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出掛けて辿り着いた

 おはようございます。

宜しくお願いします。

 ぴろぴろぴろ、ぴろぴろぴろ。


 クリスマス以来、馬場は咲良(さくら)を自由に解き放つ時間が増えた。それに、ぼんやり考え込む時間と咲良に物言いたげな視線をよこす回数も。


 クリスマスの一件は咲良には夢のような時間だったが、もはや『夢』だったのかどうか考えることはしない。あれは半日に満たない時間のことで、寝て起きたら馬場はやっぱり人間だった。咲良だって今はジィなのだから。


 人間臭いインコの『ジィ』。

 それが全て。


 

 ぴろぴろぴろ、ぴろぴろぴろ。



『・・・んだよぅ、コッチは感傷に浸ってんのッ。ぴろりんなッ!』


 咲良は音の主、リビングのカメラ付きインターホンに吠えた。


 ちょうどよい高さの物置があるのでそこに降り立ち、慣れた仕草でちょいちょい嘴でつつく。


 パッと付いたモニターには、キラッキラの今女(いまじょ)がいた。薄く見える化粧にくっきり眉、艶のあるぷりんとした唇。髪は毛先を緩くカールしていて、ふわんと肩で揺れている。


 馬場の住むマンションはトリプルオートロックが設置されている。一階入り口前にひとつ目、次の風徐室に二つ目、エレベーターに乗るために三つ目。イケメン故に人間運の無かった馬場がとった自衛手段の表れといえよう。


 モニターの来訪者はひとつ目の入り口にいるのだ。今日は平日でしかも夜。馬場の性格からして友達のこの時間の来訪は考えにくい。


 つんつく、と咲良は通話ボタンを押した。向こう側に通話可能ランプが点るので、女が気付いたようだ。


「こんばんはぁ」


 伏し目がちに、不安そうに女が喋る。


「馬場さんに、ご相談があって。あ、こんな時間にごめんなさいっ」


 細めた目で咲良はモニターに映る女を見ていた。


「私・・・頼れるひとがいなくて」


『あざとい・・・魔女が来たでぇ』


「え?」


 向こう側からは、こちらの声しか聞こえない。つまり咲良の鳥声がじゃみじゃみしているのだ。


「ごめんなさい、馬場さん。よく聞こえませんでした」


 困ったように小さく笑う女を、咲良はビーズのようなまるい瞳で見つめる。馬場の周りにはこんな女が集まるのだ。


 これで何人目だろ?と思いながらなるだけ流暢な人語を心がける。そして時折羽で喋り口をパタパタする。こうするとうまい具合に()が入るのだ。


「ア、ナ、タ、ダ、レ?」


「え?え、馬場さん?誰?」


 ガラス張りのマンション前でさり気無く、しかし女らしいキメ込んだ出で立ちの女が立つ。

 インターホンは馬場の部屋に通じたはずで、変な音が混じるが誰か(・・)の返答があった。


 女の調べでは馬場に特定の女はいないはずだ。独り暮らしで、見た目も仕事の評価も高い、この自分に見あう優良物件だからわざわざ出向いてきたのだ。なのに。


「私ハ私」


 女側のスピーカーからはざざっ、ざざざっ、と音が乱れて明瞭に聞こえない。が、機械的な何者かの声がするのは分かる。間違いなく馬場の声ではない。でも、ひとの声でもない気がする───。

 可愛い顔が歪む。ぞぞぞ、と指先まで静かに粟がたった。街灯のみの暗い周囲をちらちら確かめた。


「えっ?なに、雑音がっ。馬場さん?」


「秘書室ノ、小田(・・)サン?─────ソコニイルノ」


「ヒッ」


 ジィは市役所の『馬場を守る友の会』の会長だ。(じい)だけに面白く名誉な古老扱いなのだ。

 会員が馬場に粉をかける最新迷惑女をリストアップし「爺会長、奴ですっ」と通りかかる人物を教えてくれる。ジィは「ウム!」と鳥頭を偉そうに揺すり鳥目で眺める、いわゆるごっこ遊びだ。

 と思っていたが、会員は優秀で本当に毎回要注意人物を咲良に示していた。


『めっちゃ役立つぅ!』


 ぷりぷり尾羽を振りながら咲良はノリノリだ。


「ソウ。・・・次、アナタ(・・・)ノ家ニ行クネ、ヒヒッ」


 バッと女がモニターから振り切れた。速い靴音から逃げていったのだとわかる。


『うへへへ・・・・。勝ったッ!』


 その後、モニター前で不気味に鳴く咲良を見つけた風呂上がりの馬場は「『不吉な夜』っぽい声だな」と笑いながら咲良の胴体をワシッと掴んで移動させるのだった。






 馬場は市役所でいつもの通り仕事をこなす。いや、いつも通りでいようと留意していた。

 どうしたってジィの中身が女子高生だとか、忘れようにも忘れられない夢だった。夢にしては細部まで凝った設定が気になり、つい注意が欠けそうになる。


 馬場は息をついた。そして座ったまま背伸びをすると、並んだ個人デスクの向こうに課長が見えた。カウンターデスク越しに誰かと親しげに話をしている。話す内容は聞き取れないのに上司の口から出た「韻渡(いんど)」という単語だけ鮮明に拾って、馬場は思わず立ち上がった。からからと椅子が下がっていく。


 はっ、とジィを見ると、志田さんと話し込んでいてこちらに気付いていない。馬場が迷っているうちに上司が戻って来ていた。




「山田課長、今日・・・韻渡さん来てました?」


 迷った末に、馬場は昼休憩に上司に訊ねていた。


「あぁ?ああ。別の課に書類出しに来たって。知り合いだからな、声かけてきたんだな。なんだ、お前知ってるのか?」


「いや・・・。韻渡さん、娘さんと息子さんいらっしゃいます?」


「はぁ?ん、・・・あ、いや。何だよ、何が聞きたいんだ」


 市役所に訪れた市民について今まで一度も詮索したことの無い男のおかしな様子に、山田は眉をしかめる。


 彼の部下、馬場はインコのお陰で良い調子だったのに最近はまた何か思い悩んでいるような感じがしていた。


 これはひと肌脱ぐときか?!


 山田は張り切った。


「よし、夜付き合え!」






 そして山田は背もたれに体を預けて飲み屋の天井を見上げていた。


「なんか俺の手に負えない・・・」


「だから話すの嫌だって言ったのに・・・。パワハラ駆使して吐かせたのは誰ですか」


 馬場は飲み屋の個室の机に突っ伏して、山田に恨み言をこぼしている。


 ジィは山田家にいて、奥さんがみてくれている。山田家は有名人(?)がウチに来たと大喜びしていた。ジィも「ヒトヅマッフゥー!」と盛り上がっていた。


 山田は片手で額を押さえて下を向き、そのまま机に片ひじをついた。


「夢と言えないくらい正確な情報だぞ、だって。10年前娘さんが病気で亡くなってることも、女子高生だったのも、家族構成に年齢、それぞれの所属に趣味嗜好遍歴に家族小ネタ・・・。俺だって知らねぇ話ばっかり。お前がストーカーだとしても詳し過ぎるだろ・・・」


「俺もストーカーで済む話だったら良かったと思います」


 だって『鳥に転生した娘本人から聞きました』なんて誰に言えよう。


「んで、どうすんだ?」


「・・・迷ってます」


 山田のおかげで、『クリスマスの奇跡』は夢じゃなかったと確信が持てた。韻渡咲良(いんどさくら)は実在していた。ジィの言う10年前まで。そしてその家族は健在だ。


 正直、馬場は咲良と呼んだときに自分を見たジィの顔が忘れられずにいる。


 あれは焦がれる顔だ。咲良(さくら)と呼んでくれる存在を。


「んだな。・・・・決めて、助力がいるなら連絡しろよ」


 向かい側からごつい手が馬場の肩を労うように叩いた。







 ある土曜日、食事処の個室に馬場は来ていた。向かいに座るのは硬い顔をした男性。頬の強張り具合は馬場も負けていないだろう。


 ジィは今日も山田家だ。「ザブトンモッテクデ~!」と笑○ネタを滑らせていた。


 男性は、強くはない、けれど芯のある目線で馬場を見ている。


 あぁ、ジィもこんな目だった、鳥になっても似るところが出るんだな、と馬場は不思議に思う。


「韻渡さん、今日は来ていただきありがとうございます」


「・・・山田とは腐れ縁でね。彼の頼みじゃなきゃ、来なかったよ」


 ききやすい声をしていて、なるほど教師だなと思わせた。それに誠実なひとだとも。


 事前に山田からある程度聞いていたのだろう。腹立たしく荒唐無稽な話だったろうに、それでも馬場に会おうというのだから。


 とにかく、韻渡咲良について己の知り得たことを全て聞いてもらおう、と馬場はぐっと拳に力を入れた。


「ジィに出会ったのは、昨年の春でした。────」







「うわわわわ~っ!待って、待って!!それ以上は言わないで~!」


 少しの疑いと真剣な意思の混じっていた韻渡の表情筋は、今や八の字眉に涙目で、身体中に変な汗もかいていた。座卓から身をのりだして、正面に座る馬場青年の口を塞ごうとしている。


 だって、父と娘だけが知るトップシークレットが、墓場まで持っていくと約束し、娘が先に持って逝ってしまった哀しく苦い秘密が、やたらと見栄えの良い馬場の口から紡がれていたのだから。


「それマジで言ったらいかんやつなんだわ!」


 しがみついてくる必死な韻渡の形相に、「あ、親子だな」と馬場ははっきり認識した。





「君は咲良の彼氏だったのか?」


「赤の他人です。私は今26で、確かにこちらの役所に勤めておりますが、高校時代は他県に住んでいました」


「だよなあ。彼氏なら秘密を打ち明け合ってるかと思ったが、こんなイケメンが彼氏なら、アイツが家族に黙っていられるはずがない」


 腕を組んで苦笑いする韻渡は、咲良を思い出しているのか楽しそうだ。馬場は「イケメン!」とはしゃぐジィを思い出して顔が緩んだ。


 韻渡の中にあった馬場への懐疑はもうかけらもないようだった。


「10年経つと感情もまるくなるんだ。我々を騙すにしても、怒りより“何で今さら”っていう疑問が先に浮かぶ。なら話だけでも聞いてやろう、ってね」


 君は嘘をついていない、それが人となりで分かった。


 そう言われて馬場は虚をつかれた。話の内容ではなく、馬場の人柄で信じたと言われたのだ。


「これでも教師だしね、ある程度話せばわかるもんさ。それに、咲良がきみに私達家族の話をしたんだろう?なら、間違いない」


 言葉にできない静かな感動が馬場の体を満たした。泣きたいような笑いたいような。今すぐこの心のうちを誰かに伝えたいとそわそわする。


 そんな馬場の頭に浮かぶのは「オッチャンニ、ハナシテミ?」と小首を傾げるジィなのだった。





 晴れた日の日曜日。

 咲良は飼育ゲージに入って馬場とお出掛けをするのだ。天気もいいし、羽を伸ばすにはもってこいだ。咲良は元気よく鼻歌をうたっている。


 いつもの公園は通り過ぎた。

 咲良があれ?と思ううちにバスに乗って道を進んでいく。段々と、咲良は口数が少なくなっていく。


 バスを降りて、ひとつ目の交差点を渡り、右に────。


「・・・騙し討ちみたいに連れてきて、ごめんな」


『・・・・』


 白壁に明るい茶色の瓦屋根。小ぢんまりとした二階建て。

 その家の前にゲージを抱えた馬場は立ち止まった。

 そこは韻渡咲良(いんどさくら)の住んでいた家。





 韻渡の家に上がり、家族と挨拶を交わすも、咲良は黙ったままだった。


「いらっしゃい!ウチに『ジィちゃん』が来てくれるなんて嬉しいわ!」


 韻渡母がお茶を並べている。

 馬場はちらりと韻渡父を見た。彼は馬場の斜め向かいに座り、いたずらっ子のように目をくりくりさせて笑っている。


 どうやら咲良の話を家族にしていないようだ、と馬場は軽くため息を着く。


「お父さんが急に(あつし)も呼べって言うから何かと思った。こんな素敵なお客様だったのね!お父さんたら、知り合いなら教えてくれればいいのに」


 韻渡母は馬場の顔をほぅ、と眺めた後、机に置かれた畳んだタオルに埋もれるジィの頭を、にこにこしながら指先で撫でた。


「ジィちゃんは市役所にいるときより大人しいのね?」


 まだジィは一言も言葉を発しない。鳴き声すら。

 馬場は少し眉を下げて、ジィを手のひらで包むように頭から背中を撫でる。


「ただいまぁ~、なになに?!凄いゲストって、もう来てるの?!」


 玄関の開く音と、男性の声。その後も誰かがわいわいと入ってくる様子がある。

 ジィは首を竦めてじっと耳をすませているようだ。


 ガチャ、とリビングの扉を開けた男性はぷくぷくとしたほっぺの赤ちゃんを片手で抱っこしていた。


「うわ~!!イケメン公務員の馬場さんとワルカワマスコットのジィちゃん!!」


 ジィがそちらを見てすくっ!と立ち上がったことに気付いたのは馬場だけで、他は男性の賑やかな声の方を見ていた。


 市役所でジィは大人気だが、地味に馬場も有名だった。人の目につきやすい市民課だから、「市役所にとんでもないイケメンがいる、名は馬場」と口コミで広まったのだ。


 ジィは僅かの間震えてまたしゃがみこんだ。





 咲良の弟、敦は今24歳で、幼馴染みと結婚し息子が生まれたところだそうだ。近所に部屋をかりているが、両親に呼ばれて家族でやってきていた。


「んで、有名人が揃ってどうしてうちに?」


「咲良を連れてきてくれたんだ」


 敦に何でもなく韻渡父が切り出して、音を消したように部屋に沈黙がおりた。


 馬場は説明を始める糸口を逃して、真顔で固まっていた。




「────親父でも、言っていいことと悪いことを間違うんだな。俺はその手の冗談、嫌いだ」


 それまでの軽い雰囲気が嘘のように、意思の強そうな眉を斜めに吊り上げて、敦は静かに父を見つめる。


「私は嘘は言わん。冗談ももっと上手い。お前も、言葉を選べ(・・・・)よ」


「はあっ?!姉ちゃんがどこにいるっていうんだよ!」


 ばん!と敦がテーブルを叩いた。

 その音と振動でジィはまばたきしてぷるっと首を振る。


 敦の奥さんが気遣わしげに夫と義両親をみて、赤ちゃんをあやす。敦にとって、姉咲良の話題はいまだにタブーなのだ。


 元気だった姉が、入院して一年たたないうちに帰らぬ人となったのだから。多感な思春期に背負うには重い記憶だった。


「お父さん!敦もっ! もおっ。お父さん、ちゃんと説明して下さい。こんなの私もいい気しないわ」


「説明もなにも、咲良はそこにいる」


 困った顔の母に、至って平然と韻渡父は腕組みしたまま、ホラ、とジィを目で示した。


「・・・ジィちゃん?」


 韻渡母は呆然としていて、敦は顔を真っ赤にして口を歪ませている。


「馬鹿言うな!!インコだろうがっ!」


「ただのインコじゃないぞ」


「ミンナ、オチケツッ・・・」


 激昂する敦に油を注ぐ父、ようやく言葉を発した間の悪いインコ。馬場は酸っぱい顔をした。


「姉ちゃんはこんなバカっぽくねえっ!」


 敦の強訴に、韻渡父母は揃って「それはどうかな?」というちょっと何とも言えない顔をした。敦の中で姉について中二的な脚色が甚だしく行われたかもしれない、と勘ぐられた一瞬だった。


 そして敦の台詞はジィのスイッチを押した。

 咲良ならまだもう少し我慢できたかもしれないが、今はインコなのである。沸点がローラインで即突沸だ。


 ブワ!とジィの羽が毛羽立ち、前傾に立ち上がる。


「バカイウナアアァッ!コノ、アホンダラァ!」


 咲良は道中からじわじわ染み上がってくる焦燥のような不安と闘っていたのだ。


 もう死んだはずの自分(咲良)を馬場が韻渡家に連れていこうとしている。

 知らぬ顔をすればよいのか、どうしたらよいのか。


 信じてもらう以前に・・・・そもそも、そもそも咲良は歓迎されるのか?忘れたい過去ではないのか?


 闘病生活は家族()に無理を強いた。入院費に併せ治療費はバカにならない。看病のため毎日誰かしらが病院に通う。その疲れがじわじわたまっていくのが見て分かる。

 そして絶望の結末が判っているのに行われる治療。咲良の病状が悪化していくにつれて家族の生気もなくなっていくようだった。


 咲良の死は家族にとっても解放(・・)だった。様々な苦しみからの。


 今さら思い出させたくない。


 だから、咲良は沈黙していた。

 ただの鳥のふりをするつもりで。

 それは馬場に恥をかかせるだろう。韻渡家から罵られるかもしれない。でも、「咲良に(・・・)会いたくなかった」なんて言われるよりは。




 だけど咲良は、「ジィ」を馬鹿にされるのにカチンときてしまった。我慢できなかった。

 咲良は咲良が思っている以上に「ジィ」にはまっていた(・・・・・・)のだ。


 確かに咲良だけど、イケメン馬場と同居してて、オキナインコで、人語を話して、割とすぐ沸騰しちゃうジィが。


 大好き。


『ああそう、そんなこと言っちゃうの、敦?お姉ちゃん(ジィ)にそんなこと』


 ジィが敦を見ながら脅すように鳴くのを、皆が目を見開いて注目していた。馬場と韻渡父は「あ、ヤベ!」といやな汗をかいた。


覚悟(・・)しやがれッ!』


「ホンダナオク」


「え?」


「ベッドマットレスシタ!」


「え、あ!」


 怪訝な敦はその場所の共通点に思い至ったようだ。焦りが顔に出る。


「ネット、ヒトヅマワンナイト、パスワードハ・・・」


「ヒッ、あわわっ!まって、それマジ駄目!!今きかれたら駄目なヤツっ!!」


 敦は慌てて隣の奥さんの耳を塞いだ。が、妻の目は据わっていた。時既に遅し。


 しかし咲良のネタは10年前のものなのに、敦の焦りようからするとまだ利用中なのか?10年前でも如何なネーミングのサイトだが。


 敦の中で記憶が弾けた。

 思春期という美化が剥がれ落ち、本当の姉・咲良が顔を出した。


 そうだった、下世話でオヤジな、絶対勝てない(・・・・)姉だった────。


「すんませんでしたッ!」


 妻とジィに、敦は完全土下座をきめていた。


「あの、お宝(・・)はもう結婚を機に処分したし、サイトは社会見学(・・・・)で。サイト見学だけ(・・)で参加はしてないですッ。一度もッ」


『ソレ()見てただけだろうよ。だけどねぇ、○○○○○○に○○○○○○○○とか○○○○は・・・』


 まだ何事か低く鳴き続けるジィに敦は怯えていた。(ジィ)はどこまで知っているんだ?!と。


「だから、言葉を選べって言ったのに」


 韻渡父はあれが自分ではなくて良かった、と心のどこかで安堵した。


 咲良は昔から何かを悪く言う言葉に敏感だった。自分のことでも他人のことでも。

 だから(ジィ)になっても根本は同じではないかと予想して、息子にアドバイスしたのだ。頭に血がのぼって通じなかったようだが。


「さくちゃん?」


 ぴた、とジィの呪詛が止まる。


「オカーサン・・・」


 母は、ほろほろ涙を流していた。震える両手でそおっとジィをすくい持ち、胸に抱く。


「会いたかったよ・・・」


『・・・・・』


 咲良は目を閉じて、母に抱かれていた。その母の背中を父が労り、敦は母の肩に手を置いて立つ。敦の隣には新しい家族。みんなで咲良を囲んだ。

 怒りも悲しみもない、凪いだ、緩やかな再会。

 穏やかな時間だった。




 咲良の逝去は、咲良本人と家族にそれぞれの悔恨を遺した。


 おおかたはその後過ごした時間が角を丸く削り、刺を抜いた。そしてまた新たな時間が上書きしていく。


 その残骸が、洗い流される。


 苦難は忘れない。ただ思い出が苦味より懐かしさに変わるのだ、と咲良は温かさの中で知る。






 ちなみにジィの代わりに馬場が。

 開いた両(もも)(ひじ)をついてうつむき、両手でハンカチを目に当てて静かに泣いていた。馬場は湿りやすい男だった。





 コメディうっすいなーと思った方、間違ってないと思います。

 しかしこれにて完結。

お付き合いありがとうございました。


 次話からはおまけで、不定期に2つ付ける予定です。

 

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