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第四十九話 歌を失った歌姫

 数日経っても、minaとの連絡は取れなかった。

 でも、歌番組では、minaは元気そうで、楽しそうに歌っていた。

 いつものようにギター片手に、笑顔で人々を魅了する、mina。


 大丈夫なのかな。


 芸能界で三年以上揉まれてきたんだ。

 マネージャー業務の時にも垣間見たが、minaはちっちゃいけど、芯が強くて、自分の夢を大事に持っているもんな。

 連絡が取れないのは、マスコミ対策か何かで、本人は気にせず元気にやっているんだろう……


 オレは、そう思うことにした。

 そろそろ、minaの事務所に行こう。かなりマスコミが張り付いているが、強行突破だ。minaの様子を見に行こう。

 その時、オレの携帯電話が鳴った。


 表示画面を確認すると……mina!

 オレは少し震える手で、携帯電話の通話ボタンを押した。


「もしもし、mina……大丈夫!?」


「カズくん……私……歌が……歌えなくなった……」

 元気がまるでない、minaの声。

 呟くようにそれだけ言うと、電話は唐突に切れた。




 minaからの電話をもらって、オレは慌ててC社の方へと向かった。

 地下鉄を乗り継ぎ、階段を駆け足で昇る。

 

 もう夜の十時を回っているというのに。

 C社のビルの前では、数十名のマスコミが待機をしていた。

 カメラやマイクを持って、辺りをウロウロとしている。

 中継中なのか、カメラに向かって、マイクを握りしめて、高揚した表情で喋っている者もいる。


 オレは、マスコミを掻き分けて、ビルの入口へと向かった。

 とたん、マイクを持った男女と、カメラに囲まれる。

 フラッシュが何回もオレに浴びせられた。


「C社の、関係者の方ですか?」

「何か! 一言コメントお願いします」

「minaさんは、やってない! と言ってますが、本当ですか?」


 まったく、うっとおしいったらありゃしない。

 無関係です。私はこのビルの別の会社にちょっと忘れ物を取りに来ただけなんです。

 喋るとまた反応がうるさくなりそうだったので、オレは無表情を貫いたまま、ようやく入り口に辿り着いた。


 早る気持ちを押さえ、エレベーターのボダンを押した。

 エレベーターの告げる回数表示が、やけにゆっくりに感じてしまう。


 やっとC社のフロアに着いて、エレベーターのドアが開いた。


「佐伯さん」

 岡安さんがビックリしたようにこちらを向いた。

 その表情は明らかに憔悴しきっているのが見て取れた。


 隣に社長もいる。

 こちらもいつもの野生味溢れる表情はひそんでおり、疲れの色が浮かんでいた。


「はあ……はあ……岡安さん、mina……minaはどこに?」


「そ……それが……」

 いつもアナウンサーのように淡々と喋る岡安さんは、珍しく口ごもっていた。


 社長の方を見る。こちらも口をへの字に曲げて押し黙ったままだった。


「ここにいるんじゃないんですか?」

 オレは二人にそう聞いた。


 二人はオレと視線を合わせるのを嫌がるように、下を向いた。

 だが、岡安さんが、ちらりと小さい会議室の扉の方に目をやるのをオレは見逃さなかった。


「会議室にいるんですね!?」

 オレは猛然と会議室の方に進もうとしたが、岡安さんに後ろから羽交い締めにされた。


「ちょ、ちょっと、何するんですか!?」


「ごめんなさい。今、佐伯さんをminaさんに会わす訳にはいきません」


 岡安さんは小柄だが、意外に力が強い。

 オレはなんとしてでも、minaに会いたい!

 さっきの疲れ果てたような声。

 瀕死の声でオレに助けを求めたに違いないのだ。


 しょうがない、こうなったら……

 オレは、一旦力を抜いた。

 一瞬、体勢が崩れる、岡安さん。

 そのまま後ろで密着している岡安さんに肘打ちを食らわし、体を支点にして、肘関節を極めた。


「イタっ……イタタタタタターーー!!」

 そのまま、尻もちを付くように倒れる岡安さん。


「ごめんなさい! 岡安さん」

 オレは振り向かずにそう告げると、会議室に向かって一目散に駆けた。

 社長は、止める様子もなかった。



 バタン

 会議室のドアを開けた。

 電気が付いていない。

 小さな窓から、周りのビルからの明かりか、ぼんやりと光りが漏れている。

 ここには、minaは、いないのか……?


 他を当たろうとしたその時。

 暗闇に徐々に目が馴染んできて、会議室の隅っこに、床に座り込み壁を背にしてもたれている、一人の小柄な女性の姿が浮かび上がってきた。


「mina!」

 オレはすぐさま、minaに駆け寄った。


 窓からの明かりに薄暗く照らされたminaは、自慢のロングヘアがぼさぼさで、まさにやつれきっていた。


「カ、カズくん……」

 minaはオレに気付いたのか、ようやくコチラを向いた。

 でも、その瞳には、まるで力がなかった。


「mina! どうしたんだ、mina!」

 オレはしゃがみ込んで、床に直接へたりこんいるminaに近寄った。


「カズくん……」

 minaはぽろぽろと涙をこぼして泣いた。

 よく見るとminaの瞳は、一生分の涙を流したのではないかと思えるほと、真っ赤に腫れ、頬には涙の跡が幾重にも映っていた。


「mina……」

 オレは、しゃがみこんだままminaを抱きしめた。

 minaの香りがいつもより強く感じる。お風呂に入る気力もないほど、やつれ果てていたのだろうか。


「mina……どうしたんだ? 歌番組ではあんなに元気に歌っていたじゃないか? それなのに……」


「あれは……、その……」

 minaは、もう喋る気力も無いようだ。


「mina……」

 minaをさらにぎゅっと抱きしめた。

 か細い……食事も喉を通らなかったのだろうか……


 minaは嗚咽を繰り返したまま、その後、一言も発することはなかった。



 minaを十分以上も抱き締めていただろうか。


「mina、ちょっとだけ、出てくるよ」

 オレはminaにそう言い残して、一旦会議室を出た。

 岡安さんと社長に事情を聴かなければ。


 C社のフロアでは、マスコミとの対応に追われているのか、電話で話していたり、早口で支持を飛ばしている社員がいた。

 もう深夜に差し掛かるというのに、机はみんな社員で埋まっている。

 電話の呼び出し音が、絶え間なく、鳴り響いている。


 岡安さんと社長は、応接スペースで深刻そうに話し合いをしていた。


「岡安さん、先程はすいませんでした」

 オレは素直に詫びた。


「いえいえ。私のほうこそ、minaさんの状態は極力外部に漏らさないつもりだったのですが、やはり佐伯さんには打ち明けたほうがよいかと。失礼いたしました」

 岡安さんは、いつも通りの綺麗な姿勢で、座ったままオレに頭を下げてくれた。


 社長は、真剣そうな表情でこちらを伺っていた。


「でも、なんだってこんなことに……。minaは歌番組では元気に歌ってましたよ。覚醒剤だって、やってないんでしょ?」


「歌番組は、プロデューサーに手を回して、以前録画したものと差し替えてもらった」

 社長は、言葉を放り投げるように、そう言いた。


「覚醒剤の件も、警察に事情を話して検査の結果、陰性反応が出ています。しかも念のために二回とも。先程、マスコミ各社宛にFAXを流したのですが、騒動は簡単には収まりそうもありません」


「では、なぜ? minaは急に歌が歌えなくなったんですか?」


「マスコミからのバッシングや、テレビ局の職員も悪意でminaを見てくる。精神的なストレスにやられたんだろう。歌番組のリハーサル中に、声が出なくなって、数回トライしたが、同じ状態だった。病院にも行かせたが、医者の見立ても同じだ」

 社長は腕組みをしながらそう説明した。


「そ、そんな……」


「仕事ぶりでなんとか挽回できれば、世間の評価も徐々に変わっていくのかも知れせんが……今のこの状況では」

 岡安さんは辛そうにそう言った。


「まさに日本中が敵に回っている。minaはもしかしたら、このまま……」


「まさか、あなたが手を回したんじゃないでしょうね!? 龍野ハヤトの時みたいに」


「そんなわけないだろ! あの時とは違う」

 社長は席を立ってオレに詰め寄ってきた。


「じゃあ、何だってこんなことに!」

 オレも引かず、社長と対峙した。


「わからねえよ! この業界は出る杭はボコボコになるまで打たれる時だってあるんだよ! minaの活躍を妬んだ、誰かがリークしたか……」


「そんな! でも、このままじゃ……minaが」


「お前も『企業再生の魔術師』と言われたことがあんだろ! 恋人の絆とやらでなんとかしてみろよ!」

 八つ当たりなのか、社長はオレの襟首を掴んできた。


「言われなくてもそうしますよ! minaは……なんとかオレが……支えるんだ!」

 オレはそう言い放ち、社長の手を払った。


 岡安さんは、心配そうにオレたち二人を交互に見ていた。


 そうは言ったものの、あの状況のminaを救う手立てがあるのだろうか?


 オレの心の中には、インクのシミのように、不安が徐々に広がっていった。

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