31 赤沢の事情
最後にたかしは、赤沢の部屋に案内された。本棚に整然と専門書が並ぶ一方で、タンスの上には雑然とぬいぐるみやらアクセサリー入れやらの女の子らしいグッズが埃をかぶったまま放り出されている。主の性格をよく表した部屋だった。
「少し待っていてくれ」
赤沢はいったん部屋を出る。たかしはぼんやりと部屋の中を見回し、ベッドの脇に置かれた薬箱に目をやる。なんとなくたかしは薬箱を覗き込み、顔を引きつらせた。
「ハルシオン……? おいおい、これって……」
ハルシオンは精神科などで処方される、非常に強力な睡眠薬だ。依存症の危険もあり、使い方を間違えれば大変なことになる。家族が心配するわけである。
こんなものに頼らなければならないほど、赤沢は追い詰められていたのだ。たかしはもっと赤沢をいたわるべきだったのかもしれない。そうはいっても、たかしにだってそんな余裕はなかったのだけど。
たかしがハルシオンを手に固まっていると、部屋のドアが開いて赤沢が入ってきた。
「待たせたな」
「うわああああっ!」
たかしはハルシオンが入ったアルミシートを握ったまま飛び上がる。
「? どうしたのだ?」
「いや、何でもないんだ」
たかしはズボンのポケットにハルシオンのアルミシートを突っ込んでから赤沢の方に振り向く。赤沢は一冊の本を大事そうに抱えていた。
「前に言っていただろう? 吉田先生にサインをもらってほしいと。この本を黄山に預ける」
赤沢は本をたかしに渡す。たかしは受け取った。
「わかった。明日にでもサインもらって、返すよ」
たかしはそう言ったが、赤沢は首を振った。
「いや……。しばらく黄山が持っていてくれ」
「どうしてだ? 別にそんな時間は掛からないぞ」
赤沢は寂しげな笑みを浮かべる。
「私は怖いのだ。その本が戻ってきたら、私も黄山も死んでしまう気がして……」
たかしと赤沢のつながりは左手の時計だけ、つまりニート戦隊であることだけだ。でも本のやりとりをしていれば、本がたかしと赤沢のつながりになる。だから、少しの間たかしが本を持っていてほしい。
「わかった。預かっておく。……まだ戦って死のうと思ってるのか?」
「ああ。私にはそれしかないから。でも死ぬのが怖い……」
赤沢は正直な心情を吐露する。たかしは努めて優しい声で言った。
「あんないい親御さんがいるんだ。泣かせるようなことをしちゃ、だめだ」
自分で言ってて虚しい。一番親を泣かせているのは誰だ。
「そうだな……。お父さんもお母さんもお姉ちゃんも、私にはもったいないくらいなのだ……」
赤沢の両親も姉も、大病院に勤める医者だ。全員、名門大学の医学部をストレートで卒業している。浪人も留年もしていない。赤沢だけが成績やコミュニケーション能力で高校の時点で医者になるのを断念した。
「私が一番下なのは仕方ない……。でも、胸を張ってお父さん、お母さん、お姉ちゃんと一緒にいられる存在になりたかった……」
そんな劣等感に苛まれる必要はない。同じように両親が医者だった白鳥は、そんな劣等感を欠片も持っていなかったではないか。白鳥がそうしていたように、やりたいことをやればいい。
たかしはそう言ってやりたかったが、できなかった。たかしも同じなのだ。つまらない劣等感から名前だけで大学を決めて落ちこぼれ、社会で通用しないことを恐れて就活しない。凄い人間になりたいという薄っぺらい理由でラノベ作家を目指して、やっぱり何もしない。たかしは赤沢に何か言う資格はないだろう。
赤沢は少し寂しげな表情を浮かべたまま、たかしに尋ねる。
「黄山、今夜は泊まっていくか?」
たかしは即答した。
「いや、遠慮しておく」




