仕入れの旅の計画にて
昼下がりの酒場には、いつもの穏やかな空気が流れていた。
リリィはカウンターでグラスを拭き、シズクは帳簿をめくりながら在庫の確認をしている。
店内の静けさに、外の鳥の声がよく響いていた。
「……んー、やっぱりこの素材も残り少ないか」
シズクが小さくつぶやくと、リリィが顔を上げた。
「また仕入れ行くんすか? あの商人のおじさんとこ?」
「うん。けど、今回は少し違う。最近、山の方で新しい果実が採れるって話を聞いたんだ」
「果実っすか? 新しいお酒の素材になるやつ?」
「たぶんな。実際に見てみないと分からないけど、試してみたい」
シズクがそう言ってペンを置くと、リリィは興味津々に身を乗り出した。
「……え、それって……旅、っすか?」
「まぁ、旅ってほどじゃない。素材集めのついでに、ちょっと外に出るくらいだよ」
「え、でも泊まりとかするんすよね?」
「一泊か二泊くらいかな。距離もそこまでないし」
「――行きたいっす!」
リリィは勢いよく手を上げた。
シズクは思わず目を瞬かせる。
「……え? そんなに?」
「だって、旅っすよ旅! 外で飲むご飯とか、きっと最高っす!」
「……酒じゃなくてご飯なんだな」
「もちろん酒もっすけど!」
あっけらかんと笑うリリィに、シズクは肩をすくめた。
「仕入れ旅なんて地味なもんだぞ。荷物も多いし、歩く時間の方が長い」
「大丈夫っす!荷物運びも得意っすし、魔法で明かりも作れるっす!」
「……魔法の訓練の成果をそんなところで発揮する気か」
「へへっ、師匠の役に立つならどこでも行くっすよ」
軽口混じりのやり取りに、シズクは少しだけ頬を緩めた。
「……じゃあ、そうだな。せっかくだし一週間くらいの旅にするか」
「一週間⁉ 本気っすか!?」
「そのくらい時間をかけないと、珍しい素材なんて見つからないさ」
リリィの目がさらに輝いた。
「わ、わくわくしてきたっす! あ、でも……お店は?」
「仕込みと在庫整理を終わらせてから行く。マーリンさんにも一応伝えておかないとな」
「了解っす!あ、荷物の準備も任せてくださいっす!」
「……まさか寝坊するなよ?」
「う……気をつけるっす!」
リリィが元気に返事をする姿を見て、シズクは思わず笑った。
まるで遠足前の子どものように、嬉しさを隠しきれない様子だ。
「そんなに楽しみか?」
「そりゃあ楽しみっすよ! 街の外に出るのなんて初めてっすもん!」
「そうだったな……。じゃあ、初めての旅にふさわしい場所を探さないとな」
「はいっす! えっと……でも、師匠、道に迷わないっすか?」
「おい……一応、旅慣れてるぞ」
「……“一応”って言いましたね?」
「気のせいだ」
そんな軽口の応酬に、店内の空気がふっと和らぐ。
その夜、閉店後の静かな店内。
テーブルの上には、旅の準備のための紙とペンが広げられていた。
シズクが必要な素材のリストをまとめる横で、リリィは窓の外を見上げていた。
「……明日から旅っすね」
「そうだな。朝が早いぞ」
「……あー、楽しみすぎて寝れなさそうっす」
「寝ないと歩けなくなるぞ」
「……気合いでなんとかするっす!」
リリィの元気な声に、シズクは苦笑しながら言った。
「本当に子どもみたいだな」
「え、褒め言葉っすよね?」
「どうだろうな」
そんな何気ない会話が、夜の静けさの中にやさしく溶けていった。
――こうして、酒場を離れる一週間の小さな旅が決まった。
仕入れのついでに、少しだけ日常を離れる。
きっと、それはまた新しい発見につながる時間になるのだろう。




