第九話 -mina視点ー 初顔合わせ
ーmina視点ー
私の映画の出演が決まってから二週間後。
平日の夜。赤坂のホテルで映画『君は僕にも恋をする』の初顔合わせがあった。
今日はスタッフや主要キャストの人達が集まって、挨拶をして、今後のスケジュールや方針を打ち合わせするんだって。
今日の私に用意されたファッションは、黄色のノースリーブのワンピースに、黒の短めのブーツ。
実際に着てみて、
「ちょっと派手じゃないですか?」
って岡安さんに聞いたんだけど。
「大学生の役ですから、それくらいでちょうどよいかと。元気いっぱいなminaさんによく似合ってますよ」
と言われた。
カズくんだったら、どんな反応をしてくれるかな?
彼のことだから、少し照れながら
「mina、その服……に、似合ってるよ」
とか言ってくれるかな。
私はいくらヒロインとはいえ、新人女優みたいなもんだから。岡安さんは積極的に私を連れ回してくれて、色々な人と初めての挨拶を交わした。
監督、助監督、脚本家、演出家、カメラマン、照明、ヘアメイクやスタイリスト、映画の配給会社の人達
映画って、こんなにたくさんの人たちが関わって、作られているんだ……
それにして、うわぁ……人が多すぎて、顔と名前が覚えられないよ……
みんな似たようなおじさんに見えちゃう。
前にカズくんが言ってたけど、初対面の人の顔と名前を覚えるには、
もらった名刺にその人の特徴を書いておく
その人と喋る時に、なるべく名前で呼ぶ
だったはず……
よおし、私にはカズくんがついている! 新しい世界にチャレンジする私の背中を押してくれたのはカズくんだから、頑張らなくちゃ。
最後に、主要キャストの方々との顔合わせがあった。
今回の映画、舞台は海辺の地方都市。そこでの大学生活を舞台にした、恋愛映画。
私は、軽音楽部のバンドでヴォーカルを担当している設定で、ギター担当の龍野ハヤトさんと恋に落ちていくという役柄。
主題歌も私が書き下ろすんだって。メロディーはすでに出来上がっているんだけど、歌詞はこれから、監督さん達と相談しながら練り上げていくつもり。
私のお母さん役の女優さん。初めてお会いしたけど、テレビで見るよりだんぜん綺麗……。物腰も柔らかで「一緒に頑張りましょうね」なんて言ってくれて、すごい、感動したなあ。
主役の龍野ハヤトさんと挨拶をしたのは、最後になってしまった。向こうも主役だから、かなり忙しかったみたい。
龍野ハヤトさんは、私と同じ二十七歳。五年くらい前に女性誌の男性モデル発掘オーディションで、特別賞を受賞。そこから脚光を浴び始め、モデルから最近は俳優業にも活躍の幅を広げている。
顔立ちは、端正で、身長も高い。黒のジャケットに白いTシャツ、少し着古したデニムというカジュアルな服装も、彼が着ればそれだけで、ファッション誌から抜け出してきたみたいになる。
年下の女の子に人気があるみたいで、確か雑誌のアンケートのお兄さんにしたい俳優とかで、トップ3に入ってたと思う。ちょっと甘えたくなりそうな、頼りがいのありそうな、そんなルックス。
いつもは黒い少し長めの髪型だったと思うんだけど、その日は早くも役作りからか、髪を短くして、金髪に染めていた。
ちょっとワイルドな感じになっていて、カッコいい?
でも、そこまで胸がときめかないかな……私にはカズくんがいるから。
私は、大学に通ったことがないから、今度カズくんに大学生活について聞いてみよう。大学生のカズくん……やっぱり、彼女とか、いたのかな?
そんなことを考えながら、龍野ハヤトさんを見ていると、ハヤトさんは私の視線に気づいたのか、こちらに近寄ってきた。
岡安さんは、監督と少し話があるとかで、ちょうど席を外していた。
「初めまして、今回、女優を務めさせていただきます、minaです。映画は初めてなので、至らないところもありますが、ぜひ色々と教えてください」
何十回か言ったようなセリフで申し訳ないけど、私は龍野ハヤトさんにそう、挨拶した。
近くで見ると、ファッション誌とかで見かけるような鋭い視線というよりは、思ったより親しみやすそうで、どこかで会った事あるお兄さん、みたいなそんな印象を受けた。
「初めまして……?」
龍野ハヤトさんはなぜか少し戸惑った様子で、私の方を見つめた。
私、何か失礼なこと言ったかな? 向こうも初めての主役で、少し気が張っているとか?
「本当に……覚えてない??」
龍野ハヤトさんはそう言って、私の方を覗き込んだ。
身長の差で、どうしても、私が彼を見上げる格好になる。
もしや、初めましてじゃなかった?
どこかのテレビ番組で共演してた?
うわぁー、岡安さんがいない時にやってしまった!
頭の中が真っ白になって、私はしばらく何も言えずにその場に立ち尽くしていた。
龍野ハヤトさんの顔を、失礼な事に思わずジッと見つめてしまった。
少し鋭いけど、その瞳の奥に秘めた、熱く、そして時に優しい感情……
えっ、もしかして……
「えっ!! もしかして……ハヤト!?」
「そうだ、mina! 俺は、お前を迎えに来た!」
ハヤトは以前と同じような、自信たっぷりな表情で、私の前に再び現れた。




