第四十八話 スキャンダル
歌手のAが覚醒剤使用容疑で逮捕された。
その映像は朝のテレビニュースのトップで放送された。
刑事たちに囲まれたまま、うなだれた様子のA。
ボサボサの髪を後ろで束ね、履き古したデニムとチェック柄のシャツ。
悲壮な面持ちで、パトロールカーに乗り込む歌姫Aの映像は、日本中を駆け巡った。
出勤前に朝食を取りながらテレビでそのニュースを知ったオレは、慌ててminaに電話を掛けた。
minaにとってAは芸能界でできた初めての友達。
さぞかし、ショックを受けているのではないだろうか?
携帯電話を操作すると、数コールでminaが出た。
「mina! 今朝のニュース、見たか!?」
「うん、見たよ……Aさん……まさか、こんなことになるなんて」
電話越しにminaの悲痛な気持ちが伝わってくるかのようだ。
「mina大丈夫か? 不安になってないか?」
「ありがとう、カズくん。私は……なんとか大丈夫……かな。カズくんや岡安さん達もいてくれるし。今は、家族もいるから……たぶん」
「mina、辛くなったら、いつでも連絡するんだよ。いつでも駆けつけるから!」
「ありがとう、カズくん」
minaは電話越しに、少し安堵したような声を出した。
「でも、Aは、なんだって覚醒剤になんか手を出したんだろう?」
「わからない……Aさん。作品を生み出す苦悩と、人気がある中の重圧で、彼氏とも別れて、不安だったのかな?」
「そっか……minaは、そんなことないよね?」
「私? 私はそんなことないよ。変なクスリなんかしないよ。もう、信用ないんだから」
minaはそう言って、クスリと笑った。
「いや、minaもさ、日々、芸能界で大変そうだから。もちろん、そう言うんだったら安心だ」
「ありがとう、カズくん。心配してくれて」
「うん、じゃあ、また電話したくなったらいつでも掛けてきて」
minaは思ったより元気そうだ。
オレは安心していつもの通り、銀行へと出勤した。
支店に着いても、その話題で持ちきりだった。
「佐伯さん、見ましたか? 歌手のAのニュース」
噂好きの田中が、さっそく聞いてきた。
「ああ、もちろん。今でも信じられないな」
「佐伯さんは、Aさんに直接会ったことあるんですよね?」
真由ちゃんがポニーテールを揺らしながらオレに尋ねてきた。
「うん、minaのマネージャー代理をしていた時に、一回だけね」
「Aさん何か、変わった様子とかは無かったんですか?」
「いや……そう言われれば、少し疲れた表情ではあった気がするんだけど。そんなの分からないよ」
「そうですか……minaちゃんは、大丈夫なんでしょうか?」
真由ちゃんは心配そうに顔をしかめた。
「大丈夫って?」
「Aさんとお友達なんでしょ? ご飯も何回か食べに行ってるって言ってたし。minaちゃんは不安に思ってないかな? って」
「ああ、今朝、すぐにminaに電話したよ。動揺はしていたみたいだけど、なんとか大丈夫そうだ。真由ちゃんも、よかったら連絡してやってくれ。やっぱり、支える人は多いほうがいいからな」
「私も一応、minaちゃんの親友ですからね」
真由ちゃんはそう言って、微笑んだ。本当に、いい子だ。
Aの逮捕は確かにオレたちにとって衝撃的だった。
でも、minaがなんとか大丈夫そうなら……
オレはそんな思いを抱きながら、日常の銀行業務へと取り掛かった。
Aが逮捕されてから、数日後のことであった。
朝、オレはいつものように自分のマンションの一室で、朝食を食べながらテレビを見ていた。
実家から送られてきた新潟米に、インスタントのみそ汁、おかずはスーパーで買ってきた昨日の残りだ。
今日は大したニュースはないな。
内閣の支持率は相変わらず低下を続けているようだし、為替も今の所落ち着いている、あとは銀行へ行っていつもの通り新聞に目を通せばいいか、とそう思っていた。
ー 続いて芸能ニュースです。芸能界に広がる薬物汚染。人気の歌姫に、その疑惑が出ております ー
男性アナウンサーが慎重な面持ちで、ニュースを告げた。
テロップに『歌姫mina』、『薬物疑惑』という文字が大写しになった!
なっ、なんだってーー!!
ー 今日発売の週刊誌Bは先日覚醒剤使用容疑で逮捕された歌手のA容疑者と歌手のminaさんが深夜、Aさんのマンションから出てきて、抱き合っている写真が掲載されています。記事によると、minaさんはA容疑者と親しく付き合っているようで、minaさんにも、薬物を使用しているのではないかという疑惑が掛かっているようで…… ー
ちょ、ちょっと、どういうことだ……
テレビ画面には、minaとAが、暗い背景の中、親しく抱き合っている写真が大写しにされていた。
ま、まさかminaが……そんなの、何かの間違いだろ!
オレは、慌ててminaの携帯電話に電話を掛けた。
しかし、呼び出し音が何回鳴っても、minaには繋がらない。
くそっ! なんだってこんな時に!
もちろんこんな日でも、銀行に出勤しなければならない。
オレは身支度をして、いつも通り支店へと向かった。
支店に着くと田中が週刊誌を念入りに読みながら先に席に着いていた。
いつも、オレより遅く来るのに、珍しい。
少し離れた席には、雨宮さんと、真由ちゃんもいた。
「佐伯さん! これは、一体どういう……」
不安そうな表情の田中
「オレも、何がどうなっているのか……」
「何かの間違いですよ! マスコミなんて有る事無い事書くもんです。龍野ハヤトの時だってそうだったし」
少し、高揚した感じの真由ちゃん。
「雨宮さん、岡安さんは何か言ってませんでしたか? minaのマネージャーだし、こういうのは一番……」
「記事が掲載されるのが、昨日の深夜、事務所で分かったらしい。昨日はダーリンは泊まり込みだったから。すまん、詳しいことはわからないんだ。あたしも何回もダーリンの携帯に掛けてみたんだが……」
残念そうな表情をする、雨宮さん。
この人はいつも自信満々な表情か、ニヤついた笑みのどっちかなのに。
珍しい。
その日の業務中、オレはminaのことが気になって仕方が無かった。
珍しく、初歩的なミスを何回かした。
その都度真由ちゃんに
「佐伯さん、不安なのはわかりますが、大丈夫。minaちゃんを信じましょう」
と励まされた。
真由ちゃんは自分も不安そうな表情を抱えていたが、優しくオレに言葉を掛けてくれた。
何か情報が得られないかと、昼過ぎに支店に戻ってからワイドショーも見てみた。
『芸能界に広がる薬物汚染』
などというテロップが出され、コメンテーターが訳知り顔で、
「人気商売が故のストレスか」とか
「曲を作っていく上での苦悩が、薬物へと駆り立てたのかではないか」
などと、辛辣な口調でそう語っていた。
そして、生中継で、C社の建物から出てくる、minaが映し出された。
周りには、マイクや、カメラを構えた、たくさんの報道陣。
三十人以上はいるのではないだろうか……
ビルの入口から、minaと岡安さんが出てきた。
minaは小さい体をさらに縮こまらせて、とても悲しげな表情を浮かべていた。
スーツを着た男女が押し合いながら、minaの方へと押し寄せた。
「minaさん! 今回の薬物使用疑惑、本当ですか!」
「何か一言、コメントお願いします!」
殺到、という表現が正にふさわしい、一斉に投げかけられる容赦ない言葉の数々。
岡安さんがminaを守るようにしてなんとか報道陣を押しのけて、minaを黒塗りのセダンに乗せた。
そしてその隣に岡安さんが乗り込み、車はゆっくりと発進していった。
やはり、ノーコメントか。
うっかりインタビューなんかに答えてしまうと、言葉尻を捉えられて袋叩きに合いかねないからな。
田中が持っていた週刊誌の記事には
「歌姫二人、深夜の薬物狂想曲!」
などという見出しと、Aとminaが単なる友人ではなく、それ以上の関係なのではないかなどと邪推するような記事も書かれていた。
minaが覚醒剤なんて、何かの間違いだろう……
ほんと、マスコミっていうのはえげつないな。
でも、minaは大丈夫だろうか?
きっとつらく悲しんでいるんじゃないだろうか?
電話も何回も掛けても、繋がらない。
もちろん、メッセージの返信も、ない。
オレはとにかく、minaの無事を祈った。




