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今笛と風波が地下に入るとやけに静かだった。コードが根を張っているかと思ったがその様子もない。上に全てが向かっているのか、それともこの場所にコードが入り込めないようにしているのか。
2人は無言のまま、進んでいく。
…もう今笛は忘れてしまった少し昔のこと。
あたしの戦う理由はいつだって今笛の為だった。今笛と主従関係で結ばれているからではない。もちろんそれも理由としてはあげられるかもしれないけれど、それ以上に私は別の理由があるのだ。
あたしは、この人と一緒に居たい。
前に、呪いから外れていないかどうかを確かめる儀式――残念ながらそういうことがある――があって、あたしは目の前で彼に剣を突きつけられるところを見てしまった。
溢れ出る赤いものも、刺し貫かれるその身も、それでいて生き続ける命も。それを見て、あたしのどこかで壊れる音がした。
――あたしが、守らなきゃ。
主従もまた呪いのようだ。余計な手を出されぬよう、縛り付けられた状態のまま、風波は思った。あたしが守らないと。どうして、だとか理由は必要なかった。ただ、本能が。
瀬海風波の本能が、そう叫んだ。
そして次の瞬間、自身もまた貫かれる激しい痛みの中、風波は死んだ。
「居たぞ」
今笛は、もうそんなこと覚えていないけれど。記憶は彼の中から零れ落ちて、なくなってしまったけれど。
…あたしが覚えている。刻んでいる。
秋村先生が2人の姿を認めるとやや驚いたように目を見張った。
「にぎやかだと思っていたが、まさか君たちのような子供だったとはな。こんな時間にどうした?いいこは家に帰りなさい」
「おいおい、ここまできてそんな風にしらばっくれるつもりかよ、先生」
呆れたように今笛は足を軽く肩幅に広げる。何があっても対処できるように。
「あんたの噂を聞いた。何でも、…不死、みたいなもんだと」
「あぁ、そうか。そう、俺は不死だよ。」
サラリと秋村先生は言い放つと両腕を横に広げた。その先生の後ろには大柄な機械がある。
「俺の≪力≫は≪再生≫。この身がある限り、どんなものでも≪再生≫される。この機械をみたまえ。これは遠い昔、何らかの儀式に使われた跡地だったようだ。そのため動かずにしかし残っていた…故に≪再生≫させた」
「あの、コードも?」
「あぁ、そうだ。しかしあれは何だろうな、時たま俺にも襲い掛かってくるのだ。まるで、誰か別の主がいたかのように。まぁ作り主は確かに居たはずだからな、間違ってはいないようだが。その主人というのが恐らくこの研究室の本棚にあった【シオト】ではないかと思うのだが、果たしてどうなのか」
しおと。
聞いたこともない名前だ。訝しげな表情をしていると先生は説明をしてくれた。
「【シオト】というのは≪力≫の始まりとも言われている男の名前だ。詳しいことは俺にもわからないが、強力な≪力≫使いだったとされている。しかしその時代の記録はほとんど残っていないから調べようもないのだ。」
「よくもまぁ、ベラベラと喋ってくれるんだなあんた」
今笛が挑発気味に問いかけると、嘲笑で先生は返した。
「どうせここで朽ちる相手だ、何を話しても構わないだろう」
「ハッ上等。…待て、風波」
刃を抜こうとした風波を手で制する。不満気な様子の風波から視線を先生に戻す。
「あんたはどうやら≪力≫で身を不死にしてるらしいな。逆だ。不死をなくすための手段を知っているか」
「………不死を、なくす?」
反復した先生は、やがて哄笑を上げた。
「ははは…!そんなもの、あるわけないだろう!!!!誰が望むというのだ!!!!」
どこから取り出したのか、先生の手には真っ赤な槍があった。あれも≪再生≫の≪力≫で復活させた古代のものなのか。槍の距離は長い。突き出された槍を風波の刃が受け流した。
「――ッと」
「風波、援護するぞ!――≪大樹の実り≫!」
槍に無数の蔓と茨が絡まった。今笛の≪力≫、植物を操る能力――≪大樹の実り≫。少し動きが鈍ったところを風波が剣を振る。
「――無駄だ!この槍は折れない」
剣は確かに槍に放たれた。凄まじい衝撃音が響き、今笛は一歩足を引く。
「…折れない?じゃ、あたしも――もう少し、本気でいこうかな!」
≪再生≫を持つ槍は欠けたとしてもそこから並々と≪力≫を注ぎ込まれてしまう。だから折れない。けれど、風波は口角を上げた。
「―≪信じる絆≫、断ち切って!」
「…?!」
風波の刃の先からオレンジの炎が沸き上がった。それは瞬く間に槍を包み込んでしまうと、触れた傍からボロボロと槍は形を壊していく。
「あたしの≪力≫、≪信じる絆≫は信じていれば信じているほど強くなる――そしてその逆も、同じ!!!」
「ぐっ………」
一瞬だけたじろいだが、先生はすぐに体制を立て直すと槍に絡みつく茨もものともせずに槍を力任せに押しやった。
「――!!」
突然の予想していなかった行動に風波が目を見開く。が、すぐに先端が近づくのを捉えながら風波は身軽に躱すと、
「―――狙いはお前じゃない!」
「え」
先生の声に風波は後ろを顧みた。
――鮮血が舞う。
「ってぇ…」
「今笛!」
後ろに控えていた今笛は肩に広がる赤い染みに舌打ちをした。躱せない、と思った。それほど的確なスピードだった。ギリギリで≪大樹の実り≫を発動しなければ、今頃首の一つでも飛んでいたかもしれない。…死にはしない、痛いだけだ。
だが風波はキッと眉をつりあげると剣を握る手に力を込めた。
「今笛を、傷つけた」
「惜しい!もう少しで殺せ」
たのに、と彼は二の句を告げることができなかった。言葉を遮り先生の肩を剣先が通り抜けたからだ。
「は…」
「――これは、今笛の分」
先生が理解した瞬間、それはもう遅すぎた。既に風波は第二派の用意が整っている。
―狙うは、首。
(首を刈り取れば、死ぬ)
ただ明確な殺意だけを形にして風波は刃を振りかざし、
「やめろ、風波」
―――ぴたり、と刃の先端が先生の首筋で止まった。
今笛の冷静な声が響いた。
「どうして?」
「殺すな。オレたちは人殺しじゃない」
淡々とした今笛の声に、けれども風波は刃を下ろそうとせずあろうことか首筋を食い破ろうとしていた。それを見た今笛は強く言う。
「風波」
「………。しょうがないなぁ。今笛は優しいんだよ~…。」
どちらにせよ、今笛の怪我の手当ても早くしないといけないのだ。そう思った風波は剣を収めた。彼の≪力≫の効果で肩の傷が治っていく様子を見ながら、風波はニコリと笑った。
「お前、命拾いしたね」
×××
今笛と風波が上に上がると密留が待っていた。床には四散したコードの数々。その上に優雅に彼は足を組んで待っていた。
「お、きたきたー終わった?」
「なんとか。あんたも話してきたいなら行ってきたら?」
「それはよかった、行ってこようかなぁ。」
くすりと密留は笑う。今笛は尋ねた。
「なぁあんたさ、オレたちに嘘ついてたよな。ほんとにその依頼あったのか?…あんた、いやあんたらは別の理由があって」
「しーっ」
密留は人差し指を唇に当てた。それからにっこりとほほ笑む。
「君たちは不老不死の情報が欲しかった。僕たちにも僕たちの情報が欲しかった。それだけのことであって、深入りはしちゃだめだよ?…じゃないと」
もしかしたら、僕は君たちの敵になっちゃうかもしれない。
「なーんてわかんないけどね!」
「…一つだけ教えてくれよ」
密留は微笑んだまま、何だいと言葉を待つ。
「あんたらは、何の為に雪風部で活動しているんだ?」
「…どうして、ねぇ。」
「――たった一つの願いを叶えるために。」
それだけだよ。
言い残して、密留は地下へと姿を消した。