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酒場での相談にて

 夜の酒場は、笑い声とジョッキのぶつかる音で溢れていた。

 俺はカウンターの内側で手を動かしながら、客のやり取りに耳を傾けていた。


「シズク、聞いてくれよ!」


 常連の若手冒険者カイルが、頬を赤らめながら愚痴をこぼす。


「仲間とまた揉めたんだ。俺が一番危険を引き受けたんだから、もう少し報酬欲しいって言っただけなのにさ」


「カイル、報酬は“信頼”で分けるもんだろ」


 俺はグラスを磨きながら言った。


「誰がどれだけ危険を負うかは、その場の状況で変わる。欲を出しすぎると、次は誰もついてこなくなる」


 カイルは唸りながらジョッキを握りしめ、やがて小さく笑った。


「……不思議だな。シズクに言われると腹立たねぇんだ」


 俺は苦笑し、次の客にエールを注いだ。

 

 そのとき、酒場の扉が開いた。

 入ってきたのは、栗色の髪を肩でまとめた女性――エリナ。

 冒険者ギルドの制服ではなく、私服姿だ。


「こんばんは。今日はお客として来ました」


 軽く会釈してカウンターに腰を下ろす。

 彼女はギルドの受付嬢で、この酒場を時々手伝うこともあるが、今日は珍しく客の立場らしい。


「お疲れさまです。何を飲みます?」


「そうですね……エールをお願いします」


 ジョッキに冷えたエールを注いで差し出すと、彼女は目を丸くした。


「……本当に冷たいんですね。噂通り」


「ちょっと工夫してるだけですよ」


 俺が笑うと、彼女も口元を緩めた。

 

 しばらく周囲の喧騒を眺めていたエリナは、ふと真面目な表情で俺に声をかけてきた。


「……少し、話をしてもいいですか?」


「もちろん。ここはそういう場所ですから」


 彼女はジョッキを両手で包みながら、小さな声で言った。


「最近、冒険者の一人に好意を持たれて困ってるんです。

 でも、私は仕事を優先したい。断り続けてるけど、依頼のやりとりに支障が出そうで……」


 彼女の瞳には迷いが浮かんでいた。

 俺はグラスを拭きながら、穏やかに返す。


「無理して応える必要はないと思いますよ。エリナさんが仕事を大事にするのは正しい。

 それを理解できない相手なら、長くは続かないでしょう」


「……そう、ですよね」


 エリナは少し肩の力を抜き、微笑んだ。


「シズクに言われると、不思議と安心します」


「俺はただの聞き役です。飲みながらなら、少しは気が楽になるでしょう」


 彼女はくすりと笑い、冷えたエールを口に運んだ。

 

 やがて夜も更け、エリナは「ごちそうさまでした」と会計を済ませて帰っていった。

 その背中を目で追いながら、俺は磨いていたグラスを棚に戻す。


「おいシズク、また口説いてたんじゃねぇのか?」


 常連がからかうように声をかけてくる。


「やめてくださいよ。ただ話を聞いただけです」


 俺は苦笑で返した。だが心の奥には、彼女の微笑みが残っていた。


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