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第四話 皇都での襲撃

 翌朝、私は見送りがほぼ無いなか、馬車に乗って皇城を出立しました。

 行き先は南の辺境の地、アスタベーラ。最近、反乱が起きて沈静させたところになります。いわゆる、属国が反乱を起こして王族を皆殺しにしたから、帝国から統治者を送り込むという(てい)で、グラヴァート卿が行くのです。

 まぁ、他の属国に対する牽制ですわね。帝国に歯向かうとこうなるぞという見せしめです。


 皇帝とは書面で謝罪の言葉をいただきましたが、そんなものは直ぐにゴミ箱に捨てました。

 今更なにをほざいていやがるのです。


 その中でメリーエディラ妃は女妾と降格されることと、第三側妃のカトリーヌ様が皇妃になることが決まったと書かれていましたが、あの迂愚の皇帝にしては判断が早かったですわね。

 恐らく宰相閣下の采配でしょう。


 私の肩書はシャルレーン聖王国の第一王女。第百二十一代聖女アンリローゼという仰々しい名をもって帝国に嫁いできたのです。


 私を示す噂は最悪でしたが、肩書だけは立派なものなのです。

 その皇妃となった私を降嫁させておきながら、次の皇妃がまさか毒を堂々と晩餐の食事に混ぜ込んでいたとなるのです。そうなると、私の降嫁は何だったのだという話になりますので、メリーエディラ妃を女妾として表には出さないという形をとって口を噤ませた。

 帝国の闇が見えますわ。


 まぁ、今の私には関係がないことです。そう、今は私の作戦勝ちかどうかの命運がかかっているのです。


 馬車の中には同乗者として侍女がつけられるのが普通なのですが、私は頑としてことわり、よっぽどのことがない限り、話しかけないように言いつけているのです。

 だから、今は誰もおらず、馬車内のカーテンを全部引き、外からは中が確認できないようにしているのです。


 そして、今着ている旅用のゆったりとしたドレスを脱いで、馬車で寝たいからと事前に用意させていた毛布に着せます。そして馬車の中には不釣り合いなつばの広い帽子。

 それから青い宝石を首飾りに見えるように設置します。


 私は反対側の座席に座って観察。完璧です。毛布は寸胴ですが、もともとゆったりとしたドレスなので気になるほどではありません。


 これでカーテンの隙間から中が見えたとしても大丈夫でしょう。


 私は空間に手を入れて、少し裕福な商人の妻というぐらいの服装を取り出します。この空間は空間自体に収納力を持たせて、ものをしまっておく、亜空間収納という魔法です。

 なかなか便利なものですが、使えるものはほんのひと握りの者しかいないでしょう。そもそも空間魔法を使える者が少ないのです。


 そして古びた外套を取り出して纏えば、ちょっと身なりはいいですが、旅になれた者という感じになるのです。

 このチグハグな状態はなにかですって? 庶民は私のような綺麗な手はしていませんし、髪にツヤもありません。そうなると変な輩に絡まれますから面倒ではありませんか。ですから、一人で旅をしなれている風にすると、それなりに腕が立つ者と勝手に思って警戒してくれるのです。


 最後の仕上げとして、髪を赤茶色に、瞳を榛色に変えます。色を変えるだけでも人の印象は変わるものです。

 私のピンクゴールドの髪の色は目立ってしまいますからね。情報操作として、色替えは基本ですわ。


 さて、そろそろこの辺りで私は消え去りましょう。

 グラヴァート卿。ごきげんよう。


 私は下街の中心部にほど近い場所を馬車が通り抜けようとしたところで、私の影に潜りました。


 これは影から影に移動することができる闇魔法。便利なのは便利なのですが、出口に困るのが難点なのです。人が立っている場所に出ると問題ですし、他人がいる室内に突然出てしまって泥棒扱いされても困りますからね。


 ですから私は朝の時間にできる建物の壁の影から出るのです。北側の壁から出て地面に降り立ちました。


 そして、フードを深く被って足早に目的地に向かいます。その背後には豪華な馬車が護衛の騎士に囲まれて移動していました。

 ふふふ、まさか移動している馬車から逃亡するとは思わないでしょう。








 皇族が乗るような綺羅びやかな馬車が皇都を出ようとしたところで、トラブルが発生していた。 


 なんと皇都を出るために通らなくてはならない門の手前で、荷崩れを起こし横倒しになっている荷馬車がいて通れなくなっていたのだ。


 だが、これはおかしなこと。事前に一般の馬車の通行をさせないように通達がされていたはずだ。その場所に荷馬車があること自体が問題だった。


「はぁ。普通、皇都内で問題を起こそうとしますか?」

「グラヴァート伯爵様。いかが致しましょう」


 鎧をまとった者からグラヴァート伯爵と呼ばれた金髪碧眼の青年がため息を吐きながら、周りに視線を向けている。


 綺羅びやかな馬車を囲うように剣や槍など武器を持った者たちがいるのだ。

 その姿は、荒くれ者という感じだった。普通の常識を持っていれば、皇都内で問題を起こそうとは思わないだろう。何故なら、皇都内では常に警邏隊が巡回しており、皇都の治安維持に務めているからだ。


 それはグラヴァート伯爵もため息を吐きたくなるものだ。常識を持つものなら、皇都を出たところで襲えばいいと。


 グラヴァート伯爵は馬車の近くに行き、窓をコツコツコツと叩いた。


「アンリローゼ様。少々問題が……」

『うるさいわよ! 私は声を掛けないでって言ったわ!』


 馬車の中からグラヴァート伯爵の声を遮るような女性の声が聞こえてきた。その言葉にいつも通りだと苦笑いを浮かべるグラヴァート伯爵。


「愛しい妻の機嫌が悪いので、さっさと始末してしまいなさい」


 グラヴァート伯爵の言葉に、周りにいた鎧をまとった護衛たちが剣を抜く。そしていつもは活気にあふれた皇都の下街が物々しい雰囲気に包まれ、そして金属の甲高い音に怒声、悲鳴、叫声が響き渡った。


 ただ一人戦闘に加わっていないグラヴァート伯爵は何かが気になるのか、若しくは何かを探しているのか、辺りに視線を巡らせている。


 そして三十人はいたであろう荒くれ者たちを取り押さえたところで、倒れていた荷馬車が爆発し、荷馬車の中から飛び出してきたものが、グラヴァート伯爵夫人が乗っていると思われる馬車に向かって行った。だが、その手前で全てが弾かれ火の粉のように消え去っていく。


「流石、アンリローゼ様の聖結界。これぐらいでは、子供だまし同然ですね」


 聖結界。それは聖属性に守られた空間であり、中の者は外部からの攻撃から守られるだけでなく、治癒、状態異常からの回復までもされるという、かなり高位な結界だ。だが、その聖結界にも弱点はある。


 グラヴァート伯爵は剣を抜き、一刃にて切り裂くのは闇を纏った矢。そして、何も手にしていない左手を、矢が飛んで来たほうに振るった。


 すると遠くの方から爆炎が立ち上り、建物の屋根の上から何かが落ちていくのが見える。


「確かに、闇魔法で不意打ちを狙うのであれば、皇都内の方が良かったということですか。しかし、私を低評価したのが敗因ですよ。サイザール公爵」


 そう、普通であれば、目視できない範囲の直接攻撃はできない。だが、グラヴァート伯爵は飛んできた闇の矢の方向から、術の施行者の位置を割り出して、直接術者を破壊した。

 攻撃ではなく内側からの破壊。それは誰も逃れる(すべ)がない人が持つ魔核への直接攻撃だった。


「アンリローゼ様。ことは無事に終わりましたので、もうしばら……」

『何度言わせればいいの! うるさいわよ!』

「……これは、もしかして」


 何か不穏な空気を感じ取ったグラヴァート伯爵は、中にいる人物に確認をとることもなく、馬車の扉を強引に開けた。


 その中にはドレスを着た毛布があるのみ。それ以外に人影はなかった。


『なに勝手に開けているの? 私は開けていいとは言っていないわ』


 そのドレスを着た毛布から、扉を開けたことへの不満が出てきている。いや、正確には胸と思しきところにある青い石からだ。


「あの方は、どうしてこういつも!」


 グラヴァート伯爵は誰も馬車の中にいないことに怒りを露わにしているのかと思えば、何故か笑みを浮かべていた。それも怖いほど綺麗な笑みだ。


『グラヴァート卿。一年か二年ほどふらふらしてきますから、アスタベーラのことはよろしくお願いいたしますわ。それではごきげんよう』


 青い石、それが最後の伝言と言わんばかりにボロボロと崩れ去った。


「くくくくっ……一年、二年だと?」


 突然、笑い出したかと思えば、人が変わったかのような言葉を放ち、鋭い眼光で周りで動き回っている護衛たちを見渡している。


「ノーイス」

「お呼びでしょうかグラヴァート……閣下……申し訳ございません! 我々は何か問題を起こしてしまいましたか?」


 自分たちの仕える主の機嫌が最高潮に悪いことを悟った護衛のノーイスは、自分たちのミスを謝罪した。だが、心当たりがなく、グラヴァート伯爵に確認をする。

 そのことにグラヴァート伯爵は先程の雰囲気に戻り、笑みを浮かべた。


「いいえ。いつも通り散歩に行って来ますので、あなた達はこのまま何事も無かったようにアスタベーラに向かいなさい」

「ひっ!……まさかのいつもの……はい。かしこまりました」


 何かを悟った護衛は、騒ぎを駆けつけた警邏と共に門を塞いでいる荷馬車の残骸の撤去をし、誰も乗っていない馬車と共に皇都を後にした。


 そしてグラヴァート伯爵は、通って来た道を騎獣に乗りながら戻り、辺りを見渡している。その目はいつもの碧眼ではなく、赤く光を帯びていた。


 そして、一人の人物に目をつけた。その者は広い広場の中心で屋根のある場所で一人椅子に座っている老人だ。


「少々お尋ねしたいことがあるのですが?」


 グラヴァート伯爵は騎獣の上から老人を見下ろすように言う。問いかけているものの、その声には否定することは許さないという威圧感があった。


「な……なんでございましょう」


 老人は高貴な者であると瞬時に判断し、座っていた椅子から立ち上がり、低姿勢になった。


「先程なのですが、この辺りに貴族の女性か若しくは身なりがいい女性は来ませんでしたか?」

「え……いやぁ……それは……」


 なんだか知っているようだが、言いにくそうな感じが老人から見受けられる。すると、グラヴァート伯爵は小さな小袋を老人の足元に落とした。その袋の口からは金色の何かが垣間見える。

 老人は慌てて拾い、中を開けるとみっちりと袋いっぱいに金貨が詰まっていた。


「女学者先生ですかのぅ」


 老人は饒舌にしゃべりだした。


「女学者先生?」

「時々、色んな薬草を採りにここの長距離馬車を利用する女学者先生で、とても金払いがいいと、我々の中では有名ですなぁ」


 金払いがいいということは、その中には口止め料が入っていたということなのだろう。だから、老人はいいどもったが、それよりも大金が目の前に降ってくれば、饒舌にもなるだろう。


「その女性はどこに向かって行ったのですか?」

「『魔の森』ですじゃ」

「『魔の森』! あんなところにお一人で!」


 グラヴァート伯爵は何故かその女学者が、探している人物だと決めつけていた。


「今日は何やら急いでおったから、個別の早馬車で行ってしまったのぅ」


 それを聞いたグラヴァート伯爵は追加の金貨を老人に渡し、そのまま騎獣を西の方向に進めた。


「いったい何を考えて、『魔の森』などに……」


 先程まで怒りを露わにしていたグラヴァート伯爵は、そのような感情は何処かに吹っ飛んでしまったかのように、騎獣の速度を上げて西に向かって行ったのだった。




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