37
春は発情期、密かに恋人同士になった者たちが、打ち明け話を始め出すのが梅雨の半ば、鬱鬱とした気持ちを自分たちの幸せで晴らそうと、彼氏、彼女が出来たことをさも重大な国家機密であるがごとく内輪に話し始める。実は多くの場合はそのことを皆が察しているようだったが、ごく稀に好きだったことすら誰にも知られていない者が、ポツリと恋人が出来たと話し始めることもある。同じ部活の女子が、同じ部活の男子に告白されて、実は付き合っていると打ち明けた。皆が一様に祝福したが、何とも居心地が悪いことである。二人は最初から存在していると言うのに、その二人が恋人になったというそれだけで、腫れものに障るように接しなければならないような、危機感を与えてくる。女の嫉妬も男の嫉妬も見苦しく、独占欲ばかりが一人前で、周囲のことなど見えていない。同じ部活に恋人がいるというそれだけで、今まで以上に粘着質のある嫌な状態に変わってしまったように思う。そして同時に、一体自分のクラス内で恋人がいる生徒が何人いるのだろうか、学校内にどれほどの人数が蔓延っているのだろうか、また、肉体関係までも持ってしまった人が何人いるのだろうかと、想像するだけで吐き気がした。女子たちだけで集まる時、肉体関係の核心までも話し始め、僕は耳を塞ぎでやり過ごそうとするが、それでも耐えられないときは、トイレに駆け込み二三度吐いた。
梅雨という、ただそれだけでも鬱陶しいと言うのに、どうして他人の人間関係まで加わってくるのだろう。そしてまた、何故かはわからないが、彼女たちは僕に遠慮なく自分たちのことを話し、相談してきた。僕は男なのだから、女の気持はわからない。かといって、男というものも本当のところよくわからない。だからいつも、適当な相槌を打って誤魔化すが、それがいけないのか、女子の相談は永延続き、時には放課後に捕まって塾に行く時間が遅れるほど話しかけられた。自分のことでも精一杯だと言うのに、どうして他人の相談にのり、同じように悩み、答えを探すか手伝わなければならないのだろう。自分の悩みくらい、自分で処理をして欲しい。いや、違う、僕は多分、誰にも相談出来ないから、気軽に相談し合っている彼女たちが妬ましいと思っているだけだ。
ようやく梅雨が明け始め、太陽が高く照らし、衣替えも終わった時期になると、一年の内で一番億劫なプールの授業が始まる。女の裸にはもう慣れたが、もし僕が男だと知られたならどうなるだろうか考えて、自分がとんでもない強姦魔になってしまったような罪悪感が生じる。だからいつも、隅に陣取り、タオルで体を覆って着替えているのだが、誰かに見られはしないかと不安で堪らなくなる。
そうして不安を感じていると、いつも何か気づかぬうちに失態を曝しているような気になって、精神がすり減り、それは肉体にまで影響を与え始めた。頭が重く、身体中がきしきしと凝固して行き、胃か小腸かわからないが、腹の中から何かに食われているような痛みが時々現れた。病院に行って看てもらった方が良いかもしれないと思ったが、熱も無く目に見える傷も無いのにわざわざ医者を頼るのは気が引けて、何の対応もせず、ただひたすらに耐えるしかなかった。
朝から雨が降り、目覚めはいつも以上に悪く、大して運動もしていなかったのに、身体が硬く頭がじくじくと鈍く響いていた。朝から母の機嫌が悪く、父の優柔不断さが一層悪化させていた。僕の動作が遅かったことも、原因の一つだ。金切り声で怒鳴られるたびに身体が錆びついて、動作をさらに遅く重くさせるような気がした。
雨だったので、合羽を着て自転車に乗った。雫が顔に当たって冷たかったが、皆が同じ条件下なので、天気に文句を言うわけにもいかない。帰りまでに雨が止めばいいと願ったが、今朝の天気予報通りならば明日まで雨が続くだろうと思い、無駄なことだと思いなおして、少し速度を上げ学校へ急いだ。
今日は水泳の授業がある筈だったが、小雨なら兎も角、朝から大降りでとてもではないが、外でプールに無理やり入れるようなことはしないだろう。水泳の授業は何の意図か分からないが、二五メートルプールの反面をチャイムが鳴るまで往復させるだけで、何の面白味も無かった。さくらたち曰く、担当になった先生が最悪だったようで、男子の方は自由時間を与えられて好き放題に遊んでいる間、女子は中年太りの体育教師に追い立てられながら四十分ちかくプールに浸かったまま泳がされ続けるだけで、タイムを計こともないので訳が分からない。どうやら、彼は女子を敵か悪魔かと認識しているようで、見学なぞしようものなら、いくら具合が悪かろうと即減点し、僅かな私語でも鬼の首を捕ったように糾弾する。しかし、男子にも同じようにするのかと言えばそうではない。また、彼が女子を嫌っていると感じる部分としては、サボっている男子に対して「女子のようにするな」を口癖に怒鳴っていることからも、どうやら、彼の頭の中では女子という生き物は根性のひん曲がった存在であると認識されているようだった。確かに、女子は相手がいない時に互いに悪口を言い合い、誰かを陥れる巧みな罠をしかけるときもあるが、総ての女子がそうではないと今の僕ならわかる。男子も女子も結局は似たり寄ったりで、個性との言い方が正しいのかはわからないが、一人一人特出している部分が微細でもあるので、大きく二分することは不可能ではないだろうか。しかし、この教師は自分の担当する部活の生徒に対してはすこぶる甘い傾向があり、単に人間性に問題がある反面教師だと認識をしていればそれで十分だ。




