第八話 宝箱が欲しかったの
「ここは?」
見た感じは物置程度の大きさしかない小屋。木で建てられた馬小屋と言われても納得する大きさしかない建物。しかし庶民からすれば十分な広さがある家。その室内を魔導灯の光で満たします。
「この島での私の住処よ」
「ここが?」
ラディウス様は小さな小屋の中を物珍しそうに視線を巡らせている。
「この家の住人は?」
「居ないわ。毎日掃除はしているとは聞いているわね」
そもそも私一人が住むためだけに作られた建物なので、そこまで大きくなく、キッチンとダイニングと居間が一つの部屋であり、後は水回りと寝室に部屋が分かれているぐらいです。
私はコンロに火を入れ、湯を沸かします。
「管理人は男」
「気になるのはそこですか。直ぐに来るわよ。適当に座っていてください」
この島は中央に山があり、海から島の中央に向かうほど、標高が高くなっています。この場所は少し高い丘の上というところです。
その場所には小さな集落があり、この島の住人たちが住んでいるのです。
ですから、私の家に光が灯れば、管理人は目ざとくやってくるでしょう。
時間的にはまだ日か沈んで数時間というぐらいと思われますから、まだ休んではいないと思われます。
「アンリローゼはここで何をしようとしているのです?」
「あら? 私は子供の頃に言ったはずよ」
「詳しくは教えていただけませんでしたよ」
「別に王族という身分を捨て去って好きなことをしたいとしか思っていませんわ」
「それにしては、島を買って集落を作るとはやり過ぎのように思いましてね」
「あら? 集落を私が作ったと言っているのですか?」
「少し時間を戻せばここはただの森です」
……過去を見る目を持つラディウス様に適当に言い繕うのは無駄なことでした。
お湯が沸きましたので、ポットの中に島で作った茶葉を入れて湯を注ぎます。爽やかな香りが鼻をかすめました。
帝国では香り高い茶葉が好まれますが、私としましては、聖王国で飲まれる爽やかな香りがするこの茶葉が好みです。
そして貴族、ましてや王族に出すには憚られるマグカップにお茶を注ぎ、それをラディウス様に出しました。
「そうですわね。きっかけは宝箱が欲しかったのです」
「宝箱?」
ラディウス様の向かい側に座ってマグカップに入ったお茶を飲みながら、部屋の中を見渡します。この居間と言っていい空間の壁の殆どが飾り棚に占められていました。ただの格子状の棚とも言えますが、木や紙で作られた小箱がその棚に収められているのです。
そして立ち上がって近くにある棚の小箱を持ってきて、テーブルの上に置きました。
紙で作られた箱の蓋を取り外します。
その中には色とりどりのリボンが入っていました。
「これ、プレゼントの箱に結んであったリボンです」
ただの何も変哲のないリボン。しかし王族の私に贈られる物は、プレゼントを包むものですら拘ったものが多いのです。
「これ金糸を使ったキラキラして綺麗だと気に入っているのです。こっちは刺繍が可愛いのです。それからこれは……」
「私が贈った物につけられていたリボンですね。このようなものまで取っておいてくれたなんて、私はアンリローゼに愛されていますね」
……そこに愛とかなんとかは関係ありません。私の手には黒いリボンに赤と金で刺繍がしてあるリボンがあります。
そしてこれは皇帝陛下から贈られてきた新年の祝賀パーティーに着るドレスと装飾品が入った箱を結っていたリボンなのです。
「違います。私が気に入るかどうかです」
「知っていましたよ。アンリローゼが気に入った物をこっそり持ち去っていることを。もう、なんて可愛らしいのだろうと一人悶えていましたね」
うるさいですわよ。
「アンリローゼに贈る物は贈り物もそうですが、細かなところにも気を使っていたのですよ。しかし、黒いドレスを着たアンリローゼはとても美しかった。そのとき何故隣にいるのが、私ではないのだろうと嫉妬しましたね」
ご自分で画策しておいて、何を言っているのです。
そして新年の祝賀パーティーのドレスは黒いドレスに金糸で刺繍をしたもので、装飾品が煌めく赤い宝石でまとめられたのです。
それは良くも悪くも悪目立ちをしました。
メリーエディラ妃の懐妊発表を喰ってしまうほどでした。それほど高魔力の赤い魔石は人目を引いたのです。
「そうですか。確かに最初は何も思いませんでしたが、ここ一年ほどは気になる物が多くなりましたわね」
このことにより、少数部族との小競り合いの糸口として、デライラ族の族長の娘を側妃として迎え、織物を皇都で取引しようという話を引き出せたのです。
「愛しいアンリローゼのためならそれぐらい大したことではないですよ。それでこのリボンがどうしたのですか?」
いつもと変わらないラディウス様の言葉に苦笑いが浮かびました。普通はプレゼントを包むものまで、贈る本人が気を使うものではないと思います。
そして私はリボンが入った箱に視線を落としました。
「ゴミです」
「え?」
「これはゴミなんです。第一王女とあろう者が、聖女とあろう者が、このようなゴミをいつまで持っているのか。そう言われたのです」
本当に大事にすべき物は贈られた本であったり、ぬいぐるみであり、包み紙やリボンはゴミ。頭では理解しています。
「でも、綺麗ではないですか。可愛いではないですか。でも、でも、隠し持っていてもいつの間にか捨てられているのです。第一王女には不要だと言って。だから宝箱が欲しいと思ったのです。簡単に捨てることができない宝箱。この島が私の宝箱なのですよ」
私にとって大切な物は全てここにあるのです。だから聖女の役でしょうが、王女の役でしょうが、いくらでも演じて差し上げましょう。
私は笑顔を浮かべて視線を上げます。
あら? 目の前にいたはずのラディウス様の姿がありません。
「アンリローゼにそのようなことを言った者は誰です?」
すぐ隣でラディウス様の声がして視線を向けると金髪ですのに、瞳が赤いラディウス様が隣に立っていました。
色変えの術が半分解けていますよ。
「ラディウス様。瞳が赤くなっていますよ?」
「誰だ」
「はぁ。もうこの世にはいません」