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光彩はしばらく歩いて、そして立ち止まった。目の前に立っている少年が、一人。
「よぉ。えーと…名前、聞いてねぇな。朝霧クン?」
「来賀朝霧。初めまして」
ポニーテールを流して、女のような幼顔をした少年は微笑を湛えている。
「アンタ、ずっと捻子クンの傍にいたな。何者だ?」
「君と同じだけだけど?」
…≪力≫、か。けれども、一緒にされるのは心外だった。
背負っているものが、違うのだ。
「捻子クンは?」
「あぁ、彼なら―――」
―――ふっと影が差した。
光彩は身を翻す。先程まで光彩が居た場所が力強く抉られた。校舎を出て外、庭に出た状態で地面を滑る。勢いを抑えるために地面に手をつこうとし、続け様に追撃を捉えて仕方なしに足から飛び出した小型ナイフで応戦する。ようやく獲物を目に捉えた。
「――まぁ説明してやんない、ってのも申し訳ないよな!」
光彩は笑みを浮かべながら薙刀を押し返した。そして両の袖から―――二本の刀を取り出す。
「おれたちの≪力≫、≪二重人格≫は強さを二倍にする。おれたちが備え持つ暗器―――数は数えたことねーけど今まで一度たりとも【品切れ】になったことはない!!!手勢に無勢!ほら捻子クン、アンタはどうやっておれを倒す?!」
「申し訳ありませんが―――」
捻子は薙刀を水平に構えた。
「俺は貴方を倒す気は微塵もありませんので…!あわよくば、先程の一撃で戦意喪失してくだされば幸運だったのですが、うまくいかないものですね!」
「ははっ、そいつは無理な考えだろ、捻子クン…!むしろ嫌なぐらい戦意上がっちゃってるよ?!」
朝霧は冷静な瞳でトン、トンと後ろにステップを踏んだ。それから唇を歪ませる。
「対話なんて、できるわけもない」
どこかおかしそうに呟いて、戦火が飛ばぬ位置に足を止める。
――そして、先に動いたのは捻子だった。
薙刀の突きが光彩の眉間を狙う。光彩はそれを刀で流すように避けると、傘を手放した。空いた右手。そこに刃が握られている。突き出された刃と、薙刀が旋回して相対し火花が散った。すぐに捻子は距離をとるべく後方へ戻り、光彩はカツンと地面で跳ねた傘をなれた手つきで右手に戻す。
「傘、邪魔じゃないんですか?!」
捻子は叫んだ。
「ご忠告どうも。でも、悪いな。―――こいつがおれの戦い方なんだ!」
刀が払われた。それを同じように薙刀で流すと、捻子は懐に入り込むように体を詰める。光彩もそれを予想していたのか、すぐに刀を手放すと袖下から鎖を取り出した。
(――鎖…!)
鎖の先には鋭利な鉄が纏わりついている。首にでも回ればそれだけで致命傷だろう。間一髪で体を捻り躱すと、やはり同じように後方に戻ろうと屈めた。
「――同じようなこと、二度もさせると思うか?!」
光彩は前に跳んだ。薙刀は距離間が大切となる。その距離間によって振るスピード、強さ、力、何もかもが変わる。しかし、捻子の薙刀はその弱点をカバーする。
――パチン、と薙刀が音を立てた。
「―――へぇ?!」
光彩は追撃の手を緩め、後方に引いた。光彩が居たところを短めの長さとなった薙刀が振るわれる。
「便利、でしょう…!」
「―――なかなかやるな、捻子クン。」
光彩は笑みを浮かべ、銃を構えた。捻子は唇を噛みしめる。このまま戦っても、体力としてはおそらく向こうの方が多いし何より経験の差が勝敗を決する。否応なしに捻子は自分が勝てないことは分かっていた。
―――いざとなれば、朝霧の。
(…いいえ、ダメです)
影時の双子は捻子に用があると言った。そして、試す、と。つまり捻子自身の実力を試そうとしているのだ。そこに朝霧の力を介入してはいけない。捻子は薙刀を掴む手に力を込めた。
――そのとき、声が響いた。
「捻子?!」
長く上で括られた髪が揺れている。少し息を切らした少女が、捻子の名を叫んだ。捻子は紀磨、と唇を動かして息を呑む。チラリと光彩の視線が紀磨を捉えると、袖の下、そこから銃を取り出しているのが目に入った。
―――銃。
血の気が引くと同時に、逃げて、という言葉が既に間に合わないことを悟る。間に合わない、間に合わない、
―――いやだ。
未来を視た。捻子と誰か、いやあれは確か転校生の少年が刃を交わしていた。そしてその末に、捻子の喉元に叩きつけられる切っ先―――その未来を回避すべく、紀磨は二人の居場所を導き出した。未来を読んでも、その未来を回避せねばならないのだ。そして向かった先で――自分に向けられた銃口に気付く。間に合わない、と感じたがせめてもの回避で腕を目の前でクロスさせた。
――すぐ後に起こった、発砲。
「………?」
けれど、痛みはなかった。不思議に思って閉じてしまった目を開くと、確かに銃口からは白い煙が立ち上っていた。そして、弾は。
弾は、紀磨に到達する前に燃えて落ちていた。
「……火…?」
訝しげに光彩は呟いて――弾から溢れ出た炎が自分を囲んだことに気付く。
「…こいつぁ…?!」
パチッ、と手に触れた炎。そこから鋭い痛みが生じて思わず手をひっこめる。幻覚、などではない。―――これは。
思考がたどり着くより早く炎が光彩に纏わりつき、顔を顰めた。熱い。
「おいおい…」
これは、
不味い。
炎が自分を中心に燃え上ろうと盛んに揺らめいている。回避口を探そうと視線を滑らせ、捻子に目が入った。
――どうして。
「―――捻子ク、」
次の瞬間炎が急激に強まった。光彩の脚を焼く、神経を貫かれる痛みに悲鳴を押し殺す。まずい、本当にまずい、これは。紀磨が駆け出すのが目に留まる。けれど、それよりも視線を吸い寄せられるのは否応なしに捻子だった。
―この炎を発しているであろう、捻子の姿だった。
捻子は呆然と炎を見詰めている。まるで自分の意図とは反対に起こったかのように。思考がまともに動いていないのか、両手で薙刀を構えたあまりにも無防備な体制で固まっている。光彩は口を開こうとし、けれども腰に飛び火した痛みに苦悶の声が零れてしまった。その声に捻子は正気に戻ったらしい。息を呑んで、声にならない声を喉から零した。
―――このままでは、死ぬ。
そう本能が悟った時、
「≪幻の揺らぎ≫」
この状況に似合わない、淡々とした声が響き渡った。そして言霊が発せられると同時に周囲の甘い香りが濃くなり、炎が収束していく。伏せた瞳で朝霧は指を光彩の―――正確には炎の方へと突き出していた。
―それに気を取られていたからか、いや驚くべきは少女の順応性だろう。
「動かないで」
ピタリ、と。
急所、つまりは頸動脈にナイフが当てられていた。少女はかすかに――肩を震わせて――けれども確かに強い口調で言う。
「刃を、引いて。これ以上の戦いをするっていうのなら…私があんたを殺すわよ」
光彩は随分乾いてしまった口内で唾を飲み込んだ。ただ、怒涛の展開の中で炎を思い返していた。…あの、炎。
あれが、炎か。
「――あぁ、もう、いい。もう十分だ。」
捻子が両手の薙刀を強く握りしめて、少し不安げな表情を浮かべていた。
「捻子クン、説明をしたい。おれたちがどうしてここに来たのか、その理由を。」
「……ここじゃ、何ですからね。紀磨…」
「…わかってるわ。」
紀磨が刃を下ろすと光彩は閉じていた傘を背負った。捻子が光彩に「こっちです」と案内をする。二人が歩き出す中、紀磨は朝霧を見た。未だ捻子の力、契約の影響で具現している彼の姿は紀磨にもはっきりと見えていた。朝霧は紀磨の視線を真っ向から受け止めると、やや軽く笑みを湛えた。
「ここは、あんたが作った空間よね。どうして私を入れたのか、教えてくれるの?」
朝霧が創り出した空間。それはもちろん、何かがあったときはすぐにでも対処に入れるよう、朝霧の意思のままに創り出されたフィールドだ。また、朝霧が≪力≫を解けば空間は平常に戻る。部外者を撥ね飛ばす空間の中に紀磨を入れた、理由。
朝霧は、
来賀朝霧は、酷く退屈だった。
「君が入ってくれば、面白いことになりそうだと思ったから」
それだけだよ。コテン、と首を傾げて笑みを深くする朝霧。紀磨は先ほどの炎を思い返していた。確かに、紀磨が来なかったらあの炎は。
――寒気がするほど、強い炎。
紀磨はそれが捻子の≪力≫、≪神聖なる炎≫であることを知っている。けれども――
彼女は、直接的にその炎で犯した彼の罪を、知らない。
「貴方は自らこの事態を選んだのよね。じゃあどうして鎮火させたの?」
「どうして鎮火させたのか。決まってる。――僕もまた、捻子の炎が嫌いなんだ」
紀磨は朝霧を睨みつけた。――どうも、彼女のあの目が苦手だ。純粋無垢、けれども決してただではとおして貰えそうにない、そんな瞳。だから、朝霧は続いてこういった。
「嘘だよ」




