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33 たかしの使命

 たかしと赤沢は、たかしの部屋に飛び込み、しっかり施錠する。この汚い部屋に赤沢をあがらせるのには抵抗があったが、そんなことを言ってる場合ではない。たかしは自分のベッドに腰掛けて、天井を見上げる。


「青松が言ってたのはこういうことだったのか……。ハハッ、俺の家族が、怪人だったなんてな……」


 今さら、駅で戦ったときに青松が突然戦えなくなった理由がわかった。きっと青松は知り合いに遭遇していたのだ。そういえば青松の先輩が行方不明になっているという話を会社から聞いていた。


 ババアも現実妹もたかしにとってどうでもいい存在なはずなのに、なぜだか涙が止まらない。たかしは嗚咽を漏らして泣いた。


 どうしてこんなことになったのだろう。たかしがちゃんとがんばって大学を卒業して、就職していればよかったのか? そして父さんのように、過労で死んでしまうほどに身を粉にして家族のために働いていればよかったのか? 後悔先に立たず。今さら、どうしようもない。


「黄山……」


 赤沢は心配そうにたかしを見上げる。その顔を見て、たかしは幾分か落ち着きを取り戻した。気付いてしまったのだ。赤沢がもう、部外者でしかないということに。たかしは震える声で赤沢に告げた。


「……あいつらは俺が責任を持って始末する」


「黄山、早まるな。私が戦う」


 赤沢はそう言うが、たかしは激しく首を振る。


「……俺の責任なんだ。俺がまともだったら、母さんも、ジュンも、こんなことにはならなかった……」


 たかしの浪費がなければ、テレビ局とやらの怪しい勧誘にそもそも引っかかることがなかっただろう。身から出た錆だった。ニート撲滅マスクをつけられた時点で、母もジュンも死んでいる。たかしが決着を着けなければなるまい。


「だから、おまえはもう降りろ。後は俺がやる」


 これ以上、赤沢を巻き込むわけにはいかない。赤沢は関係ないのだ。


 しかし赤沢は、あくまで戦うことにこだわり続ける。少しうつむき加減で、赤沢は語る。


「……最初にナマポンの話を受けたのは私なのだ。最初は、私一人が戦う予定だった。でも、ナマポンが仲間を集めた方がいいと言い出して……。あのとき、私が最初の決意のとおり、一人で戦うことを貫いていれば、黄山を巻き込むことはなかった……」


 その場合は〈無職大将軍〉を動かせないので話にならない。第一、等身大の怪人に赤沢一人で勝てるかさえ怪しい。ナマポンは現実的な判断をしただけだ。たかしたちの参戦に関しては、赤沢に責任はない。


 それでも、赤沢の決意は固いようだった。


「……死ぬのは一人で充分なのだ。死ぬのは、未来がない私だけでいい」


 赤沢はポケットから一枚の紙切れを取り出し、たかしに見せる。たかしは紙切れを開いて、ため息をついた。


「……こんなの関係ないだろうが」


 赤沢が出してきたのは模試の結果である。志望校の欄には東大をはじめとした難関大学の名が並び、当然のようにE判定ばかりだった。偏差値は50ちょっと。四浪の浪人生の成績としては確かに絶望的だ。東大はもちろん、たかしの通っている大学にも受からないだろう。仮に東大に出願したら、足切りされて二次試験を受けることさえできないに違いない。


「関係なくない……! 勉強すればするほど、成績が落ちていくのだ……。私には、これしかなかったはずなのに……。私は、生きている資格がない。未来がないから」


 赤沢は暗い顔で語る。たかしは赤沢の前で、模試の結果をビリビリに破いた。


「関係ねえよ。東大じゃなくても、どっか他の大学でやりたいことやればいいだろ」


 大学の名前だけで人生が決まるわけではない。今さらながら、たかしは母との最後の会話を思い出した。高校時代までたかしより成績が悪かった地元の同級生たちは、現在社会人として立派に働いている。


 一方、たかしは今やキング・オブ・ニートだ。家族は死に、この戦いで生き残ったとしても大学は辞めるしかない。留年の末中退した男など、どこの会社が採用するのだ。そもそも囓るすねがなくなってしまった今、仕事が決まるまで食いつなげるかも怪しい。青松の一件でわかったが、生活保護も厳しいし。全く夢も希望もなかった。ああ、どうしてこんなに差がついてしまったのだろう。どこで間違えたのだろう。


 赤沢はまだやり直しがきく。凄まじい多浪であるが、大学を卒業することは可能だ。高望みしなければ就職先は見つかるだろうし、女なので結婚という手もある。何より、自立できるまで親が面倒を見てくれる。


「……俺はもう、ゲームオーバーなんだよ。誰にも頼れないし……何もできない。やりたいこともない。俺に残ってるのはこの時計と、家族を始末しなきゃならないっていう使命だけだ。頼むから、俺の生きる意味を奪わないでくれ」


 死ぬのは怖いが、理性が死ぬしかないと告げていた。たかしが死んで、赤沢が生き残る。これがどう考えてもベストだ。


 けれども、赤沢はたかしの説得に応じない。赤沢はゆっくりと首を振る。


「……そういうことなら、私はなおさら降りられない。私だって何もできないし、何もやりたいことがない。居場所だってない。ただ、私はヒーローになりたかった……。生きている意味が欲しかった……」


 赤沢は泣きながら、笑っていた。ようやく同志を見つけた。そんな表情だ。


「……」


 おまえのヒーローごっこに付き合っている場合じゃない。そう言って突き放すべきだ。でもたかしは何も言えなかった。なぜなら、たかしも同じだったからである。


「私たちは同じだったのだな……。私にも、黄山にも未来はない……」


 赤沢は感激しているようだった。バカ二人の思考回路が同じだったというだけの話なのに。


「……おまえには帰る場所があるだろ。家族を大切にしろよ」


 たかしはようやく声を絞り出し、それだけを言った。「おまえが言うな」。誰かが言った気がした。

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