護衛依頼にて3
林を抜けると、傾きかけた陽光が街道を照らしていた。
先ほどまでの血の匂いはまだ鼻の奥に残っている。だが、馬車の車輪が土を踏む音が戻ってきたことで、ようやく日常に帰ってきたような錯覚を覚えた。
「……無事に済んでよかった」
商人がほっとした声を漏らした。
顔はまだ青ざめているが、荷物を守り切れた安堵が勝っているようだった。
「荷に傷はない。街までこのままお送る」
ミナが短く告げる。剣を拭き終え、鞘に収める動作は無駄がない。
「助かったよ。まさか本当に魔物に遭うとは……あんたたちがいなきゃ、命も荷も終わってた」
商人が深々と頭を下げる。
「いえ、仕事ですから」
俺は苦笑いしながら返す。護衛が本来やるべきことをしただけ――そう思いながらも、素直に感謝を向けられると、やはり悪い気はしなかった。
馬車に揺られながら、少しずつ緊張が解けていった。
商人がふと俺に問いかけてきた。
「そういえば……街の酒場でも話題なんだが、最近“お酒を冷やす”飲み方が流行っていてね。あれ、誰が思いついたんだろう?」
俺は思わず笑ってしまう。
「はは、実は俺なんです。暑い日に飲むなら冷たいほうが美味しいだろうって。たまたま試したら評判が良くて」
「なんと! あなたが……いやあ、確かに冷えたエールは格別だった。お客も嬉しいし、商人としても売れる。まさに一石二鳥だ」
商人は声を弾ませ、何度も頷いた。
「飲み方ひとつで価値が変わるんですね」
「ええ。だからこそ、商売は面白いんです」
笑いながら言葉を交わすと、重かった空気が一気に和らいだ。
横で聞いていたミナは黙っていたが、ちらりと俺の方に目を向けていた。
その瞳には、どこか考え込むような色があった。
夕暮れが迫るころ、隣町の門が見えてきた。
石造りの城壁の向こうからは、人々のざわめきと灯りが漏れている。
街に着いたとたん、商人は安堵したように笑った。
「ここまでありがとう。本当に頼んで良かった」
彼は俺たちに報酬袋を差し出す。
中身の銀貨が小気味よく鳴り、任務の重みを実感させた。
「確かに。……依頼は完了」
ミナが確認し、書類に印を押す。
「また頼むよ。次もぜひ、あんたたちに」
商人は最後まで何度も礼を言い、名残惜しそうに去っていった。
ギルドへの報告を済ませた後、宿に着き部屋に荷を置いた後、ベッドに腰を下ろす。
全身の疲労が一気に押し寄せ、息が漏れた。
(もっと強くならなきゃ……)
今日の戦いで分かった。
力任せの剣も、大規模な魔法も、自分には扱い切れない。
なら――器用さを生かせばいい。
魔法に関しても剣術にしても色々な戦い事を試してみないと。
常識に囚われず、転生してきた自分だからこそ試せる道がある。
器用貧乏のままじゃ終わらない。
ここから俺なりの戦い方を作っていく。
目を閉じた瞬間、静かな疲労が意識を飲み込んでいった。




