第39話 立ち続ける者
前回までのあら筋!
愉快なやつらがいっぱい湧いてきたぞ!
口を開く間もなく、二人のエルフへと赤い人影が襲いかかった。
「問答無用かッ!」
個体差はない。身長差も筋肉の付き方も肌の色も、不自然なほどに一寸違わずすべて同じだ。
それだけでこの赤い人影が異常な生物であると推測できる。少なくとも自然界から発生したものではない。
両腕をクロスして赤い拳を受け止めた誠一郎は、防御をした両腕を弾き上げられながら雪面を後方へと滑る。
弾かれたのだ。鍛え上げてきた両腕の防御が、たった一つの拳に。
しかし、なおも放たれた追撃の拳を首を傾けることで躱し、漢は己の拳をカウンター且つ打ち下ろし気味に叩き込む。
「小癪ッ!」
おおよそ、生物から発生する音ではない。
鋼鉄同士が超高速でぶつかったかのような甲高く響く重い音がして、人影は雪面へと叩きつけられていた。
雪の大地が爆発し、漢エルフとエルフ女子が同時に飛び退く。
けれど――。
「メイラ!」
「~~っ!?」
爆発した雪煙の中から、頭部を陥没させたままの人影がフィリアメイラへと中空で飛びつく。大口、それも側頭部に至るほどまでに開けて、鋭い牙を剥いて。
わたしを喰らう気なの――っ!?
「く……!」
飛び退りながらもフィリアメイラは上体のみを背後に倒して大口をやり過ごすと同時、防寒着の奥から肉感的な足を出して、人影の腹部をつま先で蹴り上げた。
「ハァ!」
ずどん、と重い音がしてフィリアメイラは反動で雪面に着地し、人影は彼女を大きく跳び越えて背中から雪原へと落ちる。
だが。
起き上がるのだ。人影は。何事もなかったかのように。無傷で。
「ギシ、ギシシシシ」
ガチン、ガチン。
気味悪いほどに開かれた大口の、上下の牙を打ち鳴らしながら。
その様子を見て、エルフ女子は初めて気づく。
「……セイさん。蹴った足が痺れてます。これ、今のままじゃちょっとまずいかも……」
「ああ。何者かは知らんが、もはや不殺というわけにはいくまい」
「相手が殺す気で来ているんですから、不殺も何もありませんよ。わたし、囓られかけちゃいましたしね」
「そうだな。加減をする必要はなさそうだ」
人影はおよそ五十体。そのすべてが無個性。初期に発見した個体とまったく差異が見えない。
それはすなわち、誠一郎の拳を二度受け、フィリアメイラの蹴りを受けて立ち上がったこの個体と同程度の強靱度はあるということだ。
フィリアメイラが防寒着の紐を解き、足下に落とした。
自身もまた全力を出さなければ、死ぬ。おそらく、これまでのように誠一郎にすべてを任せていてもいけない。
少女もまた、そう判断したから。
自身の筋肉など、隣に立つ漢には到底敵わない。
それでも。
「ふー……」
息を吐き、吸う。血流に酸素をのせて、全身に運ぶ。
絞る、絞る、絞る――!
筋繊維の最後の一筋まで、すべてを起動させる。
「はぁぁぁぁぁ……!」
腰溜めに構えて全身の筋肉を限界まで呼び起こし、寒さが消えたとき、フィリアメイラの全身からは漢のそれのように、高熱が放射され始めていた。
雪が細い肩に落ち、湯気を上げて蒸発する。
「カロリー消費が激しいです」
「決着を急ごう」
そう。この状態は長くは保たない。全身くまなく筋肉をつけた誠一郎とは違って、フィリアメイラの上半身には、筋肉は蓄えられていないのだから。
燃やし尽くせば動けなくなって終わる。
それまでに、あの怪物たちを全滅させなければならない。
短期決戦――!
人影たちが動き出す。
今度は数体が同時に。
誠一郎へと正面から襲いかかった個体が、顔面を陥没させて背後によろける。だが、人影はそれでも倒れることなく、再び不気味な笑みを浮かべて前のめりに――。
「ぬんッ!!」
「ギィ!?」
今度は同じ陥没箇所に、漢の肘が鋭角にめり込んだ。
「ずぉりゃあああああ!」
再びよろけた怪物の胸鎖乳突筋を絶つように、漢のハイキックが首を狩る。ボギャっと骨の砕ける嫌な音が響いて、顎先が天に向くほどに首をねじられた赤い人影が、ようやく膝を折って崩れ落ちた。
けれどもすぐに漢へと他の人影が襲いかかる。
嗤いながら。足掻く二人のエルフを嘲笑しながら。
「ギシシシシ!」
「ぬ……ッ」
それを迎え撃とうとした漢の足首に、先ほど殺したはずの人影の腕が絡みつく。
大きな口から黒い血を滲ませながらも、陥没した歪な顔で嗤って。
「何、まだ生きて――っ!?」
「ギ…………ガ……」
「く!」
中空の人影が腕を引いた。赤い手刀の先からデーモンのような爪を伸ばし、漢の首を一突きにすべく。
「させない!」
けれども一瞬早く雪面を蹴ったフィリアメイラの蹴り足が、中空の人影の喉を容赦なく蹴って吹っ飛ばす。
その瞬間には漢はすでに、地面に伏した人影の頭部を拳で砕いてその手から逃れていた。
「なんという打たれ強さだ。鳩尾、頭部、頸部、顔面、どこを叩いても撓む筋肉で防御されてしまう」
「喉も……! かなり厄介だわ……! 普通の生物という認識では、こちらが足下をすくわれてしまいます……!」
「ああ。身に沁みた。すまん、助かったぞ」
「はいっ」
先ほどの言葉を体現するように、フィリアメイラが喉を潰したはずの個体もまた、雪面からゆっくりと立ち上がる。
倒せたのは、ようやく一体だ。
「ぬぅ……」
おそらく知性が高いのだろう。他の個体はその一体が完全に死に至るまで、表情一つ歪めることなく様子を眺めていた。
ただ見ていたわけではない。
見定めているのだ。この二人のエルフが、自分たちにとってどれほどの敵であるかを。
そして今、結論を出した。
ならば、そう、ならば。
動き出す。先走った愚かな仲間を犠牲にすることで、彼らはエルフの力を測定できたのだから。
およそ五十体もの人影が、同時に踏み出す。
この瞬間、二人のエルフのように、全身から湯気を立ち上らせながら。
けたたましい咆哮を上げ、爪と牙をむき出しにして。
「……援護に徹します。たぶん、わたしの蹴りじゃ決定打にはなりそうにないから。セイさんは一撃にすべてを込めて殴ってください。わたしがあなたの背中を守ります」
「頼む!」
四方八方から襲い来る人影と、二人のエルフが交わった。
降り注ぐ拳を躱して雪面を引っ掻きながら方向転換し、誠一郎の背中を噛み砕こうとした人影の顎を蹴り上げる。
「やあ!」
倒すことはできない。ダメージも入っているのかはわからない。
けれど、漢の背中に集る蝿を振り払うことくらいはできる。そのために筋肉をつけた。そのために強くなろうとしてきた。
振り下ろされた爪を屈んで躱し、低空回し蹴りで足を払って、立ち上がりながら今度は後ろ回し蹴りで距離を空けるべく、人影を大きく蹴り飛ばす。
「だッ!」
「ギ……ッ」
その間に漢は正面から来た一体を握力でつかみ、それを振り回して上空から跳び蹴りをしてきた個体を叩き落としていた。
「ぬおぅぅらぁぁぁぁ!」
つかんだ一体を力任せにその上へと叩きつけ、二体まとめて筋肉防御の上から強引に踏み潰す。
ぐちゃり、と肉の潰れる音がして、真っ黒な血が雪原に散った。
飛散する血を躱しながら、フィリアメイラは漢の右手から爪を突き出した一体の顔面を足裏で蹴り止めて、大腿筋を膨らませながら前蹴りで漢の側から引き剥がす。
「この――ッ」
「ギギィィィィィッ!!」
けれども首を振って足裏から逃れ、再び襲いかかってきた個体の眼球を、今度はつま先で容赦なく蹴り潰し、怯んだところを身を低くして後ろ回し蹴りで蹴り上げた。
「セイさん!」
「応ッ! ――ずおるぁぁぁぁ!」
中空のそれをつかみ、漢は拳で人影の頭部を撃ち抜きながら大地に叩き伏せる。
その漢の脇腹に、真っ赤な爪が突き刺さった。
「ぬッ!!」
だが、先っぽだけ。漢は腹斜筋で赤い爪を挟み込むと、豪腕を振り上げて突き刺さったままの五本の爪を叩き折る。
一旦漢から距離を取ろうとした個体の背後にフィリアメイラが回り込み、その頸部を回し蹴りで蹴って、誠一郎の元へと戻した。
「次いきます!」
「応!」
「ギァ……ッ!?」
その瞬間にはすでに、誠一郎の拳は怪物の顔面にめり込んでいた。
雪原を激しく滑り、襲い来る他の人影を巻き込んで吹っ飛んでいく。
しかし――。
「ぐ……っ」
誠一郎の頬に、赤い爪が三本の筋を残す。
すぐさま反撃に出ようとした漢の足下から雪が盛り上がり、人影が躍り出た。
「ぬぁ!」
「セイさん!」
数が多すぎる。捌ききれない。
徐々にではあるが、漢は確実に傷を負い始めていた。
雪原を蹴ろうとしたフィリアメイラの足が、赤い足に払われる。
「あ……くっ、こンのぉぉぉ!」
バランスを崩しながらも突き下ろされた爪を躱して、フィリアメイラは大地に片手をついて、鍛え上げた脚で人影の顎を蹴り上げた。
しかし――。
少女、息を呑む。
「……ッ」
「ギキッ」
そんな体勢から放たれた蹴りなどというものは――。
顎を蹴られて空を仰いだ人影は、しかし吹っ飛ぶことはなく、地面近くで体勢を崩しているエルフ女子へと視線を下げたのだ。
太い腕と、鋭い爪を、背後まで引き絞りながら。
「……っ」
だめ、避けきれない……。
直後、躊躇いもなく爪が突き下ろされた。
皮膚を破って肉を裂く音が響き、フィリアメイラは瞳を固く閉ざす。
けれど、不思議と痛みはなかった。
「……」
恐る恐る目を開いた彼女の視界には、左腕の豪腕を貫通した爪を突き刺したまま、右の手刀で人影の首筋を叩き潰した漢の勇猛なる背中があった。
「問題ないぞ。立つんだ、メイラ」
漢は叱咤とともに人影を大地で叩き潰す。折れて突き刺さったままの五本の爪を力任せに引き抜いて、いつもの厳しく優しい、そして誰かを安心させる眩しい笑顔で。
彼の腕から流れる赤い血が、雪面を溶かして大地に染みこんでいく。
「ご、ごめんなさい。わたしを庇って、こんな――」
「かまわん。筋肉を引き締めれば、流血程度、これこの通り。ぬん!」
しかし腕を筋張らせても、流血は止まらない。どうやら太い血管を傷つけられてしまったらしい。
「……ぬ、だめか。止まらんな。――フ、まあいい! 少々の傷など、筋肉たるおれのにとっては気にしなければどうということはない!」
「それは無理があるのでは……?」
漢は微笑む。
己がどれほどピンチに陥ろうとも、ともにある者を不安から守るために。
微笑むのだ。いつも。
戦いながら、多くを想いを背負いながら。
だからわたしは不安になる……。いつかあなたが、誰かのために死んでしまいそうで……。
そんなことを考えた瞬間、自身を見る漢の表情が激変した。
「避けろメイラ!」
「え? ――あぐっ!?」
直後、背中を蹴り上げられたフィリアメイラは空を眺めていた。
視界が真っ赤に染まって反転し、空だと思っていたものが雪の大地へと変わった瞬間、頭部に痛みが走った。
「メイラ! く! 邪魔だ、どけい!」
「……あ……あれ……?」
ぐわん、ぐわんと頭蓋の中で音が鳴り続け、視界がぐるぐる回っていた。
息、できなくて。指先一つ、動かなくて。
一瞬、意識が途切れた。
※
一瞬? 違う。きっと違う。
実際にはどれだけの時間、自身の意識が消失していたかなどわからない。
「……!?」
けれど少女が気づいたときには。
肉の弾ける音が響いていた。何度も何度も聞こえていた。それだけではない。自身の頬に、自身の体に、熱い血が雨のように降り注いでいるのがわかる。
びしゃり、びしゃりと、絶え間なく。
顔のすぐ横を踏みしめる震動があって、人影たちのように真っ赤に染まってしまった裸足の足が見えた。その接地面は雪が溶けて真っ赤に染まっていて、倒れている自身の周囲には骸と化している人影の残骸が散らばっていた。
赤い……足……。
流血が目に入り込んだからか、あるいは。
いや、答えは明白だ。援護を失った漢があの後、どういう状況に陥ったかなど考えるまでもない。
漢は倒れた少女を庇い、一歩たりとも後退することなく、その場に立って血まみれの両腕で彼女を守り続けていた。
ほほう? 不出来ながらも、頑張っているではないか。
強めに殴れば大体のやつは倒せるぞ、という私のアドバイスが功を奏したようだな。
(´^ω^`) n
⌒`γ´⌒`ヽ( E)
( .人 .人 γ /
=(こ/こ/ `^´
)に/こ(
※更新速度低下中です。




