最終章
第七章 星屑の幻想
誰もが抱いていた、夢があった。
いつだって選んできた、未来があった。
始まりがあれば、終わりがある。
うすら透けた少年が、亡霊となって自分の元に現れた時に悟ったように。
全ては帰る、…それだけなのだと。
×××
衰弱。
それが少女に告げられた言葉だった。どうやら肉体精神共に疲労が原因のようだ。それを聞いて丹色は安堵の息を漏らす。最悪の状態などではないことは喜ばしいことだ。
「…巻き込んで、ごめんね」
眠り続ける稟斗に丹色は呟く。…だが、彼女が居たから成せたこともあった。それはおそらく事実なのだ。
それでも、彼女は傷ついた。
「覚えてる?…昔、君のお兄さんと、光彩が約束を交わしていたこと。…二人でのぞき見のぞき聞きしたね」
ふふ、と笑う丹色に、光彩が呆れたようにため息をこぼした。もちろん丹色には感じれないがなんとなく、そんな気がした。
「守る、…なんかなぁ。ぼくには、その当時呪いみたいだなぁって思ったよ。」
守ることだけに着目して、周囲も見れない。盲目の状態になること、それは呪いと変わらない。
1人じゃダメなんだ。
「…だから、稟斗。ぼくらがいるよ」
君の兄は、もういない。病で死してしまったけれど。
あの人のようにはなれないけれど、代わりのようなものだけど。
「丹色様」
従者―――飛の声に、丹色は頷く。
傍らに置いてあった傘を手に取って、稟斗の寝室を後にした。本来であれば稟斗を守時の家へ帰さなければならないところだが、医療機関等の設備は影時の方が備わっている。しばらくはこちらで過ごすこととなるだろう。…焦ることはない。
――終わったのだ。
草履をはいて、庭へ出るとすぐさま青空が降り注いで眉を寄せる。…暑い。そうか、…今は、夏だったか。
随分と…本当につい最近のことなのに、時間が経ったような気がして仕方がない。
光彩は――光彩は、志糸を愛していた。家族を、愛している。
では、丹色は?
…そんなの、もちろん、決まっている。
「行こう、光彩」
重かったはずの傘を、肩に背負う。背中で開いた花は丹色が少し力を込めると簡単にくるりと回った。深呼吸をして、前を見据える。
この空の下、歩いていく。
「これより、影時領主、拝命の式を開かせていただきます」
ぼくらは、これから紡いでいく。
……そうでしょう、捻子。
同じ空の元を行く、親友を思い描いて、丹色と光彩は笑った。
×××
「これより二人を破門とします!好きになさい!!!!」
バタン。
全く、何の漫画の展開だこれ。いや現実だ、うん、現実。隣に立つ風波がコテリと首を傾げる。
「破門、なんて、歴史を感じちゃう言葉だよね」
「言うな、言ってやるな風波…」
「どうする、今までのお礼にスマホとかタブレットとか買ってあげる?」
「あのなァ、電波届かねェとこじゃつかえねェだろ…ってそこじゃねェ…」
オレたちは、生きる。
不老不死の村、いや、和草と瀬海の家に戻った二人は開口一番そう告げた。
結論から言おう。…忌み子は消えたが、彼らの呪いは解けなかった。
「結局、ふりだしじゃねーか」
「生きる生きない別にして、呪いは困るよねぇ…何があるかわからないもの抱えて生きたくないよぉ」
全くそれだ、ぶつくさと二人はむくれる。だから、結局は最初と同じ。不老不死の呪いを解く方法を探す。
まぁ、と風波をチラリと見る。
彼女が、呪いを解けなくはないが…それだとほぼ間違いなく今笛は死ぬので、却下。
「あの炎は嫌だよなァ」
「嫌だねぇ…」
捻子の炎も、その、まぁ、嫌だからという理由で却下だ。そもそも友達に友達殺しなどさせたくないし、だから死にたくないんだって。
「とりあえず高校戻らねーとなァ留年かなァ留年やだなァ…」
「大丈夫、学歴がある!」
「お前はな?!オレ成績やべーんよ?!」
キラキラ眩しい笑顔の風波に疲労感たっぷりでツッコミを入れて、今笛は苦笑する。
ふと彼女と同じくらい真っ直ぐな男のことを思い出した。
「…ねぇ、今笛」
「ンだよ」
風波はするりと今笛の手と絡めた。
それを見て、同時に沼を思い出して眉を寄せてしまう。風波は少し笑みを浮かべて囁いた。
「多分ね、あいつは不器用だったんだよ」
縋りつく少女の手を払えなかった、少年。
「わからないことが怖かった。わからないことを表現できなかった。居場所も、在処も、必要としていないのに、それでも欲しがった。何ていうか、あいつ自身認めたくなかったんだろうね、自分を。」
「自分を否定し続けたんだろ、あいつ」
否定して、否定して、感情も知らないこともわからないことも。そうして自分を作った。
それが当たり前で、けれどそれを周りの誰もが否定した。
――彼は亡霊だった。
亡霊であることを、誰も彼もが肯定した。
「…あの子だけだったんだよねぇ、あいつを、人間だって。人だと言ったのは。」
「本当はずっと近くにあるんだ、あいつの居場所。…それに気付けていねェだけでさ」
「あたしの居場所は、ここだよ」
繋いだ手に力が籠る。
「あたしの居場所は、今笛の隣。あたしは剣、あたしは盾。あたしはお前のために在る。」
「わかってるよ。…一緒に行こうぜ。」
うん、と風波は手を離して一歩二歩、先へ進むとくるりと振り向いた。スカートが青空の下でふわりと舞う。
「それじゃあ、何をしようか!」
あたしたちは知った。
生きることの喜びを。
辛いことも悔しいことも、そりゃたくさんあるけど。
それ以上に、貴方と生きたい。
「お前となら、何でもいいや」
オレたちは、自由だ。
燃やし尽くした美しい炎を、彼ら2人は望まない。
×××
――あ、
キィン、頭の片隅で聞きなれた音を聴く。それは≪力≫の前兆だった。だがそれを自らの意思でねじ伏せる。
今は、未来を視たくない。
部屋の中、紀磨はぼんやりと空を見ていた。透き通った青空だ。
室内にはスマホが置かれている。たった今まで、少年と連絡を取り合っていた。
「……今まで歩いてきた道が、無駄なわけがない」
あっという間のように思えた。たった一年、されど一年。長く、決して短かったわけではなかったけれど。
それでも――こうして振り返ってみれば、やはりすぐ過ぎてしまったと思ってしまう。
あの日、もし自分が捻子を救っていなかったら?声を掛けなかったら?考えれば考えるほど、わからなくなる。だから、と紀磨は苦笑する。
考えないことにする。
自分はこの道を選んだ。選んで、今がある。
果たして、この結果が最良だったのか。それは恐らく彼にしかわからない。
「……後悔しないでいれば、それでいいわ」
ぐ、と背伸びをして、スマホを手に取った。新しい通知。暫く途切れていたメールが返ってきた。
それを少しだけいとおしそうに撫でて、紀磨は言う。
「……そうでしょ、捻子」
×××
――賑やかな声が外から聞こえてきている。どうやら、子供たちが遊びまわっているらしい。
そんなことをぼんやりと思いながら、同時に空っぽだなぁと黄昏る。
全力を果たした後、というのはこうもなるのか。
来賀朝霧はうつらうつらとしながらぼんやり、客席用の椅子にもたれ掛っていた。
――白い病室。そこはあらゆるコードで繋がれた、生きる植物状態の少年が眠る場所。
近づく足音に、顔を向ける。
『やぁ~久しぶり~』
「ゆっる」
久しぶりに声を出したら自分でも思っていた以上に緩々な声が出た。すかさずツッコミを入れられ、朝霧はへらりと笑う。
よいせ、と体の向きを動かして改めて訪問者と向き合う。
「…お久しぶりです、朝霧」
・・・・
『よくきたね、捻子くん』
訪問者――捻子は、ぱちりと瞬きをして、その様子におかしそうに朝霧は言う。
『変かい?…君は、決別をしに来たのだろう』
「……ええ、そうです。そうですが、…いざ聴くと何だか慣れないものですね。」
苦笑を滲ませる捻子に、朝霧は肩を竦める。
昔は、こうだった。
まだであった当初、すなわち捻子に振り回されていた頃は「朝霧」「捻子くん」と呼び合っていたものだ。それがいつしか「朝」「捻子」と突き放すような物言いになった。
「俺はずっと逃げていました。目の前からではありません。…君という、過去との決着から、逃げ続けていました」
捻子は視線を眠りに浸る少年に向けた。
「……失うことが怖かったんです。前に進むことが、君を置いていくことが」
『それはただの傲慢だね。自分勝手に、理由をつけただけだ』
そうです、と捻子は頷く。
「…でも、それが何ですか。自分勝手なのは、…だって、それはお互い様でしょう」
捻子が右手を振る――広がる薙刀に、ぽつりと炎が宿る。
揺らぐ炎を見つめ、朝霧は僅かに嘆息した。
「これ以上、君と話をしていると――覚悟、鈍りそうなので。」
『ねぇ、捻子。答えを教えてよ』
その前に、と朝霧は言う。
『君は、何の為に≪力≫を俺に振るうんだい?』
「―――俺自身の、我儘のためにです!」
――薙刀が、振るわれる。
自分に突き刺さるそれまで、朝霧は苦笑した。
――バカなやつだなぁ、ほんと。
こいつは、最後まで、自分で抱え込むのだ。
全て自分が始めたことなのに、全て捻子で抱え込もうとする。
そういうところが、馬鹿なのだ。
うん、だけど、まぁ。
……満足。
「―――さよ、なら、です」
…
………
………………
全て、幻想だったのだろうか。
夢で、幻で、形がない、結局形なく終わったまがい物だったのだろうか。
何も残らなかったのだろうか。
否、少年は応える。
そんなことはない。
それでも、伸ばし、届かなかった。それだけだ。
他に道はなかったのか。後悔していたあの日々は、もはや永久に消えた。
償いも、何もない。
選んだ道を、進み続けるだけ。
俺たちは、星屑だった。




