7 赤沢、動かない
「今だ、赤沢!」
地面を転がりながらたかしは叫んだ。敵はたかしの一撃が効いてダウン寸前だ。後は赤沢がとどめを刺せば、勝てる。ところが赤沢は動かない。剣を構えたまま、固まってしまう。
「どうしたんだよ、赤沢!」
赤沢は、動かない。マスクに覆われて表情は見えないが、何故か震えているように見える。たかしは慌てて起き上がり、斧でメンドクサーイに斬りかかろうとするが遅かった。ムダメシン、ニジヨメンがバルコニーから飛び降りてきて、たかしたちに攻撃を仕掛けてきたのだ。
ムダメシンの長い鼻から無数の氷塊が放たれ、たかしたちは吹き飛ばされる。さらにニジヨメンが指を鳴らすと、突然たかしたちの周囲で大爆発が起こった。熱と爆風に晒され、たかしたちは次々と倒れる。
「クソっ……!」
たかしたちは何とか立ち上がるが、フラフラである。メンドクサーイもよろけているがムダメシン、ニジヨメンはほぼ無傷で健在。はっきり言って勝ち目はない。
「ナマポン、何か秘密兵器とかないのか!?」
たかしはナマポンに呼びかける。ナマポンは教えてくれた。
「皆さんの固有武器は合体させることができますよォォォォォ!」
他に方法はない。たかしが後ろを振り返ると、青松が即断した。
「それでいこう!」
「わかった!」
たかしはうなずき、青松のところに駆け寄る。白鳥も続いた。赤沢だけ若干動きが鈍い気がしたが、集合には応じる。
四人はそれぞれの武器を出した。
「「「「セットアップ! 孤独死バスター!」」」」
たかしの自主休講アックスを中心として、下部に課金無双ライフル、上部に家事手伝いアローを装着、さらに柄の方へ愛国無罪ソードを取り付けて完成だ。自主休講アックスの刃が取っ手となり、左右に青松、白鳥がついて支える。たかしは下に潜り込み、完成した孤独死バスターを肩に乗せてがっちりとホールド。
そして真後ろに立ち、引き金を握るのは赤沢だ。やはり赤沢が主人公ポジションらしい。女レッドは現実だとありえないぞ。玩具が売れないからな。だから俺を主人公にしなさい。
赤沢は引き金を引いた。
「「「「孤独死バスター、ファイア!」」」」
愛国無罪ソードの先端にプラズマの光球が形成され、発射される。が、赤沢は微妙に狙いを逸らしていた。プラズマは三体の怪人の足下に命中し、爆発とともに土煙が上がる。
「ウ、ウゴゴゴゴ……」
ムダメシンとニジヨメンは何事もなかったかのように立っていて、ボロボロになったメンドクサーイだけが呻きながら膝をついていた。メンドクサーイが盾になって他の二体を守り、かつメンドクサーイも倒しきれないという結果である。
これはやばい、とたかしは思ったが、ムダメシンもニジヨメンも動かなかった。
「我が同胞を……! ニート戦隊、許すまじ!」
ムダメシンは怒りを露わにするが、ニジヨメンが冷静な判断を下す。
「ここは一時撤退させてもらおう!」
ニジヨメンは指を鳴らした。たかしたちの前で爆発が起こる。爆煙が晴れたとき、怪人たちは姿を消していた。
誰にも見られていないことを確認して、たかしたちは変身を解除する。たかしは戦いの興奮そのままに赤沢へと突っかかっていった。
「何やってんだよ、赤沢! おまえがちゃんとやれば、勝ってたんじゃないのか?」
「……」
赤沢は顔を背けて何も答えない。腹が立ったたかしは、ますます声を荒げる。
「おい、何とか言えよ!」
赤沢に掴みかかりそうな勢いのたかしを、青松は制止した。
「黄山、その辺にしよう。初めての戦いでうまくやれないのはよくあることだろう?」
「いや、そうだけどさ……」
たかしには赤沢がうまくやれなかったというより、躊躇しているように見えた。
「だとしても、だよ。俺らは兵士でもヒーローでもない一般人なんだ。躊躇したって仕方ないだろう?」
青松は諭すように言う。「早く帰ってネトゲしたい」しか発言しなかったこの間とは、えらく態度が違う。こいつはこいつで興奮して、スイッチが切り替わっているのかもしれない。青松の言っていることは正論だ。確かに単なるニートだったたかしたちが、いきなり歴戦の勇者になれるはずがない。
白鳥も遠慮がちに言った。
「私は躊躇して当然だと思うよ。だって、マスクをつけられて無理矢理怪人にさせられた人がかわいそうじゃない。ナマポン、何とかならないのかなぁ?」
「無理ですねェ。マスクをつけられた時点で死んでますからァァァァァ!」
ナマポンは即答し、白鳥はがっくりと肩を落とす。
「私たち、救えなかったんだね……」
マンションに引き籠もっていたと思われる少年は、怪人に変えられて死んだ。今さらどうしようもない。マスクはまだ残っているのだ。次の犠牲者が出る前に、怪人たちを全滅させるのがたかしたちの仕事になる。
「俺もどうかしてたみたいだ。悪かった、赤沢」
「……」
たかしは赤沢に謝るが、赤沢は沈黙を保つ。
「ここを離れよう。警察が来たら面倒だ」
青松の言葉に従い、たかしたちは白鳥の車に乗り込んで現場を離れた。
「誤通報を流してこちらに来るのを邪魔していたのですが、限界のようですねェ」
ナマポンはのんびり言った。たかしたちと入れ違いにサイレンを鳴らしながら現場へ向かうパトカーの群れが見えた。赤沢は終始無言だった。