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翌日はクラスによって強制的に決められたグループで遺跡や神社の観光をし、違う旅館に今度は安奈ともう二人また違う女子と同じ部屋になった。安奈は昨日と違う本を読み、僕は彼女の隣に座った。
「明日、遊園地楽しみだね」
「・・・ああ、そうね。刺激はあるでしょうね」
「僕、ジェットコースターが好きなんだ。安奈は、」
突然、安奈が本を閉じたので、僕は彼女を怒らせたのかと思っていたが、彼女は本を鞄にしまって、別の本を取り出して、開かずに床に置いて僕に視線を向けた。
「もし私が嫌いだったら、諦めるのかしら、」
黒い瞳が僕に向けられたが、息がかかるほど近くにいると言うのに、その中に僕の影はけして見いだせなかった。
「冗談よ。そんな顔しないで、苛めてるみたいでしょう」
クスクスと笑う声には、嘲笑もなく、ニヒルなもので、僕はどうあっても彼女と親しくなれないのだと拒絶されている気がした。
「私も好きよ」
「・・・それなら、よかった」
本当にほっとして笑顔を返したが、やはり、彼女には何も響かなかった。
僕は自分の鞄から今日コンビニで買った文庫を取り出して、彼女が読み始めるより先に本を開いた。安奈は何も言わず、隣りでまた本を読み始めた。安奈は、受け入れはしないけれど、拒絶もしないのだとわかり、僕は文字に目を落としながら彼女のことをしばらく考えてしまっていた。
活字を読んでいると、しばらくすると文字と言葉から、僕の記憶を頼りにイメージが形作られて、しばらく外の世界が存在しないかのような錯覚から抜け出せなくなる。この時に話しかけられても、僕の耳には何も残らなかっただろう。
本を途中でやめて夕食を食べに行き、また一人で先に部屋の風呂に入ったことを何となく覚えていただけで、その日は部屋が暗くなるぎりぎりまで布団の中で読んでいた本の内容しか残らなかった。安奈のことをあれほど考えていたと言うのに、僕はなぜか彼女のことを一時も思い出さなかった。
最終日、安奈と二人で遊園地を回ることにした。彼女は言葉通り、絶叫系のアトラクションにも平気で乗って、悲鳴一つ上げずにいた。怖がっていることはないようだが、どうにも楽しそうにも見えない。僕ばかり楽しくて、申し訳ないような気がした。
昼食時に、楽しいかと尋ねると、彼女は「それなりに」と曖昧に笑った。彼女とあまり会話が弾まず、しかし、拒絶するようでもない。それなら、聞きにくいことをさっさと聞いてしまおうと思い、僕は質問するための心構えのために、大きく息を吸い込んだ。
「あの、さ、安奈は恋人とか、いるのか」
「・・・今はいない」
過去にはいたということなのだろう、それだけで、僕は喉が詰まり、お茶を飲んでやり過ごした。
「なら、今、」
「好きな人ならいるわ」
これ以上は踏み込んではならないと拒絶された気がした。それ以上、僕に何が出来ると言うのだろうか、沈黙してお茶を飲み干すと、氷が解けた所為か妙に水っぽい味がしていた。
「あなた、私が好きなんでしょう」
結局のところ、浅ましい僕の考えなど見透かされていたのだ。恥ずかしさと哀しさから、涙が出そうだったが、もう子どもではない僕からは涙が零れることも無かった。
「うん、」
声は掠れも無く、ただ感情がこもらない淡泊な声として溢れた。安奈は僕の言葉を聞くと、薄く笑って自分の唇に指をあてた。
「貴方、私とキスしたいの、」
「え、」
問われて、僕はすぐに返答できなかった。恥ずかしいという思いがあったかもしれないが、それよりも、安奈の言葉通りのことが僕にはとんと想像出来なかったことに驚いていた。彼女の髪も肌も唇も、奮い立つほど艶やかで魅力的だと思っているのに、身体的な欲求が、あるはずなのに、そこから先が考えられない。
「どうしたの、」
邪な考えなどお見通しで、そして、何も出来ないことを知っているのだ。だから、そんなことを聞く。
「僕、そんなこと、考えたことない」
「なら、今考えて」
黒い眼が僕を逃がさない。僕よりも、安奈の方が真剣に考えてくれているのに、僕には彼女と親しくなって、それから先がまるで想像することが出来ない。安奈の唇に僕の指が触れて、その唇に自分の唇を重ねる、そんなことを想像すると、言い知れぬ恐怖とも吐き気とも言えぬ感覚に、気分が悪くなった。
「・・・僕には、出来ない」
彼女の瞳が、僕から外れた。失望されたのか、よくわからないが、もうどうだっていいような、投げやりな気持ちになっていた。彼女は「そう」と肩を竦めて、昼食の残りを食べ終え、水を飲んで外の景色に目を向けていた。僕はしばらく黙って彼女の横顔を眺めていたが、食事を残したままにしておくのがもったいないという意識の方がショックに勝り、冷めたパスタを一気に頬張り水で飲み下した。
僕は恋をしていると思いこんでいたのだろうか、好きというだけでは、恋ではないだろうか。ただ、彼女が魅力的で、彼女のことが好きで、それだけだった。羨望の眼差で、安奈を見ていただけで、それは絵画を見るように、現実の彼女に本当の興味など無いのだろうか。いや、そうではない、僕は彼女の身体を舐めるように眺め、崇めていたことは確かだが、興味をもったきっかけは、彼女の内面を知りたいと思った。最初はそうだったのに、いつから僕は、外面的なものばかりを見るようになったのだろうか。僕は、一人が嫌だから、誰かとつがいになりたかっただけなのだろうか。誰でも良かったわけではない、安奈が良かったのだ。どうして安奈だったのか、見た目か、いや、それだけでは足りない、ああ、そうだ。
僕は、僕と同じことを考えている人が欲しかったんだ。
だけど、実際の安奈は僕と同じかと言えば、違った。
それから先のことは、あまり覚えていない。僕は、自分があまりに利己的な自己愛性があったことが、ショックだったんだ。そのことに傷ついていることも、情けなかった。
もう、誰にも合わせる顔が無い。だから、ずっと、下を向いて過ごしていた。




