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第40話 小さな組織

 朝の市場裏には、昨日より人が多かった。


 小屋の前に荷を置いて待つ者。壁際で声をかける隙を見ている者。半日だけでも使ってもらえないかと、所在なさげに立っている者。誰も大きくは騒がない。だが、もうただ通り過ぎるだけの場所ではなくなっていた。


「増えたな」

 ガルドが面倒そうに言う。


「増えました」

 エルンは帳面を見たまま答える。

「依頼が四件、人足が二人、様子見が三人。朝の時点で昨日より多い」


「様子見まで数えるのかよ」

「数えられるものは数えます」


 その横で、ミラはもう二人と話をつけていた。荷を運びたい商人と、仕事を欲しがる日雇い。どちらにも損をさせない顔で頷きながら、必要なところだけを繋いでいく。


 ドグは持ち込まれた木箱の底へ板を当て、緩んだ留め具を直していた。釘が足りないなら鉄片で留める。縄が悪ければ結び直す。崩れる理由を一つずつ潰していく手は、もうこの場に馴染んでいる。


 リノはその脇で、急ぎの荷と後回しでいい荷を分けていた。誰にも言われていないのに、人の邪魔になる空箱を寄せ、切れ端の縄を束ね、足元を少しだけ広くする。やっていることは地味だ。けれど、人が増えた今は、その地味さが確かに効いていた。


 カイルは少し後ろで、その全部を見ていた。


 六人。

 まだ胸を張ってそう言えるほど整ってはいない。リノは正式な仲間とも言いきれず、ドグだって最初から居着くつもりで来たわけではない。それでも、流れはもう六人分になっている。


「ガルドのところ、今日も頼めるか」

 荷を抱えた男が訊く。


「やる」

 ガルドは短く答えた。


 その一言だけで、男は木箱を下ろした。

 細かい説明はいらないらしい。ガルドが前に立っている。それだけで、ここが窓口だと伝わる。


 午前の仕事は忙しかったが、崩れなかった。

 エルンが順を決め、ミラが口を利き、ドグが補い、リノが少しだけ流れを整える。ガルドが前に立ち、カイルはその全部が噛み合う隙間だけを見ていた。


 昼前、壁際で待っていた若い人足が、連れに向かって何気なく言った。


「とりあえず、ガルドのところに聞けばいいだろ」


 カイルはその言葉を聞き流すふりをした。

 だが耳には残った。


 ガルドのところ。


 名乗った覚えはない。

 看板もない。

 けれど下層の人間たちは、もうその言い方で通じると思い始めている。


 小屋の前へ戻ると、ミラも同じことを聞いたらしく、面白そうに笑っていた。

「定着してきたねえ」


「何がだ」

 ガルドが眉を寄せる。


「名前だよ。あんたの」


「俺の?」

「『ガルドのところ』。さっきから何人かそう言ってる」


 ガルドは露骨に嫌そうな顔をした。

「気に入らねぇな」


「でも分かりやすい」

 エルンが言う。

「場所の呼び名ができるのは悪くありません。人が人を呼びやすくなります」


「俺は看板じゃねぇぞ」

「前に立っている以上、似たようなものです」

「雑だな」

「事実です」


 ミラが吹き出し、ドグは何も言わずに箱を叩く。鈍いが安定した音が返る。リノは会話に入らず、黙って次の荷の置き場所をずらしていた。


 カイルは目を伏せた。


 それでいい、と思う。

 名前がつくならガルドでいい。見られる顔が必要なら、あの男が前に立てばいい。誰も、その後ろまで細かく見ないのなら、それが一番都合がいい。


 午後、仕事がひと段落した頃、小屋の前にはまだ人が残っていた。依頼主、人足、様子見。誰もここを大きな組織だとは思っていないだろう。けれど、もう単なる弱者の寄せ集めでもない。


 荷は回る。

 仕事は繋がる。

 足りないものは補われる。

 つまずきそうでも、なぜか上手くいく。


 小さい。

 だが、機能している。


 市場裏の空気は相変わらず濁っていた。

 それでも小屋の前だけは、昨日までより少しだけ、立っていられる場所になっている。


 四人で始まった時は、ただ潰れないための集まりだった。

 五人になって、仕事の形ができた。

 六人目が入って、流れはもう別のものになり始めている。


 ガルドが前で木箱を担ぎ上げ、エルンが次の順を告げ、ミラが誰かを呼び止める。ドグが留め具を直し、リノが荷を半歩ずらす。その全部が自然に繋がるのを見ながら、カイルは小さく息をついた。


 街の下層では、もう「ガルドのところ」で通じる。

 それでもカイルの顔を覚える者は、たぶん一人もいない。


 だが彼だけは知っている。


 四人で始まった流れは、もう四人だけでは止まらなかった。

ここまで読んでいただきありがとうございます!


第2章終幕!

徐々に集団が大きくなっていきます!


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