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第十一話 スクープ 

ここからは、再び佐伯視点の話が続きます。

 社会人を何年も経験しても、月曜日の憂鬱というのは慣れないものだ。


 別に仕事で途方もなく嫌なことがあるとか、そんなことはないのだけど。倉庫で置きっぱなしにして埃をかぶったスクーターにだましだましエンジンをかけるように、オレは、ベッドから重い体を起こし、顔を洗ってから、よろよろとキッチンに方へ向かった。


 冷蔵庫からタッパーを取り出し、佳奈が作ってくれたアジの南蛮漬けを小皿にとりわける。

 炊飯器からご飯を装う。もちろんおいしい新潟米だ。

 電気ポットを沸かし、インスタントの味噌汁にそそぐ。

 独身一人暮らし男性の寂しい朝食。

 これでも、佳奈のおかずがあるので、だいぶましだが。 


 テレビをつけて、ちゃぶ台代わりにしているコタツ台の前のクッションに座り、オレは、黙々と箸を動かした。


 -今日の東京は、朝のうちは梅雨の晴れ間となりますが、午後からは曇り空が広がって、所によりにわか雨となるでしょう。念のため、傘の準備があった方がよさそうですー


 名前は知らないが、すらりとしたモデル顔の女性キャスターが微笑みながら、そんな内容を伝えていた。

 佐伯家では、出かける時に降ってなかったら、傘は持って行かないんだよ。


 オレは、アジの南蛮漬けをほおばりながら、一人キャスターにツッコミを入れていた。


 それにしても、佳奈の料理はうまいな。この南蛮漬けのつかり具合なんて、うちの母親の味を忠実に再現しているからな。

 いや、これは浮気じゃないよ。minaも、「佳奈ちゃんからの差し入れはちゃんと食べるように」って言ってたし。mina公認のオフィシャルグッズみたいなもんだ。



 ー続いて、芸能ニュースですー



 芸能ニュースか、minaが出てこないと、見る気がしないんだよな。

 minaの映画の話題は、大きく取り上げられていたな。

 そういや、今度映画の顔合わせがあるって言ってたっけ。

 もう、終わったんだったかな。

 メールは毎日のようにしているんだが、mina、元気でやっているかな。


 -初めに、たった今、入ってきたばかりのニュースです。今、話題のイケメン俳優に、熱愛報道です!-


 今度は男性アナウンサーが少し嬉しそうに、内容を伝えた。

 色恋のことでいちいち取り上げられて、

 芸能人も大変だよなあ。

 オレは他人事のように考えながら、のんびりと味噌汁をすすった。


 -モデルで人気俳優の龍野ハヤトさんと、紅白出場の女性シンガーソングライター、minaさんに熱愛報道です!-


 龍野ハヤト……あのイケメン俳優か……

 女性歌手とねえ……

 いいねえ、イケメンは……


 はっ!? おい!

 今……minaって


 テレビの画面を見ると、確かに龍野ハヤトと「mina」という文字がテロップで大写しになっている!


 ん、んぐっ! ゴホゴホゴホ……

 オレは飲んでいた味噌汁がのどに詰まって、激しくせき込んだ。


 -本日発売の週刊誌○○は、龍野ハヤトさんとminaさんの深夜での公園デートを報じ、二人が仲睦まじく語り合っている様子が掲載されています。記事によれば、二人は以前、お付き合いをしていたこともあり、映画『君は僕にも恋をする』の共演をきっかけに、二人の愛が再燃したものと見られておりますー


 えっ!? どういうこと?

 わからない。

 てか、龍野ハヤトって、

 minaの元彼だったのか?


 初耳だ。

 もちろん、minaからもそんな話は聞いたことがない。

 まあ、minaも二十七歳だから、元彼の一人や二人いてもおかしくはない。


 でも、龍野ハヤトって

 こないだ電話した時も、そんな素振り一切なかったよな。

 minaは意外と演技派なのか?

 小悪魔なのか?

 だとしたら、日本アカデミー賞新人女優賞と主演女優賞のダブルは間違いない。

 オレに隠し事とか……あったんだろうか?


 何かの間違いだよな! 

 週刊誌って、事実無根のことを平気で書くし。

 オレは、そう自分に言い聞かせて、出勤する支度をすることにした。




 支店に着くと、さっそく田中が週刊誌を持ってこちらに近づいてきた。

「佐伯さん! ニュース、見ましたか!? なんかすごいことに……」

「しーっ、声が大きいぞ、田中」

 他の行員に聞こえるだろうが。


「佐伯、田中、ともかくちょっと来い! 真由、お前もだ」

 出勤してきた雨宮さんが、オレ達を支店の会議室へと招いた。


「待ってくださいよお……あっ、いたたたた……」

 真由ちゃんは自分のカバンを足に引っ掛けて派手に転んでいた。

 転んだせいで、銀行の制服のスカートがめくれる。そこから黒いストッキングに包まれた形のよい脚が……ってそんなことはどうでもよろしい。

 相変わらずのドジっ子だった。 


 真由ちゃんが来るまで、オレ達は黙っていた。

 少し重苦しい沈黙……。

 ふと雨宮さんを見る。

 いつもながら、整った顔立ち、茶色がかった髪を肩まで伸ばしている。色白の肌、標準装備の膝上十五センチのミニスカートに、ハイヒール。


 なんか、最近雨宮さんがますます綺麗になった気がする。

 いや、別に惚れているとかそういうわけじゃなくて。

 前の彼女は、ヘタに踏むと爆発するというか、そんな地雷原みたいな危うさがあったんだけど……田中なんか、よく踏んで餌食になっていたし。


 最近は、丸くなった、穏やかになった気がする。

 オレより一つ年上だから、三十二歳。

 年代を重ねることにますます磨きがかかる、洗練された美しさ……

 こういうのを美魔女というのか?

 魔女……似合いそうだな。

 オレの中で、魔女のコスプレをしてステッキを振り上げながら、高らかに笑い声をあげる雨宮さんの映像が再生された。


 そんな風に雨宮さんを見つめていると、彼女は

「んっ、どうした、佐伯、あたしの顔になんかついているか?」

「いえ、なんでもありません。ちょっとぼーっとしていただけで」

「そうか、お前も大変だよな……」


 

 いや、いつもはもっと違うのだ。

「何ジロジロ見てんだよ! 妄想オナしてる暇があったら、仕事しろ!」

 とか、強烈に絡んでくるのだ。

 何かあったんだろうか……。

 女性が変わるといえば、彼氏ができたとか?

 まさか、ね……


「ご、ごめんなさい……遅くなって」

 真由ちゃんがそう言いながら会議室に駆け込んできた。


「まあ、いい。佐伯、今日のニュース、どう思った?」

 雨宮さんが口火を切る。


「いきなりのことで、ビックリしています。何かの間違いだと信じたいのですが……」

 オレは、四月からのminaとのやりとりをかいつまんで話した。

 もちろん、「今度のデートでminaの全てをもらう」とかそういうのは伏せておいた。


「龍野ハヤトが元カレというは、聞いてなかったんですか?」

 田中は少し言いにくそうだった。

「いや、聞いてない。minaの過去の恋愛話は、ほとんど知らなくてね」


「ともかく、情報を集めよう。あたしは、岡安に状況を聞いてみる。マネージャーなんだから一番詳しいだろう。田中はスポーツ新聞とか、週刊誌とかメディアの情報を集めてくれるか? でも、鵜呑みにはするなよ。真由は、minaになんとか連絡をとってみてくれ」


 雨宮さんがテキパキと指示を出す。なんか、傾いている中小企業を再建するみたいになってきた。


「あのう、……オレは何をすれば……」

 オレって、もしかして、仲間はずれ?


「いいよ、佐伯は、何もしなくて」

 雨宮さんが、優しい目になった。傍らの田中と真由ちゃんも、うなずいている。


「週刊誌とかを調べるのはつらいだろう。女同士、穏やかな性格の真由のほうが、minaの本音を引き出せるかもしれない。まあ、騒動の渦中にいるから難しいかもしれないが、minaにメールでもしてみたらどうだ?」


 銀行内で、オレとminaが付き合っていることを知っているのは、雨宮さん、真由ちゃん、田中……あとは支店長。この四人だけだ。誰も秘密を漏らしている感じはない。オレは、頼れる仲間に感謝した。


「あたしたちに、任せておけ!」

 雨宮さんは力強く言って、その場は解散となった。

「大丈夫ですよ、佐伯さん。minaちゃんを信じましょう」

 真由ちゃんが、オレに優しい言葉をかけてくれた。


 その日、オレは気もそぞろに、日々の業務をこなしていた。

 熱愛報道もオレの心を曇らせていたが、一番、気にかかるのは、龍野ハヤトがminaの元彼なのかということだ。

 だとすると、何故minaがそれをオレに黙っていたか?

 余計な心配をかけたくないから?

 minaは真っ直ぐな性格だから、全部話してくれそうな気がするのだが……

 それならば、元彼ということ自体も事実無根なのか?


 全くわからない……なんだか頭痛がしてきた。


 minaの携帯に電話をしてみたが、電源が入っていないみたいだ。



 その日の三時過ぎ、なんとか仕事をこなして外回りから帰ってきたオレを見つけて、真由ちゃんが走ってきた。ポニーテールに結んだ髪と銀行の制服の胸元が大きく揺れている。


「ハア……ハア……佐伯さん、二階の休憩室! すぐに来てください!」

「えっ、どうしたの? まだ仕事中……」

「龍野ハヤトが記者会見をするんですよ! 早く!」


 真由ちゃんはそう言って、オレのスーツの袖口を引っ張った。


 さすがに三時を回っていたので、休憩室には誰もいない。

 真由ちゃんと一緒に休憩室に急ぎ、テレビをつけると、画面はちょうど、龍野ハヤトとマネージャーらしき男性が、席についた場面を映し出していた。

 テーブルの上には白いクロスがかけられており、マイクがたくさん置かれている。背景は紺色。よく見る記者会見の光景だ。


 龍野ハヤトが口を開いた。

「まずは、皆様、本日はお忙しい中お集まりいただきまして、ありがとうございます」


 ハヤトは、真面目な表情で、そう言って頭を下げた。

 髪は短い金髪だが、これは役作りのためだろう。グレーのスーツに濃い色のネクタイ。さすがモデル出身なだけある。まるで彼のためにあつらえたようにぴったりと似合っている。


「また、このたびは私の事でお騒がせをいたしまして、大変申し訳ありませんでした」

 礼儀正しい、好感の持てる態度、しかし、次に、ハヤトは衝撃的な内容を口にした!


「週刊誌等の報道にもございましたが、私と……歌手のminaさんがお付き合いをしているのは事実でございます!」


 な、なんだって!!


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