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 夏休みに入ると、河合に遊びに行こうと誘われたが、運の良いことに丁度親戚の家に行く予定が合ったので断ることが出来た。その後も遊びに行かないかと誘われたが、うまい具合に断ることが出来た。

 部活にも入っておらず、一年目の夏休みは親戚の家に行く以外は家と塾を行き来し、ごくたまに誰かに誘われて遊びに行く程度で、叱られないように部屋で本を読んで過ごした。親も僕を外に出すことを諦めたのか、それとも完全に僕に対する興味が失われたのか、厳しいことはあまり言わなくなっていた。

 毎日が惰性で流れているが、それが不愉快なわけでもない。中学よりも勉強時間が長くペースも速いので、問題集を解くだけで時間が過ぎてしまうのだから、頭を悩ませなくて済んでいる。

 文化祭が近いので、僕はさくらと一緒にクラスの準備をしていたのだが、そのときに同じクラスの女子たちと話が盛り上がった。心の底から楽しんでいるかといえば、馬鹿なことを言えば時折冷静になって発言を慎んだ方がいいと頭をよぎる程度の軽い一体感である。話は中学時代になり、各々がどのような部活に入部していたかを教え合い、偶々その中の一人可純が文芸部に所属していたので、彼女は僕に「文芸部に入ってくれない、」と頼んできた。

 僕はもう部活なぞ入りたくは無かったが、嫌われることを恐れ、断ることも苦手になっていた。向こうから断わってもらおうと、「私、一年くらいしか入ってなかったから、何が出来るってわけじゃないよ」と笑顔でやんわり拒絶してみたが、可純には通じなかった。

 「皆、同じようなものよ。それに、ミキちゃんって文章を書いていたんでしょ。文字担当の人が少なくってさ、入ってくれると嬉しいんだけどなぁ」

 そう言われると、断わり辛いものである。たとえ彼女の利害のためだとしても、自分を必要としてくれる人を無下にすることがどうして出来るだろう。必要とされていない人間には、こんな僅かな歓迎であっても、払い退けることが出来ない。意地汚い僕は、感謝されることを常に欲し望んでいる。

 「ちょっとやっていただけだから、うまく書けないよ。それでもいいなら、」

 「良いよ、入って入って、」

 ここまで喜ばれると、益々断わることなどできない。さくらが心配そうに、「本当にいいの、」と声を掛けてくれたが、この状況でやはり無理だと言えるはずもない。なし崩しに、僕は文芸部にまた入部することになった。今度は幽霊部員ではなく、がっちりと同じクラスの女子に強引に放課後部活に連れて行かれた。

 中学の文芸部も高校の文芸部も大差ない。文芸と言いつつ、マンガ絵ばかりで内輪でなければ楽しめない内容ばかりだ。見れば、確かに文芸である小説も詩もほとんどない、薄っぺらな冊子だった。体裁を整えるために誰も読まないだろうが文章も載せなければならない。中学生の時、文芸部は女子しかいなかったが、高校では男子も掛け持ちだが入部していた。どうやら、高校というのは中学の時よりも男女の壁が薄いようで、互いが嫌悪し合うわけでもなく、和気藹藹、話が盛り上がっていた。僕は彼らと会話をしても何が楽しいわけでもないが、さくらを見習っていつも笑顔を浮かべて話を合わせて過ごした。昔は、笑っているだけで本当に楽しいと錯覚することが出来たのに、今は笑っているというそれだけで酷く疲れた。

 「ミキ、疲れてない、」

 あまり周囲を気に掛けないさくらに気を使われ、僕は苦笑した。

 「何でもないよ。ちょっと新しい本を読みたいから、本屋に寄ろうかどうしようか悩んでいたところ」

 「それなら、帰りに一緒に本屋に行きましょう。私も雑誌買いたかったから」

 弓道部の方が練習が終わるのが遅かったが、今日は塾もなかったので、すぐに同意して各々の部活に参加するために別れた。さくらの近くにいるだけでも疲れるが、彼女の包容力のおかげで僕は幾分か救われている。彼女はどんな些細なことにも笑ってくれ、友達として対等に扱い、僕を貶したり傷つけたりしない。よく彼女のような人が僕の友達になってくれたものだと不思議に思う。つまり、僕は彼女を尊敬しているということなのだ。いつも誰かのようになりたいと思っていたが、彼女のようにいつも穏やかで人のことを想いやれる人間になれたら、と惨めな自分を再確認しながら憧れている。

 文芸部というわりに、話題になるのは自分たちが創造するものではなく、最初から世に出ている話題ばかりだ。つまり、本や漫画、ゲーム、テレビのことばかりで、よく飽きないものだと不思議に思う。けれど、今日は少し違って、偶々剣道部と掛け持ちをしている男子が作品を提出しに一度来たからだろう、剣道部の話題になった。いや、部活動の話題ならば、前にもあったが、あまりに接点が無かったので、ほとんど記憶に残っていなかった。

 部室は、柔剣道場の傍にあって、窓を閉めてもあの剣道特有の掛け声と竹刀の音が聞こえてくる。最初は「変な音だよね」という話題になって、次に、剣道部の男子部員についての話になった。

 「剣道部で一番良いのは、やっぱり清瀬くんよね」

 「あー、分かる。まさに、掃き溜めに鶴、」

 随分酷い言い様だと思っていると、僕の方に「ヒロは誰がカッコイイと思うの、」と興味津々だという表情を向けてきた。

 「さぁ、剣道部って良く知らないから、」

 僕の発言は水を差すものだったので、話がそれで途切れてしまった。皆はすぐに別の話題に移った、僕はまるで誰かを傷つけてしまったかのように思い、心にもやもやとしたものが残ってしまった。部活に出るといつも、なにかと不安になって、居心地が悪い。断わろうにも断ることそれ自体が苦痛で、目に見えない棘が体中に纏わりついているような錯覚が襲う。


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