違和感を与えないように。


 それでも。


 胸の奥に、引っかかる。


 小さな棘のように。


「おい、それ運ぶぞ」


 ガルドの声。


 近い。


 カイルは顔を上げる。


 視線は合わせない。


「……はい」


 短く返す。


 ガルドは箱を持ち上げる。


 その動きは、やはり違う。


 無駄が減っている。


 周囲を見ている。


 ほんの少しだけ。


 それだけで、十分だ。


 だが。


 次の瞬間。


 カイルは、違和感に気づく。


 ガルドの動きが――


 わずかに、遅れた。


 ほんの一瞬。


 目の動きと、手の動きが、噛み合わない。


 空白。


 ごく短い、空白。


 気づかない者には、見えない。


 だがカイルには、はっきりと見えた。


「……どうした」


 別の男が声をかける。


 ガルドはすぐに動く。


「ああ、なんでもねぇ」


 何事もなかったように返す。


 自然だ。


 不自然ではない。


 だが。


 今の一瞬だけは――


 違った。


 カイルは視線を落とす。


 鼓動が、わずかに速くなる。


 これは。


 ただの変化ではない。


 ただの改善ではない。


 何かが、噛み合っていない。


 それでも。


 ガルドは普通に動く。


 周囲も気づかない。


 問題は起きない。


 すべてが、うまくいっている。


 ――そのはずなのに。


 カイルは理解する。


 これは。


 自分が知っている変化とは、違う。


 もっと、別のものだ。


 思い出す。


 昔のこと。


 父の動き。


 怒鳴る直前。


 拳を振り上げる瞬間。


 その時も――


 同じような、ズレがあった。


 ほんの一瞬。


 動きが止まる。


 目が、空白になる。


 そのあとで。


 まるで何事もなかったように、別の行動を選ぶ。


 怒鳴らない。


 殴らない。


 代わりに、ため息をつく。


 それで、終わる。


 あの時は。


 うまくいったと思った。


 助かったと。


 そう思った。


 だが。


 同時に、感じていた。


 違和感。


 言葉にできない、何か。


 ――人の動きではない。


 その感覚が、今、重なる。


 カイルは目を伏せる。


 見ない。


 考えない。


 それが正しい。


 だが、理解してしまう。


 これは。


 ただの誘導ではない。


 ほんの少し、強すぎる。


 ズラしすぎている。


 本人の自然な選択から、外れている。


 その境界に、触れている。


「……」


 カイルは息を整える。


 深く吸い、静かに吐く。


 落ち着け。


 まだ、問題は起きていない。


 誰も気づいていない。


 ガルドも、周囲も。


 だから。


 やめればいい。


 これ以上、関わらなければいい。


 距離を取ればいい。


 それだけだ。


 簡単なはずだ。


 だが。


 視線は、また向いてしまう。


 ガルドの動きへ。


 変化へ。


 その先へ。


 ――どこまで変わるのか。


 考えてしまう。


 止められない。


 カイルは荷を持ち上げる。


 いつも通りに動く。


 誰にも見られず。


 誰にも疑われず。


 ただ一人。


 違和感だけを、抱えたまま。


 それでも、手は止めない。


 止めれば、目立つ。


 目立てば、終わる。


 だから。


 何もしていないふりを続ける。


 だが、その内側で。


 確かに、理解してしまった。


 人は変わったのではない。


 ――変えられている。


 その事実に。


 そして。


 それを、やっているのが――


 自分である可能性に。

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