悲劇
1995年 リムソンシティ サン・ドリル地区
「ゴラウスと組むのか?」と聞いたパッチドに対してデゥラハンは「それを決めるために集まってもらった。」と言う。「アブデイ?」「ああ。ゴラウスのヤクの供給源は強力らしい。奴はその供給源の存在によってサイードと俺たち、チカーノ、トライアドを全て潰せると言ってたぜ。」「なるほどな。じゃあゴラウスからヤクを購入すれば俺らは貧民街を支配できるぜ。違うか?」と言ったのは新人幹部モハドだ。彼の前任者であるアブデゥライは独断でゴラウスと取引を結ぼうとして降格されていた。
「ああ。あんたのボスだったアブデゥライはそのような考えだった。あんたらも同じか?」とパッチド。「ああ、そうだ。アブデゥライの判断は正しかった。最もボスに断らずにゴラウスのところを訪れているのには驚いたが。」「だがモハド、よく考えてみろ。貧民街で俺らが力を得たとして他のギャングとはどうするんだ?ソマリア系は付き合ってくれるだろうがハイチ系とラキア系は俺らを襲うぞ。ソマリア系ごとな。」「あんたの言いたいことは分かる。俺らが道を誤れば同盟ギャングにも火の粉がかかるっていうんだろ?だが奴らが俺らに歯向かえるのはヤクがあってこそだ。そしてその供給源はサイードだぜ。サイードを潰せば俺らが黒人街の覇者だ。」
議論する二人を交互に眺めるデゥラハン。「ドリアン、お前はどう思う?」「ああ、そうだな・・・今のままだと俺らはシルバーウルフに負ける。サイードはシルバーウルフ寄りになってるからな。」「なるほどな。兄貴はゴラウスに会ってみてどうだ?」「ああ。俺の感触だが・・・奴ははったりは言っていないと思う。奴の供給源は強力だ。俺らは潰されるかも。」「その通り。ゴラウスと組もう。」と答えたのはダッツだ。彼も幹部として出席を命じられていた。
「よし分かった。俺らはゴラウスのヤクで貧民街を支配する!ラキア産のヤクとチカーノ連中のヤクと中国人のヤクを排除するぞ!」とデゥラハンが宣言して終わる。
翌日
モハドは降格された自分の前任者であるアブデゥライとシマ内にあるバーで食事をしていた。
「ふっ!皮肉なものだぜ。俺を降格したにもかかわず結果的に俺のやりたかった取引ができるようになるとはな。」冷笑しながらアブデゥライはパエリアをかき込んだ。「仕方ないだろ!あれはお前の提案に対する降格じゃなくお前が勝手にゴラウスに接触したことに対する降格だ。幹部連中どころかお前は俺にさえ相談しなかったろ?」「ふん、よかったな。俺がヘマをやらかしたせいでお前は幹部に昇格!おめでとさん。」そう言って激しくスプーンを皿に叩きつけるアブデゥライ。「いい加減自分の役割を果たせアブデゥライ!」モハドはさすがに呆れる。「ああそうか、今はお前が俺のボスなんだっけな!何でも命令できるな。いいように使って下されボス!」そう叫ぶとアブデゥライはいきなり立ち上がり、ポケットから札を二枚取り出すとテーブルに叩きつけるように置いた。「じゃあな。楽しかったよ。俺はもう帰る。」「おい待てよ!はあ・・・」去るアブデゥライを見送るモハドは溜息をついた。
レストランを出たアブデゥライは駐車場に向かう。そして眉をひそめた。パトカーがとまっており、そこに刑事がよりかかってアブデゥライのほうを眺めていた。「やあ。」という警官に「どうも」とそっけなく挨拶したアブデゥライはそのまま車に乗り込もうとした。だがその腕が抑えられていた。「おいおい何だよ!?」というアブデゥライに対して警官は答える。「君を逮捕する。ハイチギャングのシルバーウルフを襲撃したろ?その事件について聞かせてもらおうか。ギャング同士の抗争と言えばそれまでだが私たち警察は一応殺人事件の捜査をしなければならないのでね。」
翌日
「まさか彼ではないだろうけどな・・・」ライアンはそう思いながらアブデイをホーネット地区まで運んでいる。
正規構成員に昇進したライアンはボスのデゥラハンから密命を受けていた。それは「組織内の裏切り者を探せ」というものだった。その裏切り者は恐らく幹部で、デゥラハンの家に盗聴器をしかけたのだ。それによりボスが直接相手やり取りした重要な取引を敵ギャングに襲われたと推測される。だがアブデイは裏切り者ではないだろう。彼はデゥラハンの兄で売人組織「パイレーツオブサンドリル」のボスでもある。
「さてと・・・行くか。」ライアンが駐車場に車を停めるとアブデイが言い、二人はカジノの入り口に向かう。
「さてと・・・あんたの様子を見るに色よい返事がもらえるようだな。」とゴラウスが言う。「ああ。あんたのヤクを買おうと思う。で、それに先立ち・・・」「ああ。ヤクの供給先だろ?教えてやるよ。フアレス・カルテルだ。」「なるほどな。確かにサイードを倒せるな。」とアブデイが頷く。
ライアンもフアレス・カルテルについてはギャングになる前から知っていた。とはいえニュースで名前だけ聞くのみだったが。
フアレス・カルテルは最近力を伸ばしてきたメキシコの新興麻薬組織だ。メキシコ軍部と深い繋がりがあり、殺し屋部隊を抱えているという。彼らはその圧倒的な戦闘力で他のカルテルから農園を奪い、なおかつその取引相手もうばったという。そのことで幅広いネットワークができ、麻薬の材料も多く手に入った。そしてその材料を複数組み合わせて複合麻薬を作っていると言う。かなり価値の高いブツだ。
「高価だが扱う価値はあるぞ。」「で、いつからそのブツを卸して・・・」「今日だ。倉庫がある。案内させよう。」そう言うと口をあんぐりあけるアブデイとライアンの前で彼は戸口の近くに立つ女に命令した。「ジュリアス、彼らは今客になった。倉庫に案内してブツを渡させろ。」女は頷くとアブデイとライアンを手招きして戸を開いた。
「私が雇ったヤンキー女だ。なかなかいかしてるだろ?」とにやにやしながらゴラウスが言う。
20分後 中央区
倉庫は高層ビルに囲まれた空き地のような場所にあった。「ここでヤクが?」とライアンはジュリアスに尋ねる。「そうよ。あら・・・」ドアを開けた彼女に近づいてくる男を見て「あんたは!」とライアンは叫ぶ。
その男は不動産会社を経営しているエドウィンだった。以前ピンキーライオンズにモーテル業そして麻薬の供給のための物件を提供した男だ。(今は同盟者であるブルーライオンズがその建物を買い取り、風俗に利用している。)
「はいよ、ゴラウスから。」とジュリアスから封筒を渡されたエドウィンは「ありがとう。」とそれを受け取り、ライアンとドリアンに笑いかける。「久しぶりだな!私は貸し物件の用途を知らないが、ストリートギャングに関係あるものみたいだね。」「あんたには関係ないわ。さあ帰って。」とジュリアスが冷淡に言うとエドウィンは「安心したまえ。私はただ倉庫を貸してその料金を受け取るだけだ。自分でも分かってる。私は善良な市民じゃない。」
ライアンとアブデイは顔を見合わせ、眉をしかめた。
「ほう・・・いいね。」麻薬の管理人から袋を渡されたゴラウスは中に入っている包みの臭いをかいでにやり、と笑う。「まずはこの分だけ捌いてきて。それがなくなったらまた来て。」とジュリアス。
アブデイから袋を渡されたライアンはそれをトランクに放り込んだ。新しいビジネスの始まりだ!
同時刻 中央区
「男の子だね・・・」と医者が口を開く。「はい・・・」とグテーレスは答えた。
「ところでグテーレスさん・・・」「はい?」「この状態になったら、かくしておくのはもう難しいよ。」と医者が言った。グテーレスは「やっぱりそうですよね・・・」とつぶやいた。
彼女には同棲相手のライアンとの間に子供が出来ていた。今妊娠している。だがライアンはそれを知らない。
「で、君はどうしたい?」とその老医者は優しく問いかける。「その・・・迷ってるんです。」とグテーレスは答えた。
彼女は息子の存在をライアンに伝えて子どもを産むか、子どもを堕ろしてしまうか迷っていた。ライアンはストリートギャングの一員だ。ライバルのギャングと抗争している。そして息子には平和に育って欲しかった。父親がギャングの一員であり、なおかつギャングが幅を利かせる場所で育った男の子の将来は不安だ。ライアンのように、父親に憧れてギャングになるかもしれない。そして抗争で命を落とす・・・
しかしグテーレスは頭を振った。ライアンと出会うまでの思い出が蘇る。
彼女の生まれた家は貧民街にあり、貧乏であった。父親はヤクの売人で、いつもギャングから預かったヤクを売買して小銭を稼いでいた。母親の顔は知らない。離婚したと父から聞いた。
父親は後ろ暗い仕事で生計を立てていたが、性格もねじ曲がっていた。彼は自分の収入で家計を賄うのがきついと感じると、グテーレスに飯を与えなかった。「ゴミめ!俺の金をあてにしてるんじゃねえ!てめえが自分で稼げよ小娘が!」毎日のように父親がグテーレスを怒鳴りつけ、殴ってきた。
仕方なく彼女は稼いだ。中央区に出て盗みを働くことにしたのだ。食べ物が置いてある店に狙いを定めて万引きした。生きるためには仕方のないことだった。
だが犯罪は露見する。スーパーマーケットでジュースを万引きするところを従業員に見られたのだ。白人の従業員は激怒し、少女であるにも関わらず彼女に殴りかかって来た。「クソガキ、ふざけんなよ!」店員は幼きグテーレスをボコボコにした。
やってきた警官は彼女をパトカーに放り込むとそのまま警察署に向かう。署内の拘置部屋に連れていかれた。父親は迎えに現れなかった。代わりに白人の若い巡査がやってきた。彼はズボンを脱ぎ、グテーレスに多い被さった。巡査の上司の警部たちが笑って見ていた。
そのうち孤児院の職員がやって来た。彼女は白人で、グテーレスを見ると顔をしかめた。
孤児院には七年間いたがある夜抜け出した。差別といじめに耐えられなかったのだ。
また盗みの生活に戻った。しかも今回は前よりもっとひどい。帰る家はなかった。ボロ家の中には首にロープがかかった父親の腐乱死体。そのうちボロ家をも取り壊された。
中央区の様々な店でまた食べ物を盗んだ。ゴミ箱をあさった。路地裏で寝ていた。
ライアンと出会った日も、彼女は路地裏のゴミ箱をあさっていた。すると発見した。まだあたたかいフライドポテトの袋。半分くらい食べ残されている。久しぶりの御馳走だ。
だがいきなり石が飛んできた。「気持ち悪い奴だな!」と叫んだのは四人の白人のクソガキ。奴らは少年ギャングだ。「ここはケビンのシマだぜ!黒い奴はとっとと出てけ!」そう言って少年たちは石を投げる。
グテーレスは抵抗できない。彼女は泣きながらゴミ箱の影に飛び込んだ。恐れていたことが起きてしまった。暴力的な白人に目を付けられた。
だがそのとき、「あんたら何してる?」と言う声がしてよれよれのシャツを着た黒人の青年が歩いてきた。ライアンだ。
「またくろんぼかよ!」少年たちの敵意はその男に向いた。石を投げる少年たち。だが青年はひるまない。「おいおい・・・これに勝てるかな?」ライアンは何と腰ベルトからピストルを引き抜いた。
さすがの悪ガキもびびって逃げる。所詮は少年ギャング。パンチと錆びたナイフを武器にし、弱い通行人を脅すだけの連中だ。ピストルを見たら逃げざるを得ない。
「ケビンとかいうくそガキに伝えとけよ!ピンキーライオンズのメンバーの息子が来たってよお!」と叫んだ青年はグテーレスに駆け寄る。「大丈夫か?いったん俺のアパートに来いよ。」
彼は頼もしかった。アパートで傷の手当をし、何と住んでもいいと言ったのだ。
「子どもは二人で守ります。今夜妊娠を伝えます。ではまた来ますね。」とグテーレスは答えた。「いい結論だ。お待ちしているよ。」と医者が笑顔で言った。
翌日
中央区にあるブルーライオンズのモーテルのロビーでデゥラハンはソマリア系ギャング組織のボスを集めて会合を開く。
「我々のせいであんたらには肩身の狭い思いをさせたな。」とデゥラハン。だがブルーライオンズのボスランドルは静かに言う。「いいってことよ兄弟!予想外だからな。まさか憎み合っていたデックとメキシコ・中国連合が協定を結んでいるとはな!」するとイエローアサシンズのボスダナーも口を開く。「俺ら全員の責任だ。俺らで状況をよくしよう。」「そうだダナー、その通りだ。だから我々はサイードを下手にさせようと思う。」とデゥラハン。「なんだと!」とランドルが叫ぶ。「どんな計画か知らんが・・・悔しいことだが奴らは俺らの生命線であるヤクを握ってる。奴とは敵対しないほうがいい。」「うん、あんたの言うとおりだ。だがもし別の生命線があればどうだ?」「おい、まさか!」と声を上げたのはダナーだ。「そのまさかだよ。」と言ってデゥラハンは袋からヤクの包みを四つ取り出し、二人のボスに二つずつ渡した。「複合麻薬だ。貧民街では出回っていない。チカーノ連中もサイード・カルテルもトライアドも扱っていない筈だ。」「すげえな兄弟!どこで仕入れたんだ?」「ああ・・これはホーネット地区に出回っている物と同じだが、仕入れ先はフアレス・カルテルだ。」「フアレス・カルテルだと!?そんな奴らがこの街に関与しているのか?」「ああ。ホーネット地区のボスゴラウスはフアレスからヤクを仕入れている。当面は奴を通じてヤクを仕入れるが、そのうち・・・」「ホーネット地区も奪っちまおうぜ!」とランドルが呼応し、三人のボスは雄たけびを上げた。
昨日 夜
「今夜も来れないの!?ねえ!」グテーレスはイライラした。
「すまねえ。実は新人から昇進してな、少し仕事が長引くんだ。重要な任務を任されている。」と電話の向こうからライアンの声がする。
「お願いよ!重要な話し合いをしたいの!」「おいお前・・・」「何よ!?」「最近おかしいぜ。どうした?」 「とにかく来て!あなたの人生にも関わることなの!」「・・・ったく・・・分かった。今から戻る。」「ありがとう、急いでね。」
電話機を置いたグテーレスは肩の荷が下りたような気持ちになる。ようやく重い秘密を打ち明けられる。もしかしたらライアンもギャング脱退を考えてくれるかもしれない・・・
そのとき、外で銃声とうめき声がする。「何!?」グテーレスは悲鳴を上げる。
「くそっ!何の用だハイチ人ども!」と叫んだ者から次の瞬間、悲鳴が上げる。「くそ!多勢に無勢だ、俺はモハドに電話する!お前らはもう少し持ちこたえて・・・グハッ!」断末魔が上がる。そして数分間の銃撃戦の後、静かになった。
グテーレスはそうっとドアに近づき、鍵穴を覗いて・・・悲鳴を上げた。
次の瞬間、ドアが蹴り破られる。覆面をして鉄パイプを持った二人の男。彼らは逃げ惑うグテーレスを壁際に追い詰め、鉄パイプをその頭に振り下ろした。
「ったく世話かけやがって!」ライアンは溜息をつきながら車を敷地に乗り入れ・・・違和感に気が付いた。
静かだ。いつもはアパートを警備しているモハドのシマの構成員が煙草を吸いながら談笑している筈なのだ。だが今はいないようだ。
そして車から降り、血なまぐさい臭いを嗅いだ途端ライアンの顔は青ざめた。「グテーレス!」こう叫んで彼は階段を駆け上がる。
自分の部屋の前にはアパートの住人たちが集まっていた。「どいてくれ!グテーレスは無事か!」ライアンは慌てて道を開ける野次馬を押しのけながら部屋に飛び込み・・・絶句した。
壁に飛び散る血、ひっくり返ったテーブル。そして・・・頭をぐちゃぐちゃに潰され、死んでいるグテーレス。彼女の死体に近づく。
手紙が腹の上に置いてあった。「今後一切仲間には手を出すな。ミシェル」という赤文字で書かれた手紙だ。
ライアンは絶叫した。