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息が止まる。
なにを言っているんだこの人は。
なにをやっているんだこの人は。
痛いくらいの圧迫感で、抱きしめられていることに気付いた。
硝子のようにひんやりとした体温は、陽だまりのように暖かいエリオットとの違いを感じさせて、ものすごく居心地が悪かった。
身を捩るも、普段から鍛えている聖騎士団の腕から逃げられるわけがなかった。
「リュカさん、離して貰えませんか」
「嫌です」
「ダメです、離してください」
「良い返事が頂けるまでこのままです」
「わ、私はエリオット以外選べません」
ふと、腕が少しだけ緩んだ。…これでも抜け出せないけど。
「今後、共に居られなくても?」
ぎゅ、と眉を寄せた。
今にも泣きそうなのを必死で堪えるように。
…一周回って冷静になった頭では、リュカもこんな顔するんだ、なんて呑気なことを考えていた。そんな場合じゃないのに。
「何の話ですか」
いや、わかっている。
女王になったらの話だ。
聖殿には、女王と聖騎士団団長、四聖剣のみが入ることを許されている。
私たち女王候補すら、特例だ。エリオットは、特例中の特例。本来なら有り得ないこと。
つまり、この試験が終われば強制的にエリオットと引き離される。
私が死のうと、死なないと関係なく。
リュカはとても優しい人だから、昔から拗らせてきたこの想いのやり場を作ってくれようとしたんだろう。
───でも、それでも。
私が、私のままでいられたのは、彼がいたから。
「…エリオットが、いいんですか」
「…………ごめんなさい」
「僕なら、貴女と同じ時を歩めます」
「……ごめんなさい」
「進むことなく、止まることなく。それこそ、500年もの時を」
「ごめん、なさい」
ぽたり、と一粒の雨が頬を打った。
「…リュカ、さん」
「────そう、ですか」
するり、と腕が解けた。
冷たい熱から解放され、その熱の持ち主は足早に去っていった。
「お、はよう、ございます…」
「おはようございます」
「おはようございます、ペルラさん」
い、いつも通り!!緊張して損した!!
頼んだ手前、断りにくくて結局そのままだったけど(もう1人はニコラス。彼も久しぶりだから)、気まずく思っていたのは私だけだったか…はぁーーこれだから自意識過剰とか言われちゃったりするんだよ!!もう!!
「おや、リュカ。目が腫れてませんか?」
「…え」
「へ?」
その声に釣られて覗き込むと、目元か赤く腫れ上がっていた。
…昨日、雨とか思ったけど、室内だったし…もしかして。
「寝不足ですか?1箇所とはいえ、体調が優れないなら休んだ方がいいですよ」
「…いえ、大丈夫です」
────泣いていた?
「随分と手際が良くなりましたね」
「ありがとうございます」
さくっと終わらせたことにより、今日のノルマは達成した。明日からはいつも通り2箇所、3箇所ずつやって行こう。
リュカも、心ここに在らず、と言う感じで、ちょっと意識を飛ばしていたこともあったが、仕事はきちんとしてくれた。流石だ。
昨日、リュカと離れた後。考えていたことがある。
大神殿へのパートナー。
もし、当初の予定通り、エリオットルートを進むのなら、私は迷いなくエリオットを選ぶべきだと思う。
でも彼はまだ一つ星の見習い。
力が優秀とはいえ、この試験は私の代の団長を決める為のものでもある。
見習いがいきなり団長とは、周りの反感も大きくなる。
──それに、私はきっと、ここで死ぬ。
エリオットに死に際を見られたくない。綺麗な思い出だけを覚えてていて欲しい。
そんな場面を見てしまったら、今度こそエリオットの精神が壊れてしまう。あの頃のように。…いえ、それよりも酷く。
大神殿での戦闘が避けられないなら、彼を大神殿…エリュシオンに近付けないようにしないといけない。
なら、パートナーをどうするか。
一番付き合いの長い、リュカが妥当だと思った。
昨日、断ってしまったけど、でも。とてもこちらから誘いづらいけれども。
「……あの、リュカ」
私の意図に気付いたリュカは、申し出を受け入れてくれた。
そして、もうエリオットとは会えなかった。
「────遂に、この時が来たわね」