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 8月の半ばには、学校から出された課題を終わらせた。けれど、今度は塾の課題に追われて、いつまで経っても課題というものが無くならない。いっそ面倒だからと放棄してみたとしても、その時間をどう持て余せば良いか分からず、また、塾でまで叱られるというのは不服なので結局問題集に手が向かう。教科書に出ていないものばかりで、どうやってこれを解けば良いのかわからない。それでも何とか参考書を開いて、塾に持っていかなければならない。苦しい、辛い、そう言って嘆いたところで、「国立を目指す奴は、一日16時間以上勉強しているんだぞ。この程度で値を上げるな」と叱咤されるだけだ。だから、やはり何も言わずに、耐えるしかない。

 あの日から、月経は来ない。あれはおそらく、間違いだったか、勘違いなのだろう。けれど、鏡を見れば、そこにはなりそこないの女の姿が映っている。どう否定しようと、外面は僕を女に仕立て上げようとしている。

 頭痛が治まらない、鈍く、重い痛みが米神から、襟足に掛けて押さえつけてくる。明日のことを考えただけで、下腹がキリキリと頭痛と共に襲ってくる。そうなると、もう何も手につかない、頭に入らない。そうだというのに、時間は過ぎて行ってしまう。やらなければならないことがあり、それが出来なければ叱られる。けれど、やりたいと思っても、集中することが出来ない。僕がダメな人間だから、このような悪循環から抜け出せないのだろう。あまりにも苦しくなって、泣いてしまいそうになっても、涙は枯れてしまったのか溢れることも無い。

 両親が揃って姉のところに旅行に行き、一人家に残されていると、まるで世界から僕以外が消えてしまったような錯覚が頭を過り、馬鹿馬鹿しさに自分でも呆れた。誰も居ないとなると、何かあっても誰も助けてくれない、一人とはそういうことだ。それはとても怖い、怖いのに、僕はそれを望んで、やはり怖くなった。疲れているのだ、きっと、だから一日中僅かなパンを一つだけ食べ、あとはリビングのソファーに寝そべり、何も考えないようにした。クーラーがカタカタと不快な音を出すが、それを止めると茹だるような暑さが襲うので我慢するしかない。テレビをつけて誤魔化そうと思ったが、情報番組や食べ歩きばかりで何とも面白味も無い。ゲームでもしようかと思うが、その場から動くことが煩わしい。何かに集中しなければ、何も考えない状態というのは中々出来ないものだ。僕はそうなのだが、他の人は何もせず、何も考えずに時間を過ごすことが出来るのだろうか。聞いたことが無いので、分からない。

 夕方になると、カーテンに赤い日差しが辺り、僕の足元まで照らした。もうすぐ夜が来て、そして明日が来る。今日のまま時間が止まれば良いのに、明日が来てしまう。何もしたくない、何も考えたくない、もう、何もかも、今この時に滅びてしまえばいいのに。

 いつの間にか閉じていた目を開けると、部屋の中は暗く、テレビだけが場違いに光っていた。電気をつけようと身体を起こすと、そこでようやく、電話が鳴っていることに気がついた。今、この空間には僕しか居ないと言うのに、その空間を突き破って誰かが電話を掛けている。きっと、セールスか何かだろうが、留守を任された手前、放置するのも気が引け、仕方なく電気をつけて電話に出た。

 「はい、」

 「・・・っ、」

 女の啜り泣きが受話器から聞こえ、間違い電話だろうと思い切ろうとすると、「酷い、」と小さな声が聞こえた。

 「どちら様ですか、」

 「ミキちゃん、酷いわ・・・」

 いきなり僕を名指しで貶すとはどういうことだと思い、もう一度誰か尋ねた。女の啜り泣きと嗚咽から、「私よ、ユメよ・・・」と恨みを込めた声がした。

 僕と彼女の縁はあれで打ち切った筈だ、僕には考える限り、落ち度は無い。むしろ、協力するひつようすらなかったのだ、それを酷いとはどういう了見だろうか。

 「どうした、」

 「・・・好きな人いないって、いったじゃない」

 何がどういうことなのかわからない。

 「意味が分からない、泣いている理由と私が酷いという理由を教えてくれないと、こっちとしても謝罪も何も出来ない」

 泣き声がずっと耳に響いた。どうしてこうもピーピーと簡単に泣ける人がいるのだろう。こちらの迷惑を理解していないのだろうか、文句を言う元気があるのなら、夜中に電話をせずに文章をまとめて批判して欲しい。

 ひっくひっくと妙なしゃくりを漏らしながら、ユメがようやく説明し始めた。

 「今日、河合くんと祭りに行って、それで、告白したの。そしたら、彼、好きな人がいるから、付き合えないって、」

 要は振られたという、それだけが理由らしい。

 「そう、それは残念だったね、」

 一応慰めたが、彼女の鬱憤はおさまらないようで、「酷い、」と訳も分からず罵られた。

 「私の一体何がいけなかったのか、教えてくれないか」

 「だって、ミキちゃんが言ったのよ、今、彼、好きな人いないって。だから、私、告白したのに、」

 僕が彼女から聞く様に頼まれたのは、彼女が居るか居ないかだけで、僕は河合に彼女が今居ないことだけしか伝えていない。彼女は一言もそんなことは言っていない。それに、そうだとしても告白して振られた事実を僕の所為にするのは筋違いだろう。夜中に電話を掛けて来て、僕に罪をなすりつけて被害者面で泣く彼女の方が、酷いのではないか。今思ったことをそのまま彼女に伝えたとしたら、泣きっ面に蜂が刺すという少し不憫なことになるだろうか。いや、あのようにグループで固まった女子の集団の一員なのだから、報復をされる可能性が高い。そうなると、今よりももっと面倒なことになる。

 「そう、ごめんね。私は彼女が居ないと言うことしか聞いてなかったから、そこまで考えなかった私の所為だ。ごめん、」

 謝れば気が済むだろうと思っていたが、ユメは思ったよりも粘着質なタイプだった。愚痴愚痴とどうして最初から教えてくれなかったのか、恥を掻いたと言い続けている。ずっと話を聞いていると、本当に僕が何か大罪を犯してしまったような気になり、「ごめんね」と繰り返して彼女に呟くようになっていた。責任転嫁が上手という才能は、何とも羨ましい限りである。

 三十分ほど過ぎたころだろうか、彼女の声の後ろから「いつまで電話してるの、」と親の怒鳴り声が聞こえ、ようやく「今日はもういいわ」と向こうから勝手に電話を切って終わった。ツウ、ツウと電子音が後に残り、僕は大きくため息を吐いて受話器を置いた。

 人とかかわり合いになると、ろくなことが無い。こちらかから関わり合いにならないようにして居ようと、向こうが勝手に関わってくる。さくらのような人なら良いが、先程の女子のようでは迷惑だ。思えば、小学の時も中学の時もそのように責められたことは何度か遭った。反論するだけ無駄で、全て受け入れて流さなければこちらの身が持たないことも知った。


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