第九話 聖王は神の声を持つ者
「この世には居ないということは、聖王国の国王が?」
「いいえ、お父様はそういうことには手をくだしません」
お父様の信じるものが罰を命じなければ、お父様は動きません。そう聖王国が崇め奉るルスヴュート神の神言のみが王を動かすのです。
「殺したのは私ですわ」
私は笑みを浮かべたままの表情で言う。
「ふふふ。子供だった私は悲しくて悔しくて怒っていた。だから……」
だから言ってしまった。
「不要なのは貴女よって言ったのよ。それが私の力を使った最初。そのあと、その侍女は部屋の窓から飛び降りたの」
最初は意味がわからなかったわ。でもその場に居た者が私の能力を知っていた。
「それから私は、わがまま第一王女になったのですわ。おかげで色々好き勝手に動けるようになりましたわ」
そして私は周りに誰も近づかないように、嫌われ王女になったのです。口うるさく文句をいい。癇癪を起こす子供。
そうすれば、私の周りには最低限の者しかおらず、ふとした瞬間に力を使ってしまっても、被害は最小に抑えられるのです。
「アンリローゼが健気で優しいのはこの身をもって知っておりますよ。それに周りに人がいるのを嫌っている風だったのは、アンリローゼの優しさだったのですね。しかし、お陰で私はアンリローゼを独り占めして堪能できる時間を得ることができたのです」
赤色から碧眼に色を変えたラディウス様が、私の右手をとって、指先に口づけをしてきました。
さっきからいらないことを言っていませんか? 健気で優しいなど、私のどこを見てそんな言葉がでてきたのです?
その時、外に繋がる扉が勢いよく開け放たれました。
「姫様。何かあったのでございますか!」
慌てたように入ってきたのは、筋肉だるま……身体をよく鍛えた白髪の老人です。
「何もないわ」
「アンリローゼ。もしかしてこの方は……」
ラディウス様は、お会いしたことがあるので直ぐに気がついたようですわね。
「シャルレーン聖王国の元教皇オールディルですわ」
シャルレーン聖王国のややこしいところは、国王と教皇が存在しているところです。それにはもちろん理由があるのですが……
「姫様、こちらの方は? なにやら記憶にあるような気配を放っておりますが?」
さて、元教皇にどう説明をすればよろしいのでしょうか。すると、黒髪の赤目に戻ったラディウス様がオールディルの前に出ていきます。
「久しぶりと言った方がいいのか? オールディル猊下」
「これはこれは皇帝クロード・フェルラール陛下。吾輩は今は隠居ジジイですので、猊下など仰々しい呼び名など不要。そうですなぁ。修道士オールディルとお呼びください」
「戦士オールディルの方があっていると思いますわ」
自分のことをジジイと自称しているほど年老いているにも関わらず、未だに己の肉体を鍛え続けている老人は修道士というより戦士という言葉がしっくりときます。
「アンリローゼ。その昔厄災の獣王を討伐した英雄御一行の修道士オールディルは有名だぞ」
英雄御一行。その言葉がただの平民の者を教皇にまで押し上げたと言っていいのです。
「それで、修道士オールディルは何故ここに?」
「姫様が帝国に嫁がれてしまわれましたからのぅ。聖王には別の形でお仕えしようと思いましてな」
『王の天声』のことを知っていた人物。それが教皇オールディルでした。そして、聖王という存在が曲者なのです。
シャルレーン聖王国の祖は神の声を持つ者でした。全ての者が彼の言葉に従い、魅了されたと。それがルスヴュート聖王。後に神格化され崇める神となった人神です。
そのルスヴュートが持っている能力が『王の天声』だったと言われています。
そしてオールディルが聖王と言っているのは私のことで、言葉だけで人を意のままに操ったところを見てしまったオールディルは、私を聖王と呼ぶようになってしまったということなのです。
ということは父であるシャルレーン聖王国の国王は人神の声を聞ける存在となってしまいますが、そんなことは全くありません。元々神の声を聞く存在は神官であり、教皇の下の者になります。
国を統治する国王。神の声を民に届ける教皇。聖王を崇め奉る聖王国には二人の王が存在しているのです。
「今の吾輩のやるべきことは島の開拓ですからのぅ。この島の守り人とも言い換えられますかのぅ」
「別に強制をしているわけじゃないわ。島の管理は別の者に頼んでいるもの」
隠居した老人を強制労働させているようだけど、オールディルは好き好んで島の開拓に勤しんでいる。
元々平民の冒険者という身分だった者です。神殿という場所より自然豊かなこの地の方が性が合っていると言えるのでしょう。
「それから、こっちはもう夜遅いのでしょう? 早く休むといいわ」
「姫様。侍女が必要でしたら用意をしましょう。それとも料理人を連れてきましょうか?護衛は如何いたしましょう」
「はぁ、必要ないことぐらい知っているでしょ? そのうち、ここで暮らせるように一人で全部できるようにしたのですから」
私が料理を趣味にしている理由も侍女が居なくても着替えられる理由も全ては、この地で何れ暮らすためなのです。
私の宝が詰まった宝島で余生を暮らす。なんと魅力的なのでしょう。
「オールディル。今日は……そうね。皇妃を降ろされた報告にきたのよ」
すると筋肉だるまといっていいオールディルの身体から殺気が放たれ、ラディウス様にぶつけられました。
「我が仕えし主上の何が不服と申されるか!」
……あっ。説明の仕方を間違えましたわ。
すると、今まで黒髪の皇帝の姿だったラディウス様が、金髪のグラヴァート卿の姿になりました。
「仕える主という点では、同じですね。改めまして、私はアンリローゼ様の護衛兼夫であるラディウス・グラヴァートと申します。修道士オールディル。今後ともよろしくお願いします」
人の良さそうな笑顔で言うラディウス様。先程まで皇帝としての威圧はどこに消えたのかと疑ってしまうほど、別人になっています。流石三年間も私を騙し続け護衛と言っていただけはあります。
「ふむ。姫様、何やら新しい遊びでも始めましたのですかのぅ?」
遊びと思われてしまいました。私が子供の頃から、なにかと姿を変えて色々なところに出入りしていることを知っているオールディルにとっては、私の遊びの延長だと思われても仕方がないところがありますね。
「陛下は、私の見る未来を見たいそうなのですよ」
「おや? この地で自由気ままに暮らしたいという夢に誘われたと?」
「先にアスタベーラの地で伯爵夫人をしなければなりませんが」
私の宝箱がここにある。それが大事なのです。
「アンリローゼ! それは、五年間のバカンスはなしということでいいですよね」
先程までオールディルの前にいたラディウス様がいつの間にか、私の側に来て、両手を握ってきました。
「それはそれ、これはこれです」




