真実の愛のお相手と末永くお幸せに
国王に続いて、鉄紺の髪の美青年が会場に姿を現す。
白を基調とした装いは神官の時と同じはずなのに、まったく印象が異なる。
神官服との違いということもあるが、それ以上に身に纏う雰囲気が別人のようだ。
これがルークの本来の姿……第一王子ルシアン・アーテリー。
十年ぶりに姿を現した王子というだけでも話題になるものを、国王と共に入場し、更に本人は光り輝くような美しさ。
政治的な思惑から女性達のときめきまでがざわめきとなって、会場が異様な熱気に包み込まれる。
もう遠い人になってしまったなと思いながらぼんやり眺めていると、ルシアンと目が合い、にこりと微笑まれた。
その瞬間、エレノアの鼓動がどきりと跳ね、慌てて胸を押さえる。
もうすぐ死ぬというのに、一体何なのだ。
……いや、動悸か。
今回は外傷や毒ではなくて、心臓の関係で死ぬのかもしれない。
まだ新しい死因があるとは、エレノアの死にっぷりも奥が深いものである。
「事情があって暫し表に出ていなかったが、紹介しよう。第一王子のルシアン・アーテリーだ。それからナサニエル、こちらに来なさい。ヘイズ公爵令嬢も」
国王が会場に設えられた椅子に腰を下ろすと、その前にルシアンが立ち、向かいにナサニエルとそれにくっついているジェシカが並んだ。
国王の命に逆らうわけにもいかずに出てきたが、さすがにナサニエルの近くに立ちたくない。
仕方がないので、ルシアンから少し離れた位置に控える。
「ナサニエル。今、何を発表しようとしていた?」
国王に問いかけられたナサニエルは、ルシアンを見てにやりと笑うと得意気に口を開く。
「エレノア・ヘイズ公爵令嬢と再び婚約する、と」
その言葉に周囲の貴族達はざわめき、国王はため息をついた。
「ヘイズ公爵令嬢とは婚約を解消したばかりだ。その理由はわかっているのか」
「少しすれ違いがあっただけです。事情を話せばわかってくれます」
「……エレノア・ヘイズ公爵令嬢との婚約は、王家と公爵家との契約に等しい。それなのにおまえはヘイズ公爵令嬢を蔑ろにして、他の女性を選んだ。その結果が婚約解消だと、本当にわかっているのか」
国王の真っ当すぎる指摘に、ナサニエルが少しばかり怯む。
だが、これで反省して改めるようなら、今まで問題を起こしていない。
案の定、ナサニエルはすぐに謎の自信に満ちた表情を取り戻す。
「それは、俺とジェシカの真実の愛が」
「この場合、愛も真実もどうでもいい。おまえは感情を優先し国政を蔑ろにすると宣言したも同じだ。同時に女性関係にだらしない、ともな。ヘイズ公爵令嬢を尊重し、その上でアシュトン子爵令嬢を側妃に迎えるというのなら、まだしも」
吐き捨てるようにそう言うと、国王は再び深いため息をつく。
「それ以外にも、過度な贈り物と使途不明金問題もある。更にアシュトン子爵令嬢は王太子妃の名で色々と問題を起こしているようだな。ナサニエルが王太子になったわけでも、自身が妃になったわけでもないというのに」
国王のひと睨みで、ジェシカが震えあがってナサニエルの腕に縋りつく。
エレノアへの嫌がらせや暴言はどうにかなっても、王家の威光を勝手に悪用するのは重大な罪だ。
性格が悪いのは知っていたが、まさかそこまで馬鹿だとはさすがに想像していなかった。
「次期国王の度重なる不正に、守護の宝玉も怒っている。最近の異常気象はその影響が大きいだろう。諸々を鑑みて、王位継承順を見直すべきだという結論に至った」
「そんな⁉」
ナサニエルが叫ぶが、他の誰も声を上げず、動かない。
ただジェシカだけが心配そうにその顔を見上げていた。
「第二王子ナサニエルの王位継承権を剥奪。第一王子ルシアンを王位継承順第一位に繰り上げ、王太子とする」
「陛下⁉」
ナサニエルが叫ぶけれど、国王の表情は一切揺るがない。
「それから、真実の愛とやらは尊重しよう。ジェシカ・アシュトン子爵令嬢との関係を認める。ただしアシュトン子爵家は使途不明金、王家の名を騙った複数の横領や脅迫により、爵位を剥奪。平民の娘となるので、王子の妃とは認められず、立場としては私的な妾になる。これからは公の場に一緒に出ることはできない」
ジェシカの顔から血の気が引き、震えながらナサニエルに縋りつく。
「ナサニエルは今までの責任と更生の期待を込めて、隣国に留学してもらう。立場は王子ではなく、一介の貴族令息としてだ」
「そんな! 俺はエレノアと!」
険しい表情で叫びながらこちらを見てくるが、勝手なことを言わないでほしい。
すると、今まで沈黙を守っていたルシアンがため息と共に口を開いた。
「エレノアと君は無関係。いい加減に認めたらどうですか」
既に自身がエレノアと婚約していると伝えればナサニエルも大人しくなるはずなのに、何故ルシアンはそれを言わないのだろう。
そういえば国王もその件には触れなかったが、知らないはずもないからわざと明かさなかったということになる。
でも、その利点が見当たらない。
どう考えてもヘイズの後継者との婚約をアピールした方がナサニエルの処罰とルシアンの王位継承の正当性が伝わると思うのだが。
「そんな。エレノア、おまえはそれでいいのか⁉ 俺と結婚できないんだぞ!」
ナサニエルの情けない声が、エレノアの思考を妨げる。
もしかして、この人は今までの自分の言葉と行動をすべて忘れているのだろうか。
呆れることしかできず、エレノアもまた気が付けばため息をついていた。
「私がナサニエル殿下と結婚したいと思える要素が、どこにありますか?」
結婚したくない要素なら山ほどあるが、国王の前なのでさすがにそれは言わないでおく。
てっきり怒るのかと思いきや、何故かナサニエルは呆然とした表情でエレノアを見つめた。
「え、だって。おまえは俺のことを好きだろう?」
「情という意味でしたら、長年婚約していたので人並みには存在していたと思います。ですが、それを木っ端微塵にしてあり余る行動を選択したのは殿下です。婚約者をエスコートもせず、冤罪で暴言を吐かれ続けては、いくら家のためとはいえ取り繕う愛想も尽きるというものです」
一体何がどうなると好きだとか言えるのか頭を叩いて問い詰めてやりたいが、それもエレノアが不利になるだけなのでやめておこう。
「冤罪で暴言? ジェシカに嫉妬して嫌がらせしていたのは事実だろう」
「無実だからこそ、訴えています。それもすべて無視されましたが。……大体、私が何故嫉妬しなければいけないのですか。契約上婚約しているだけで、私を貶め、蔑ろにし、嘲笑い、剣を向けてくる相手に、好意が存在するとでも?」
ナサニエルにとってのエレノアは、王位を継ぐための駒。
愛する必要はないが、敬う必要はあった。
それを理解できない時点で、ナサニエルは王に相応しくない。
エレノアはまっすぐにナサニエルを見つめると、決別の意味を込めてにこりと微笑んだ。
「どうぞ、真実の愛のお相手と末永くお幸せに」
「――エレノアっ!」
逆上したナサニエルが拳を振り上げて迫るが、ルシアンが素早くその足を払う。
勢いよく顔面で床に着地したナサニエルは、赤くなった顔を押さえながらエレノアを睨みつけた。
「ルシアンだって、おまえのことをただの駒だと思っているんだぞ!」
何を言うのかと思えば、そんなことか。
結局、ナサニエルはエレノアのことも、その気持ちも、何ひとつ理解していないというのがよくわかった。
「当然でしょう。そんなこと、わかっていますよ」
笑顔で返すエレノアに、ナサニエルは驚愕と困惑の入り混じった表情を浮かべる。
この世界にエレノアに向けられる愛など、もうない。
期待しなければ裏切られないし、失わない。
視界の端でルシアンが拳を握り締めるのが見えたけれど、それもどうでも良かった。
「これであなたを苛む者はいなくなります。……エレノア、話をしましょう」
青玉の瞳にまっすぐに見つめられ、エレノアはゆっくりとうなずく。
ああ、これでこのループもお終いか。
感慨にふけりながら、エレノアは差し出された手を取った。
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鈍感神官とストーカー王太子のラブコメです。
詳しくは活動報告をどうぞ。
次話「愛されたいと願って」
ルークはエレノアを殺すのか……⁉
「終活令嬢」完結予定です。
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