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ハイテンション・ノート 〜詰みベーシスト、音楽ガチ勢リーマンに拾われる。〜  作者: 橘 いゆ璃


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24.三月

清和くんの帰りが遅くなり始めた。

会社の決算期とかなんとか。

普段より一時間くらい遅くなるけど、そのうち二時間とか下手したらもっと遅くなる場合もあるらしい。


『去年のスピネルの解散ライブは休日出勤後に行った』


だったそう。

あれ土曜日だったな。

清和くんはスーツだったのを覚えてる。


居候当初は、なるべく静かに生活しようと思ってて、バイトも増やしてたし、清和くんがそんなに忙しいなんて気づいてなかった。

九時ぐらいに帰ったってそんなに違和感なかったし……あれすごい残業後だったんだな……

バイト終わりの最終に近い電車なんて、残業終わりのリーマンばっかりだったから、清和くんはマシな方だとか勘違いしてた。

そんで清和くん、その後からDTMやってたからさ。それでソファーで寝落ち。

すごい作業量だよ。

今思うとほんとに強靭な精神で音楽副業を貫いてる。


「源吾、しばらく晩メシの量半分にしといて。

腹一杯になったら作業の効率落ちる」

「おっけー」


こういうストイックなところ、好き。

去年も、清和くんってほんと食べないんだなって思ってた。

でも残業がなくなってくるにつれて普通にごはん食べるようになったから、この時期特有みたい。


「そうだ。前日のおかずでも大丈夫だったら、翌日の弁当にしようか?」

「…………

いいな。そうして」


というわけで清和くんに愛妻弁当を持たせることになりました。


「ほんと余りモン詰めるだけでいいから。おまえの時間それ以上使うなよ」

「わかったって」


といいつつウッキウキで弁当箱買ってきてしまった。

かわいいのにしたかったけど職場で目立つのはアレなので、無難なものに。


「いってらっしゃい」


玄関まで送り出して、弁当を差し出す。

清和くんが鞄に入れて、


「サンキュー」


キスも一緒にくれました。うれし。


家事代行も定期的に入るので、そちらにおまかせできるものはして、おれは確定申告の準備やら、SNSの投稿動画作成やら、細々した用事を片付けていく。


でも気づいたんだけど、バンドのツテでやってくるサポートの仕事のほうが、お客さん相手の仕事よりも効率いい収入になってるんだよな……これがBtoBってやつ?


配信は宣伝やファンのためということで継続するにしても、メイン収入には考えない方がいいのかも。よっぽど伸びてる配信者じゃないと、投げ銭も儲かるってほどの金額にはならない。


ユージュくんは配信でだいぶ稼いでるけど……

あの子話おもろいんよな。

笑わせる話っていうよりか、結構ズバッと言う系だから、投げ銭の質問とかちょいちょい来てる。

でなぜかハタチの男子に女性からの恋愛相談が来る。

ユージュくんは、コラボ配信してるおれに丸投げしてくる。「したことないので分かりませーん」ってハッキリ言うんだよな。

それでも恋愛相談が来る謎。


ユージュくんよりは一応おれのほうが恋愛経験はあるので……男相手だけど。

おれが女側、ユージュくんが男側で回答を進めていくと、おれが女心めっちゃ分かってるって喜ばれた。ポジション女側だともしかしてそういう効果あったりするのか?

もともと女々しい自覚はあるけどさ。



「恋愛ってめんどくないっすか?相談受けてて、尚更思うようになったんすけど」


配信後のチャットで、ユージュくんとそんな話になった。


「うーん……おれはやっぱパートナーがいるのがいいな。

つか勝手に好きになっちゃうんよ」

「好きって分かんないんすよね。音楽よりときめくことってなくって」

「これからあるかもしれないし、ないかもしれんよな。

おれだってマイノリティやし、恋愛感情出ないって人もいるって聞くよ。

ユージュくんがもし大多数みたいな恋愛しないままでも、おれは“みんなとは違う”感覚は分かるからさ、そういうの悩むようだったら頼ってよ」

「俺ゲンゴさんがいたらもう満足っすわ。今度うちで一緒に配信と練習とやりましょーよ。

うち楽器できる部屋あるんすよ」

「ダンナに許可取っときまーす」

「ええ、友達んちに行くのに許可いるんすか?」

「仕事だから気にせず行けって言ってくれると思うけど、おれは全部報告したいんよ」


清和くんがヨメって呼んでくれるので、おれも最近ダンナ呼びしてます。


♪


重甲シフォン界隈は、学生メンバーが春休みに突入し、音楽に時間を注げるようになった。

おれは基本、本番前一度のリハしか参加しないけど、仕事以上にこのバンドは大事にしたいなって思うようになったのもあり、他の予定がなければ普段のリハに顔を出すこともたまにしてる。


それと、ドラムのアキューくん(名字が秋生(アキウ))を東秀に紹介してみた。

独学で伸び悩んでたので、一度プロの指導を受けてみたら変わると思って提案してみたんだけど。


東秀のレッスンを受けてきたアキューくんは、真っ先におれに喜びを報告してくれた。


[これでいいのか曖昧だったところが解決してめっちゃ助かりました!プロすごいです!]


後で、東秀からも紹介のお礼と、いくつか修正したからよくなっていくと思う、と報告をもらった。


リズムギターの永良(ナガラ)くん(ミリオタ)も、出会った頃よりは随分伸びてきてる。

ユージュくんにずっと教えてもらってきてて、


「ようやくグルーヴってのが分かるようになってきた気がします」


って言ってた。

うんうん、おれも三回生くらいになってやっと音楽の流れまで意識できるようになった覚えがある。


「ユージュとも言ってたんですけど、やっぱゲンゴさんが低音支えてくれるからなんですよ。

安心してリズム刻めるっていうか」


うれしー。

正直、サポートメンバーだしどこまでバンドの上達に口出ししていいのか分からなかったけど、ユージュくんが何でも言っていいって言ってくれたり、みんな素直におれの意見を取り入れてくれたり、そりゃあ伸びますわ。


そういえば、次は彼らも三回生。一般的には就活が始まる年。

みんな、どうするんだろう。


ユージュくんが以前、重甲シフォンがどこまでできるかは未定、と言っていたのを思い出す。

おれが口出しすることじゃないけど、少しだけ気になっている。

だってめちゃくちゃいいバンドだから。

既に趣味以上のものになってるから続いてほしいと思うけど、まあ、分からんよな。

おれはこのバンドが行けるとこまで、しっかりサポートしていこう。


ちなみに清和くんに、ユージュくんちに行ってもいいか聞いたところ、許可をもらいました。


「そこは疑ってね―から」


だそう。よかった。


♪


三月中は結構忙しかった。

重甲シフォンもライブ二回するし、以前サポートに入ったバンドからまたオファーをもらった。しかも横浜のライブハウスだったので、初の出張。日帰りでよかった。

おれにもついに都外出張が入りだしました。


あと確定申告!


前のバイトの分も合わせていろいろ、大変でした……

清和くんなんか残業しながら確定申告もやってたのが流石。


仕事より、いやこれも仕事のうちなんだけど、まじで大変。

清和くんがいなかったらできなかった自信すらある。


忙しくしてる間に、三月はあっという間に過ぎていく。この時期ってほんと過ぎるの速い。


清和くんは平日ずっとソファーで寝落ちしてて、翌日会社が休みのときだけベッドに寝に来てくれる。

忙しいから仕方ないけど、まあ、頻度も減ってて。

おれは寂しく待ってます。


これが四月も続くのか……

また清和くん不足。


空の弁当箱を洗う時間が、密かな幸せの時間だ。


・

・


そんな中、清和くんがあるライブを予約してくれていた。


ジャズ・フュージョンでは知らない人はいない、ベースの大御所。

来日情報を知って、おれを誘ってくれたのだ。

一度は見てみたかったベーシストだったから嬉しい。

場所はブルーノーツ東京、畑違いのおれでも名前くらいは聞いたことのある、名門ジャズクラブ。

当日は清和くんが時間ギリギリに仕事を終えて、無事に駅で合流して現地に向かった。


会場に入ってみれば、ステージと客席がめちゃくちゃ近い。最前列はステージに文字通りの手が届く高さと距離。

超有名アーティストをこんなに近くで見れるとか、やばいだろ。


前行ったジャズバーとはかなり感じが違って、一流クラブっていうのかな。

周囲が会社帰りの紳士淑女って感じで、清和くんはともかくおれはちょっと浮いてるかも。


「久しぶりに来た。学生の頃以来かも」

「そうなんだ」

「社会人なってから、あんまライブ観に行かなくなってさ」

「やっぱ、忙しいから?」

「……いや、それより、自分の音楽収益化するのに必死で。

俺は観て満足、で終わらなかった」

「さすが」

「それこそ、おまえに会って、なんかようやく周りが見えてきたなって感じ」

「おれで?」

「うまく言えないけど、作曲にこう、だったから」


一直線で視野が狭くなるジェスチャーが、なんか分かる気がする。

おれから見たら完璧に見える清和くんでも、そんな風に思うんだ。


♪


時間が近づくと席はだんだん埋まり、ざわめきが大きくなっていく。

さすがこのクラスのプレイヤーは埋まるよな。

ていうか、今ってセカンドステージ待ちで、既に早い時間にファーストステージを終えているということ。

一日二公演ってすげぇ……!


清和くんに、そういったジャンル違いの話をいろいろ話してもらっていたところだった。


テーブル席は四人がけの相席になるんだけど。

まだ空いていた反対側に、二人連れの客が来た。

清和くんの向かいに座った人に、見覚えがあって。


「あ」


あのイケオジだ!前佐古江さんのライブ観に行ったときの。


向こうは、おれを覚えてるか分かんないけど、そう思ったとき。


「――清和?」


その人から飛び出したのは、清和くんの名前だった。


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