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 当日は、朝の早い時間から学校に集合させられ、みな似たような大きな鞄一つ抱えてクラス別に並んだ。一クラスずつバスに乗り込む中で、僕は彼女の姿があるのかと背伸びして見渡し、笑み一つ浮かべずに凛として校舎を見つめる安奈の姿を発見した。彼女は僕の存在などに気づく筈もなく、まるで何かがそこに立っているかのように一点を見つめていた。その横顔があまりにも綺麗で、なぜか涙が出てしまうような、そんな気分にさせられた。

 初日は逸れることが無いようにクラス単位で移動した。移動以外でももクラス単位で行動し、いくつかの観光施設を巡ってから、夕方になってようやく宿に着いた。各班ごとに集められて、僕は安奈とあとはろくに話もしない三人の女の子グループと一緒だった。他の子とは、僅かに会話をしただけで、それきり、僕と安奈の存在は蚊帳の外だった。

 「安奈、こんにちは、」

 部屋の隅に座った安奈に声を掛けると、彼女は薄く笑って「御機嫌よう」と丁寧に返答した。

 「楽しい、」

 「・・・どうかしら。でも、別に良いわ」

 安奈は鞄から本を取り出し、壁にもたれながら読み始めた。修学旅行に本を持ってくるのかと驚くと同時に、僕は拒絶された気がして、膝の間に頭を挟んで目を閉じた。同じ部屋にいる女子の気持ち悪い声と、ゆっくりと紙を捲る音が微かに聞こえた。各々が個に見合った過ごし方をしているのに、どうして僕は何もせず一人なのだろうと虚しかった。

 胸が苦しい、酸素が僕の頭に供給されていないのだろうか、身体が重く、頭が何かに押しつぶされるように痛んだ。誰かに助けて欲しかったが、頼れるものなどいない。走って逃げだすほど子どもでもなく、痛みを感じないふりが出来るほど大人でもない。泣きわめくような子どもじゃないのに、視界は涙でぼやけていた。

 「ねぇ、」

 隣りから声が聞こえ、僕は膝で目を拭ってから顔を上げた。

 「気分が悪いなら、もう寝たら」

 「え、」

 「顔色、悪いわ。バスにでも酔ったんでしょう」

 僕は元来、乗り物には強い方である。けれど、下手に勘ぐられるよりも素直に受けた方が面倒ではない。それに、声を掛けてもらえたことが、嬉しかった。きっと僕が犬だったら、尻尾を振って吠えていたことだろう。

 「ありがとう」

 「早く風呂に入ったら良いわ。わざわざ決められた時間に入る大浴場じゃなしに、部屋についている風呂で十分でしょう」

 安奈は本に栞をはせて、僕の膝に手を乗せ、人指し指を顔に向けてきた。

 「貴方が男だと言うのなら、その方が都合良いでしょう」

 まるで、自分が裸になって、彼女の前に立たされている気分だ。僕の心の中など誰にもわかりはしない筈なのに、黒い眼に見つめられるだけで、僕さえしらない感情の全てが知られてしまうような、そんな錯覚だった。

 「それに、貴方が大浴場に行かないのなら、私も行かなくて済みそうだからね」

 指が、流れるように僕の膝から落ちて行った。それを見つめていたので、彼女がその時、どんな顔をしていたのかとうとう知ることは出来なかった。顔を上げた時、彼女の顔はすでに余所に向けられ、いつものように唇の端が勝ち気に上がっていることだけだ。気がすんだのか、安奈はまた本をとって読み始めた。

 僕だけが拒絶されているのではない、きっと、誰も彼女の中に入れないのだ。それがわかると、自分もその中に入れないと言うのに、何故か落ち付いた。僕のものに彼女はけしてならない、そして、彼女は僕以外のものにもならない。

 先に風呂に入り、外についた埃を全て洗い流すと、身体の疲れも一緒に流れて行った。髪をタオルで拭いて部屋に戻ると、三人組の姿は無く、同じ姿勢のまま本を読む安奈の姿があった。一応、「お風呂空いたよ」と声を掛けたが、気づいていないのか返事は無く、僕は肩を竦めて一番端の布団の上に寝そべった。髪が湿っているので、布団が濡れてしまうことに気がついたが、旅館のものなので考えることをすぐに止めた。首だけを動かして安奈の方を見てみたが、相変わらず本を読んでいるだけで、また胸が苦しくなるのは嫌なので、シーツの間に顔を埋めて目を閉じた。思えば、小学生の時から、何も成長出来ていない。こうして溶け込むことも出来ないで、一人だとくさくさ悩むだけで、何の対応もしようとしない。確かに女子たちが徒党を組んでいる中で、無理やり親しくなろうとするのは無駄な努力でしかないかもしれないが、万に一つの可能性からもっと積極的に声をかけた方が良かったのでは無いだろうか。いや、本当にそう思っているのなら、行動に移していたように思う。それなら、僕は本当のところ、女子なぞと仲よくなる気が毛頭無いのかもしれない。僕は完全に女子に分類されてしまった以上、男子と同じに扱われることはないというのに、未だ同じではないかと勘違いをしている。ああ、それでも、周囲が思っていなくとも、僕は自分が女などとは思えない。



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