終章
自己紹介をさせて欲しい。
私は『リディス・ハインゾルデ』
異種族の国、新生セレネ王国の王であるジルベルト・ユール・ハインゾルデ様の、最高に可愛く美しい完璧な伴侶だ。
異種族の国『新生セレネ王国』には、先頃まで名前がなかった。
国に名前がないのは不便なので、王の側近の一人であるシュゼルと相談して、古代語で『月』を意味する名前をつけた。
明るい太陽ではなく、優しい月明かりを国名として選んだのは、王であるジルベルト様の黒に近い深い赤い髪と、金色の瞳が夜を連想させるからだ。
私の銀色の髪も相まって、二人で並ぶと月と星のようだと仕立て屋のアイリスさんが、うっとりと言っていたこともかなり影響している。
元々エヴァンディア王国の、アンネマリア公爵家の令嬢だった私は、種族で言えば人族の美少女だった。
けれどジルベルト様の正式な妻にして頂いた日に、私は人ではなくなったらしい。
正式な妻になる前にジルベルト様の魔力に慣らされた体に、体を繋げた夜に更に多量の魔力を送り込まれた事がきっかけだったのか、ある女神によって死の淵に晒され、世界の創造神によって生き返らせて貰ったことがきっかけなのかはわからないけれど、ともかく私の中身は今までとは別のものに変わってしまった。
外見が変わったというわけではない。一番大きな変化は、魔力の流れを感じる事ができるようになったということだ。
人族には魔力を感じる事ができない。それが分かるのは、魔族か、魔族と人が番い産まれる半魔だけだ。
つまりは、そういう事なのだろう。
魔力は色や香りのように、その方々の側に行くと感じられる。
例えば異種族の王ジルベルト様の持つものは、すべてを焼き尽くす圧倒的な炎のように、人蛇族の王アスタロトの持つものは清廉な水のように、人狼族の王リアは鬱蒼と木々のしげる静かな森のように、精霊族の王シュゼルは物言わぬ美しい鉱物のように。
ジルベルト様にとって私は、甘い果実のように感じられるらしい。
私の中に流されたのはジルベルト様の魔力なのだから、自身と同じように感じるのが本当だと思う。
ただ単に私の事が愛しいからそんなふうに思うだけな気がするけれど、「どれだけ貪っても、足りない」なんて低い声で言われてしまえば、頬を染めて頷く事しかできない。
近頃の私は初恋を知ったばかりの少女のようで、そういった仕草をしてしまうのはジルベルト様と二人きりのときだけにしようと気を付けているのだけど、なかなかうまくいかない。
とはいえ、私は私の変化を好意的に受け止めていた。
世界を変えるのは愛であり、愛とは何よりも強いものだ。
美しく賢く神の作り出した芸術である私が愛されるのは当然なのだけれど、等しく愛情を返すだけでなく、自ら誰かを愛する事を知った私には最早死角はないということだ。つまりは、最強というわけだ。
メルクリスの言葉を借りれば「リディちゃんの可憐さはさいつよ」である。
人の国と異種族の国を隔てていた結界が消えて、再び異なる種族が共に歩もうと交流をはじめている。
エヴァンディア王国の王ラファエル様は、国交を結ぶためという名目で頻繁に私の元を訪れては宰相のオーキスに連れ戻されている。
「王位はもう、オーキスに譲る。シンシアは元女神なんだから、王国を治める立場でも問題ないだろう。俺はリディスの愛人候補としてこちらの国に永住する」と言って、オーキスを困らせていた。
シンシアさんは、オーキスが娶ったのだという。
シンシアさんとはあれから会っていないけれど、もし会うことができたらならゆっくりお話をしたいものだ。
国が繋がったことで、久々にアンネマリア家にも帰ることができた。
クライブは「流石は私の女神」といって私を抱き上げて、久々にお嬢様尊いの舞を踊ったあと、「お久しぶりです、ハインゾルデ様。そして、はじめましてジルベルト様」と恭しく礼をして、ジルベルト様を困惑させていた。
記憶にある過去のクライブとは随分様子が違うと言って笑ったあとに、私が約束通りクライブに血をあげようとすると「絶対駄目だ」といって怒っていた。
私は既にジルベルト様のものなのに、相変わらず嫉妬深くて可愛らしい。
お兄様は泣きながら私を抱きしめたあと、「リディをよろしくお願いします」とジルベルト様に深々と頭を下げた。
私に似て賢いお兄様は、私がジルベルト様のことを心底愛しているのに気づいているようだったし、ジルベルト様が粗野な見た目に反してとても優しい方だとすぐに理解したようだった。
ちなみにクライブは、ジルベルト様の元には帰らずにお兄様のもとで執事を続けるという。
「アンネマリア家には、尽くしても尽くしきれないぐらいの、大きな恩がありますので」と言って、それでも長らく仕えていたハインゾルデ様の気配を持つジルベルト様や、私と離れる事を名残惜しそうにしていた。
そして案の定、ジルベルト様を見たお母様の喜びようは凄まじかった。
「リディちゃん、よくやったわ! これでお母様は、あなたと屈強な奴隷騎士がどこかで出会う事を夢見なくてすむわ!」というので、ジルベルト様は再び「奴隷騎士ってのはなんだ、また浮気するつもりかリディス」と怒っていた。
また、とは心外だ。
私は一度も浮気なんてしていない。
人と異種族との交流は、今のところ穏やかに行われはじめている。
これから色々な問題が起こるのだろうが、それはその都度対処していけば良い。
私ならば、問題無く良い国を作れるだろう。
なんたって私は最高の美少女で、隣には愛するジルベルト様がいてくれるのだから。
私は、お母様に散々あちこち触られて、やや疲れた様子のジルベルト様を見上げる。
どうした、と見返してくる明けの明星を思わせる金の瞳をみつめて、極上の微笑みを浮かべてみせた。
「ジルベルト様、私……、たくさん子供が欲しいですわ」
それは伴侶としての義務なのだけど、それだけではない。
産まれた時から家族に恵まれなかったジルベルト様を、幸せにしたい。
今は心からそう思う。
「俺はもう少し、お前を独占したいんだが、駄目か?」
髪を撫でられ、甘えるように言われると、幸せで胸が満たされる。
私はジルベルト様の首にはしたなく抱きついて、「誰よりも、愛しておりますわ」と、幾度も繰り返した飾り気のない言葉で溢れる感情を伝えた。