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真実の愛の裏側  作者: 藍田ひびき
番外編
11/11

③ グローヴズ公爵夫人・後編

「旦那様。これはどういうことですの?」

「何だ、こんな時間に。非常識な……俺は疲れてるんだ。手短にしろ」

 

 酒臭い息で椅子にふんぞり返った夫に苛つくが、唇を噛み締めて耐えた。そもそも夜遅くにしか帰宅しないせいで、こんな時間でなければ話が出来ないのだ。

 私は手に持っていた書類をオーガストへ突き付ける。夫はそれを一瞥し、ばさりと乱暴に机へ置いた。


「俺が金を何に使おうが口出ししないのではなかったか?」

 

 それは夫に割り当てた予算の支出報告書だ。

 使い道に口出した事は無かったが、何に使ったかは把握するようにしていた。大体は遊興費か女への贈り物だったし、賭博や違法行為に手を出していないのならば問題視するつもりはない。

 しかしここ数か月、内訳に見慣れないものが並んでいたのだ。肌に優しい布製品、ゆりかごやおもちゃ……つまりは子供用品。


「送り先はエレイン・レスター男爵夫人ですわね?」

「……」

「女性へ金を使う事をとやかく言うつもりはありません。ご結婚なさった()()の子供用品までお送りになった、その真意を伺いたいですわ」

 

 オーガストがエレインと愛人関係にあることは把握していた。かの女性はその美貌と魅惑的な言動で数多の男を虜にしていると聞く。女好きの夫が彼女を放って置くわけもない。

 

 先ごろエレインがレスター男爵と結婚したと聞いて、夫に飽きられて手近な所で手を打ったのだとばかり思っていた。

 しかし侍女として夫の元乳母の娘であるカーラまで遣わし、予算のほとんどをエレインへ継ぎ込んでいる様を見れば、彼女と切れていないことは明白。派閥の底辺貴族であるレスター男爵に、愛人の夫という役目を押しつけて密会を繰り返しているのだろう。


 今までの女たちは、少し経てば飽きて捨てていたのに……。随分な入れ込みようだ。

 そして現在エレインの腹の中にいる子供の父親が誰か――この支出を見れば明白。


「知り合いの女性へ出産祝いを贈って何が悪い」

「今までそのような気遣いを一度もなさったこともないのに?」

 

 捨てた女が後妻として嫁がされようが、娼館へ送られようが我関せずだった男が出産祝い?もう少しマシな言い訳はないのかしら。


「俺の子だとも言いたいのか?言いがかりも大概にしろ。エレインは既婚者だぞ。父親はレスター男爵に決まっているだろうが。……ああ。彼女に嫉妬しているのか。完璧を謳われる公爵夫人とて、これだけはどうしようもないものなあ。子を孕むことだけは」


 フンと鼻を鳴らし、嘲笑を浮かべて去る夫がすれ違いざまに「石女が」と呟いたのを、私は聞き逃さなかった。




「お忙しいところにお時間を取って頂いて申し訳ございません、王太子殿下」

「構わない。君が俺の所へ来るのだから、よっぽどの事だろう」


 セドリック殿下の指示で、側近たちは部屋から退出させた。但し二人きりという状況を防ぐため扉は空けたままで、外の護衛騎士は私たちの姿が見える位置に立たせている。勿論、防音障壁の魔法は掛けて貰っているけれど。


 私の話を聞いたセドリック殿下の顔は、どんどん険しくなっていった。


「何と……そんなことが……。これはグローヴズ公爵家だけではなく、王家にも関わることだ。かの男爵夫人が産む子は、王族の血を引くのだから」

「申し訳ございません。私の管理不行き届きです」

「いや、君のせいではない。しかしエレイン・レスター男爵夫人か……。男を惑わす蝶とは聞いていたが、こうなるともはや毒婦だな」


 何度かエレインに夜会で出くわして話したことがあるが……何というか、私と真逆の存在だと思った。

 庇護欲をそそる見た目にそぐわぬふわふわとした喋り方。しかし男心をくすぐるポイントは心得ており、時折鋭い言葉を紡ぐところは決して暗愚でない。むしろ頭の良い女性だと感じた。

 女慣れしているオーガストすら虜にさせる程の手練手管を、どこで身につけたのか不思議だ。


「王家としても看過できる事ではない。影を使うか?」

「私の方で()()しますから、それには及びませんわ」

 

 私はエレインのことを嫌いではなかった。

 夫は、男たちの垂涎の的であるエレインを手に入れたことにひどく満足していた。むしろ彼女が夫の寵愛を一身に引き受けてくれていることを有難いとすら思っていた程だ。

 だけど、これだけは認められない。

 外で種をばら撒くなという契約を破った上、それを隠して余所の子供として育てようとしているのだもの。

 ならば私も好きにさせて貰うわ。


「それと……一つだけ、殿下にお願いしたいことがありますの」

 

 

 $$$


 

「貴方、お加減はどうかしら」

「……良いように見えるか」


 薄暗い部屋の中で、怠そうにベッドから身体を起こした夫が不機嫌に鼻を鳴らした。

 ここ数年、夫は急激に体が弱り今やベッドの住人だ。美しかった金髪はすっかり白髪となり、やせ細って眼窩は落ちくぼみ骸骨のよう。医師には肺の病気とは言われたため、こうやって離れに隔離している。


「公爵家の当主を、こんなみすぼらしい部屋で療養させるなど正気の沙汰ではない。これでは良くなるものも良くならん。本邸の一番良い部屋へ移動させろ」

「貴方はもう当主ではございませんわよ」

「俺は認めていない!お前では話にならん。ヴィンセントを呼んで来い」

「あの子は当主となったばかりで忙しいのですもの。貴方の相手などしている暇はございませんわ」


 この離れを訪れる者などおらず、使用人は最小限。女や取り巻きに囲まれ派手な生活を当たり前のように享受していた身にはさぞ堪えることでしょうね。


 シェリルが産まれて数年後に私も息子を産んだが、夫は全く興味を示さなかった。おかげで息子ヴィンセントは父親を毛嫌いしている。オーガストがどれだけ喚こうが、ヴィンセントが彼の言葉に耳を貸すはずもない。

 

 

「親子揃って馬鹿にしおって……!ならば兄上から命を出して貰うまでだ。代わりにお前たちを幽閉してや……ゲホッゲホッ」

「落ち着いて下さいませ。引退なさった陛下にそのような権限はございませんわ」


 昨年、財務大臣アドキンズ侯爵が王宮の予算を横領していたことが発覚し、芋づる式に重臣の多くが罷免された。彼らを任命した国王陛下も責任を問われ、セドリック王太子に譲位し今は離宮に幽閉されている。

 実際のところは、いつまでも王の座へ居座る国王に業を煮やしたセドリック殿下や貴族たちがクーデターに近い形で陛下を引退させたのだ。陛下に追従して甘い汁を吸っていた重臣も一掃され、新王による統治は歓迎でもって受け入れられている。

 その()()には当然、オーガストも含まれていた。我が家は急病による当主の交代、及びオーガストの幽閉という形でセドリック王へ恭順の意を示したのだ。

 

「そんなに興奮したらますます具合が悪くなりますわよ。医師は穏やかに過ごせばあと数年は生きられると仰っていましたもの。残された生を穏やかに過ごされた方がよろしいかと思いますわ」

「あんな藪医師の言う事など信じるか!王家お抱えの医師を呼べっ」

「陛下はいち貴族如きに王宮医師を遣わせたりはしませんわ。公正な方ですもの」

「俺はセドリックの叔父だぞ。俺の頼みだと言えばあいつは従う」

 

 オーガストの中では、今でも甥は自分の言いなりになる子供なのだろう。当のセドリック陛下は、蛇蝎の如く叔父を嫌っているというのに。

 そもそもこの家の使用人は私かヴィンセントの命令しか聞かないから、伝えることもできないでしょうけれど。



「……ああ、そういえば。ロートン侯爵令息夫人も、病のため領地で隠棲されたらしいですわ」


 面倒になってきたので、話を逸らすべく私は話題を変えた。

 

「何だと……!?そんな報告は聞いていない。カーラは何をしているのだ。すぐに医師を」


 案の定、夫は喰いついた。私の前では頑なにシェリルを自分の娘と認めなかったことは、すっかり失念しているらしい。

 

「カーラからは、貴方と同じ肺の病と聞いておりますわ。もう長くないかもしれないとか。……ふふ。良かったですわね。これで貴方も寂しくないでしょう?愛娘と共に天の国へ逝けるのだから」

「貴様、何を……。まさか……毒か?貴様、俺のみならず、シェリルにも毒を……!」


 驚愕で目を見開く夫を、私は黙って見下ろした。


 エレインが亡くなった後、残された娘に対する夫の偏愛は加速した。自らの予算をシェリルに注ぎ込み、変装して様子を見に行くこともあったらしい。もはや執着と言っていいいだろう。


 シェリル……あの愚かな、そして可哀想な娘。

 彼女を見たくてカルヴァート侯爵家のお茶会に呼ばせたことがあった。そこにいたのは猿かと思うほどに躾のなっていない娘。


 子供を育てたことのない夫は、衣食住さえ潤沢に与えていれば勝手に育つと思っているのだろう。あの様子では、レスター男爵も実の娘でもない彼女の教育は放棄したらしい。

 その結果が()()だ。見た目だけは母親に似ているけれど、エレインが持っていた賢しさも強かさも無い。夫の身勝手が、あの害悪でしかない娘を育て上げたのだ。


 シェリルが問題を起こす度に、オーガストは公爵家の圧力を使って事を収めようとした。その裏で私がどれだけ奔走したことか……。

 ロートン侯爵令息がシェリルと婚約させられたという話を聞いたときは頭を抱えたわ。彼女はあのお茶会で彼に助けられて以降、令息に執着していたらしい。

 執着心が強いのは父親譲りかしらね。

 お茶会に私がシェリルを呼んだせいでもあるから、私はロートン侯爵家に対してかなりの便宜を図った。我が家がどれだけの損を被ったか、この傲慢な男には分かるまい。


 夫は激高し、私の手を掴んだ。


「許さん……許さんぞ!あれは俺とエレインの、真実の愛で結ばれた俺たちの結晶だ。手を出すことは許さん!」


 真実の愛?陳腐なフレーズね。笑っちゃうわ。


「その愛のせいで、どれだけの人間の迷惑をかけたと思っているの?」

「知るか!俺たちの崇高な愛の踏み台になるのならば、光栄なことだろうが」


 夫が掴む手は、私が簡単に解ける程に弱々しかった。逆に骨と皮ばかりのその腕を掴み返すと、夫は「ぐぅ……」と痛みに顔を顰める。


「崇高な愛?それが何の足しになるのかしら。貴方が女遊びに耽け贅を尽くした生活が出来たのも、全て私と部下たちがこの家を、そして領地を守ってきたからです。ヴィンセントが成人した今、貴方はこの家に不要なのよ」


 私はぐぃと夫へ顔を寄せる。その剣幕にたじろいだのか、オーガストが後ろに身を引いた。

 

「お前を迎えたことは我がグローヴズ一族最大の汚点よ。お前は愚かな王に準じた恥部として、いずれ我が家の家系図から名を抹消する。お前がこの家にいた記録は全て消すわ。お前は何一つ残せず、名も無き者として、誰もいないこの部屋で朽ちてゆくのよ」

「俺は正当な血を引く王族だ。公爵家如きに降下してやったのだから、ひれ伏して感謝すべきだろうが!『何一つ残せない』だと?跡継ぎは俺の息子だ。俺の血はこの先もこの家に根付く。お前の思い通りにはならない。残念だったな!」


「あら。貴方に()()なんていないわよ?」

「は?」


 その言葉の意味を理解したのだろう。疑問符が浮かんでいたオーガストの顔がみるみるうちに歪んでいく。


「まさか……貴様、不貞をしていたのか!!」


 察しのいいこと。

 私ね、クズ男(あなた)の血は一滴たりとも遺さないと決めたのよ。あの初夜の晩に。

 

「俺の子ならば、低いとはいえ王位継承権がある。貴様は王家を謀ったのだ。極刑に値する重罪だぞ!」

 

「心配ありませんわ」と、私はオーガストに向かって満面の笑みを浮かべてみせた。

 

「……だって。あの子はちゃんと王族の血を引いていますもの」


 夫の顔が絶望に染まった。息子が誰の子供なのか、そして誰の指示でこの幽閉がなされたのか――理解したらしい。

 ああ、その顔の滑稽なこと!この30年の鬱憤が晴れるようだわ。

 

「フレデリカぁぁぁぁ!!!」


 夫の絶叫を背に、私は扉を閉めた。

 そうだわ。彼は病で意識が混濁しているようだから、何を言っても相手にしないようにと使用人に言い含めて置かなきゃね。


 あの様子では、お迎えが来る日も近いでしょう。

 念願の真に愛するお相手やその娘と共に過ごせるんだから感謝して欲しいくらいだわ。行き先は天の国ではなく、地獄かもしれないけれど。



 シェリルはまだ若いから夫ほど薬の効き目は早くないようだけれど、カーラの手紙では領地送りになって気落ちしたのか、体調を崩しがちらしい。


 夫は自分に忠実な乳母の娘なのだから、カーラもまた自分の言うとおりになる駒だと思っていたようだけれど。カーラは夫に従う振りをして、ずっと私へ情報を流してくれていたのだ。

 医師ですら肺の病気と誤認する、王家の秘薬をシェリルへ与え続けていたのも彼女。

 カーラが死産のせいで婚家を追い出されたときも。心身が衰弱しているのに元夫に訴えられかけたときも。カーラを助けたのは私の亡き母と私だ。そんな彼女が、オーガストより私に忠誠を誓うのは当然でしょう。



 これでようやく我が家へ纏わりついてきたゴミを消せるわ。

 ヴィンセントはあの方に似て優秀だ。まだまだ補佐は必要だけれど、いずれ良き領主になるだろう。

 我が家にあのクズの血を入れずに済んで本当に良かった。王位継承権については必要になることは無いと思う。新王には、他国から迎えた正妃様との間に王子が二人いらっしゃるのだもの。


 これが我が家の、私の正しい道よ。例えこの手が血に塗れていようとも、悔いは無いわ。

これにて完結となります。ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
シェリルがあまりに哀れだな、と思っていました。 こんな育てられ方をして考えない性格にされて、かわいそう(憐れみですね) ただ、このグローヴズ公爵夫人視点のお話を読むと、貴族であることの大変さが良く伝わ…
人間関係が想像以上にドロドロでした。 面白かったです。
おぉっと…托卵してた(笑)。 と言うか、オーガストって種あるの? シェリルって…本当にオーガストの子供? ……と、ふと思いました。 いや〜…面白かったです! メイン主人公とよべる人物はいなかった様…
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