↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
食の日々  作者: 山田 弘
PR
58/97

全国編・茨城県①-常陸牛-

食べるという行為は、生きることとほとんど同じ意味を持つ。

だが「生きるために食べる」だけでは、何かが足りない。

時に、人は食べることで世界を味わい、心を取り戻す。

一皿の料理の中に、季節や土地や人の記憶が詰まっている。


この物語は、そんな“食べること”に人生をかけた男の話である。

名前は——西川内剛。(にしかわうち たけし)


彼にとって料理とは、戦いであり、祈りであり、そして表現だ。

街で香りを嗅げば走り出し、味を想像すれば鍋を振る。

食べたいと思えば、その瞬間からもう料理は始まっている。

彼の休日は、誰よりも熱く、誰よりも美味しい。


その一皿が、彼にとっての人生そのものだから。

晴れた休日の午前。

街は穏やかに輝き、青空の下で人の流れがゆるやかに動いている。


俺、西川内剛は、今週もまた一週間ぶりの自由を手に入れた。


一晩中走って、今は茨城の海沿いの町にいる。

潮の香りと土の匂いが混じるこの土地は、どこか「生きてる」感じがする。

潮風に少し冷たさが混じっていて、それが腹の底を刺激した。


「さぁ、今日は何を食べようか。」


つぶやきながら歩いていると、不意に、風に乗って香ばしい匂いが流れてきた。

鉄板の上で焼ける肉の匂い。

脂が焦げる瞬間のあの“音”すら、遠くから聞こえてくる気がした。


「……この匂いは、間違いない。」


体が勝手に動き出す。

通りの角を曲がると、小さな精肉店の前に「常陸牛」と書かれた看板があった。

ガラス越しに見えるサシの入った赤身。

目が合った瞬間、もう買うしかなかった。


スーパーで塩、こしょう、にんにく、そして少しの赤ワインを買い足す。

戦いの準備は整った。


宿に戻ると、窓の外は明るい。

遠くに広がる畑と風車が、ゆっくりと回っている。

そんな中、俺はまな板の上に分厚い肉を置いた。


包丁の刃が肉の繊維を断つ音。

その瞬間、空気が変わる。

にんにくを潰し、フライパンを熱する。

オイルが音を立てた瞬間、肉を投入。


——ジュワッ。


音が部屋を満たした。

香りが一気に広がる。

常陸牛の脂は重くない。

まるで甘く、草の香りを残すように鼻をくすぐる。


「ッス……いただきます。」


ナイフを入れ、ひと口。

外はこんがり、中は柔らかく、肉汁が溢れる。

噛むたびに、旨味が溶けていく。

ワインの酸味がそれを包み、後から黒胡椒の刺激が追いかける。


「うまい……!」


思わず声が漏れた。

肉が熱の中で完璧に仕上がったこの瞬間、

時間の感覚が消える。


窓の外では風が畑を渡り、陽光が斜めに差し込む。

その光が、皿の上の肉を照らしていた。


食べ終わる頃には、胸の奥まで満たされていた。

腹の満足だけじゃない。

生きてる、という感覚。

噛みしめるたびに、それを思い出す。


「ッス……ご馳走様でした。」


皿を洗いながら、潮の匂いをもう一度吸い込む。

あの風の匂いが、次の旅の匂いと混ざっていく。


——さぁ、次は何を食べようか。

閲覧ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。