第五話 逃亡計画は……
ふふふ。今日の晩御飯の調達もできて良かったですわ。途中で魔兎に遭遇したので、仕留めて亜空間収納に入れたのです。後で焼いて食べましょう。
人が立ち入ることを拒むほど鬱蒼と茂った森の中を私は一人で歩いて、更に深部に向かって行きます。
ここは『魔の森』と呼ばれるところです。実は皇都からとても近くて、早馬車を使えば十数分で森の入口に着いてしまうお手軽さ。
早馬車は足の早い騎獣に乗車する車を引っ張ってもらうという乗り物で、乗り心地は悪いです。しかし、運が良ければ空を飛ぶ騎獣に当たるので、かなり時間の短縮ができるのです。
今日も空を飛ぶ騎獣に連れてきてもらったので、煩わしい皇都内の雑多にまみれることなくこれたのです。しかし難点と言えば、帰りが徒歩だという点。
ですが、空間魔法が使える者には空間転移なる物があるので、戻る場所を決めておけばなにも問題なく戻れるのです。
ええ、あのグラヴァート卿の目を掻い潜ることができるのです。
まぁ、空間転移も万能では無いのが難点ですわね。
『魔の森』は薬草の宝庫。人手が入っていない分取り放題。そして、魔素が濃いため普通の人には入れない。
『魔の森』の魔物は凶暴かつ強敵だと言われていますが、聖結界を張る私には無意味。
弱い魔物は常に浄化をし続けている聖結界には近づけないのです。まぁ、近づく物もいますが、それは少数です。
その一体がやって来ましたわ。木々をなぎ倒しながら、地面を擦る音が聞こえてきます。
『魔の森』の由来。それは帝国の初代。英雄王と言われたアランカルデがこの辺りを支配していた邪龍を討伐した地と言われ、今も邪龍の死骸から魔素が溢れ出して人が近づけない大地となったというのが通説です。
ふん。実際に森の奥に入ればそんなのが全くの嘘だというのがバレバレです。森の奥にあるのは大蛇の巣。
青く深い湖を中心として点在する大蛇の巣があるのみ。恐らく皇都の水源があの湖だと私は予想しました。
水神祭に大蛇、湖に湧き水。恐らくこのあたりが関わっているのだろうと、思いましたが、もう私には関係の無いことですのでいいですわ。
そして私は私より三倍は高いところから赤い目の大蛇から見下されています。あの白い鱗。聖王国では高く売れたのですわ。本当にここは宝の宝庫。
シューシューという漏れ聞こえる音。その音を出しているモノに向かって右手を掲げ……。
……お……悪寒がいきなり私を襲ってきました。
なに? 何ですの?
この大蛇より強い魔物は、この地にはいませんわよ! 辺りを見渡しても鬱蒼と茂る木々に阻まれて、何がいるのかわかりません。
気配を探っても、なんていうかとんでもないモノが近づいてくるしかわかりません。
これは大蛇を相手にしている方が危険ですわ。
私は金色の目を大蛇に向けます。
「『私を奥地に運びなさい』」
自分より低位のモノを服従させる『王の天声』。これを使うと大抵のモノが私の言う事を聞いてしまうのです。しかしそれでは面白くありませんからね。滅多には使いません。
それに、誰にも言ってはいませんし、私以外使えることを知りません。
白い大蛇が身を低くしたので、その背に乗って、森の中を移動していきます。
ある場所まで行けばいいのです。この奥地にある崩れた洋館。恐らくここで何かの研究をしていた変態の住処。
この魔素の濃い場所で住み続けようなど、まともな神経ではないでしょう。
そこに行けば、かなり離れたところまで転移できる装置があるのです。
そう、これが私の勝算。急いでもたどり着くには徒歩で三日はかかるでしょう。しかし蛇を使えば数時間。
木々の間を縫って進んでいく大蛇。距離は離れているはずですのに、全く悪寒が収まりません。
いいえ、更に嫌な予感がじわじわと湧き出てきます。
「『急ぎなさい』」
更に命令を重ねます。
すると、ガクッと空気抵抗がかかり、流れていく景色のスピードが速くなりました。
見えた。木々の奥から朽ちた建物の残骸がみえます。
「『真っすぐ進んで廃墟で降ろしなさい』」
数分後には森に呑み込まれようとしている洋館のところにたどり着きました。そして白い大蛇の背から降りました。
「『もう良い』」
その言葉で大蛇を解放し、崩れた壁から建物の中に入って行きます。軋む木の床。壊れた窓から入ってくる魔素をまとった風。今にも崩れそうな天井。
どれをとっても、この家の主がすでにこの世に居ないことを示しています。
そして建物の中を通って出たところは、一面の白い花畑の中庭です。そして石碑が置かれており誰かの墓のようですが、その文字は風雨にさらされて読めません。
私はその石碑を過ぎ、中庭の真ん中に立ちます。
空間転移というものは安定性が難しく。近場であれば、使えるのですが、遠くとなりますと、それなりの準備が必要になってくるのです。
ここはその一つ。その昔に使われていた陣形術式を用いて、転移の安定性を上げようとしていたところ。
そう、していたということは、不完全ということ。
そこは私が補えばいいこと。そして、私がここに来た目的は、私の魔力を大量に消費しなくて済む転移陣を用いるためだったのです。
「『聖に至りて奥に達するに非ずんば世を御すること叶わず。天は空に空は天に全ては一であり、繋がるものである。南方の星堕ちる海。孤に繋がる道よ開け』」
目の前には巨大な門その中心は闇をまとい、どこに繋がっているのか不安をかき立てられる。
しかし、私は躊躇なく足を踏み入れる。
「『閉じよ』」
まだ通りきっていないけど、門を閉じる。こういう陣形を使った門は閉じるのに時間がかかるのが難点と書物で読んだことがあるので、さっさと閉じる。
視界は闇のままだけど、じゃりっと地面の感触が変わったことでホッとため息をつくいた。安堵のため息をついた瞬間。
「アンリローゼ!」
「うぇ?」
ここには居ないはずの声と捕獲されたような圧迫感。そして息を切らしたような息遣いが背後から聞こえます。
ヤバい。これはヤバいです。
そして視界から闇が取り払われ、転移門は閉じ、私の視界は黒い海と夜空に輝く星、そして明るく地上を照らす月が映り込んできました。
転移は成功です。目的地に到着し、私の逃亡計画は成功していたと言っていいはずです。
私の背後に憑いている背後霊が本物でなければです。
「どうしてここが、わかったのかしら?」
取り敢えず声を掛けましょう。本物でなければ、このまま浄化して差し上げればいいことです。流石に生身の人間の浄化はできませんからね。
「はぁ……私が何度、アンリローゼ様を見つけて連れて帰ったと思っているのです」
……本物でした! なぜ? なぜわかってしまったのですか? 魔の森など一番に行き先の候補から外すところですわよね。
それになんのために皇都で逃げ出したと思っているのです。
皇都からどこに行ったかわからないようにするためですわよ。皇都の中に遠乗り馬車の停留所がいくつあると思っているのです。八つあるのですよ。
その一つにピンポイントで南地区から西地区に行きますか?
普通は行かないでしょう。
「逃げ出すほど、私との婚姻が嫌だったのですか?」
「え? 別に嫌ではありませんよ」
王族となれば、どこに嫁ぐかなど私の意思では決められないこと。結婚相手が誰であろうと私は構わないのです。
私にとって大切なものは別にあるのですから。
「それはアンリローゼ様は私のことを愛してくれていると」
「いつも通りの反応ね」
皇妃ではなくなったので、もう突っ込むことはしませんが、どうして私にそんなことを言うのかしら?
「グラヴァート卿。ここまで来てしまっていったいどうするつもり……」
「ラディウスと呼んでください」
ん? ラディウス?
その名前はどこかで聞いたことがあるような?
『全てがつまらない』
幼い少年の声が脳内に再生されました。でも、この言葉を言ったのは……クロード・ラディウス・フェルラール皇太子殿下。……ラディウス!
私は慌てて振り返ります。捕獲されていてよくわかりませんが、黒い髪が見えるのは確か。
「クロード様?」
私の言葉に顔を上げた背後霊……グラヴァート卿の瞳は先程みた大蛇のように赤い瞳です。
黒髪に赤い瞳を持つものは、今現在お一人だけ。
「皇帝陛下……でも、声はグラヴァート卿……」
いったい何が起こっているのです!
ちょっと落ち着きましょう。
そう言えば皇帝陛下の人間性に問題がある疑惑が浮上していましたわね。お馬鹿のときと頭が切れるときと。そして、グラヴァート卿と皇帝陛下が同じ場所にいたことはほぼありません。恐らく容姿が似すぎていることを感づかれることを避けるため。
「クロード様。お遊びが過ぎるのではないのですか?」
取り敢えずカマをかけてみます。私の予想が正しければ、帝国の貴族や国民の殆どを欺いてきたということになるのです。
「アンリローゼほどではないよ」
「ちっ!」
先代の皇帝の子はただ一人。クロード・ラディウス・フェルラール第一皇子ただ一人。それ以外は全て事故死や病死で死んでしまったのです。
そして何故、クロード殿下だけ生き残ったかと言えば……
「本当に何をされているのです? 帝国を潰す気ですか? 陛下の慧眼は帝国のために使うべきではないのですか?」
赤い目。皇族の直系には必ず現れるという魔眼。人の魔力すら可視化できる瞳。だけど、クロード殿下の瞳は逸脱していた。
過去も未来も見えてしまう神眼に近いものだったのです。
そして、全てがわかってしまう世界をつまらないと感じるようになってしまった時に、私がいらないことを教えてしまったのです。
「それもいいかと」
何がいいのですか。
私は魔眼を閉じることを教え、そして別人に姿を変え、王族ではない自分で過ごしてみればと言ってしまった。
幼い私よ。あれは言ってはいけませんでした。
「どちらにしろ、帝国は衰退する。早いか遅いかの問題だ」
「はぁ。それで今、皇帝をやらされている可哀想な方はどなたです? 絶対に皇帝向きではありませんわよ」
「再従兄弟にあたる者だ。似ているからいけるだろうと」
全然駄目ですわよ。あの迂愚。
「それで、私から逃げた理由を聞いていいかな?」
「……私が個人で所有している島にバカンスに来たかっただけですわ。伝言を残していたはずですが、お聞きになりませんでしたの?」
「一年二年は長すぎる。私がどれだけアンリローゼと共に過ごすことを楽しみにしていたと思っている」
「知りませんよ。普通に皇帝をしていれば、こんな苦労をしなくても良かったのですよ」
「そのアンリローゼはアンリローゼではないだろう」
「まぁ? 意味がわからないことをおっしゃるのですね?」
「そういうところだ」
ちっ! バレているのでやりにくいですわ。
それに初めからバレていたという、私の至らなさ。
「それで理由は何だ?」
「その目を使えばおわかりになるのでは?」
「アンリローゼのことは見えないから聞いているのだ」
「あら? あら? 不便な目ですわね?」
恐らく私に『王の天声』があるので、未来も過去も見えないのでしょう。そして、それが幼いクロード殿下には新鮮だった。
だから幼いクロード殿下は私に言った。
「私の妻となるものの未来が見えては悲しいではないか」
『私の妻になって欲しい』と。
もちろんその時はバッサリと断って差し上げました。
「私の未来は私だけのものですもの、誰かに見られては、たまったものではありません」
そしてこう続きます。
「ですが、私の未来を共に歩んでくださるのであれば、見ることができますわね」
さて、私から本題を切り出しましょう。ここがNOならぶっ殺して海に沈めてしまいましょう。
「因みに、私の寝室の鍵がかかった扉を毎回壊して入って来たのは誰ですか?」
ふふふ。YESでもNOでも一発殴りたい気分ですわ。
ここまで読んでいただきまして、ありがとうございました。
*
(おまけ話)
「全てがつまらない」
「何がですの」
ここは世界会議が行われている会場の裏庭。そこに八歳ぐらいの少年と六歳ぐらいの少女が池の中を覗き込んでいた。
「世界は全てが決まっている。魚が飛び跳ねて、鳥が飛び立ち、魚を捕まえて飛び去る」
黒髪の少年は、赤い瞳を嫌そうに歪ませながら唐突に魚と鳥のことを言い出す。何のことかとピンクゴールドの髪を揺らして少女は首をかしげている。
すると少年が言ったことが目の前で起こったのだ。池から魚が飛び跳ねたと思えば鳥がその魚を咥えて飛び去った。
「ほら、全てが決まっている」
「『魚を落とすよ』」
少女は鳥に向かって言った。すると、魚を咥えた鳥は唐突に魚を落とし、木の向こう側に飛び去った。
「これも決まっていた?」
少女は金色の瞳をにこやかに細め、赤い瞳の少年を見る。
すると少年は驚いたように目を見開き、少女に向かって首を横に振った。
「きっと見えすぎるんだね。だから半分閉じちゃえばいい」
「半分閉じる?」
「うーん? 私は宝箱に鍵を掛ける感じ。これは使っては駄目と大事にしまっておくの。じゃないと皆が私のいうことを聞いちゃって面白くないもの」
面白いの基準がおかしい気もするが、少年には何か感じるようなものがあったのか、赤い目をキラキラ光らせて少女を見ている。
「凄い! 見えない! 君の未来も過去も見えない!」
そして少年は少女の手をとって言った。
「私の妻になって欲しい」
「え? いや」
間髪おかずに、即答で返す少女。
「私には夢がある。だから皇帝になる皇子と同じ未来は無理かな?」
すると少年はショックを受けたように項垂れた。
「まさか、皇帝になる未来しかない私が駄目と断れるとは」
「え? 未来は決まっていないよ。でも、私の未来は私だけのもの、誰かに見られるようなものじゃないよ。でも……そうだね。私の未来を一緒に歩むなら違う未来が見れるかもね」
「君と一緒の未来?」
「これは内緒なのだけど、私は王族としての役目を終えたら、好きなことをやろうと思っているの。自由に楽しく暮らしていくの。だから今はその準備をしているの」
「それはなに?」
少年はワクワクしながら少女の話を聞く。
「私じゃない私になるの。こう髪と目の色を変えるだけでも全然違うの」
そう言って少女は少年と同じ、黒髪と赤い目に色を変えた。
すると、少女の印象がガラリと変わる。穏やかな雰囲気から赤い目に惹きつけられるインパクトがでてきた。
「面白い」
少年は興味津々で少女の姿を見る。
そして少年は少女の右手をとって跪いた。
「私の名はハイフェード帝国第一皇子。クロード・ラディウス・フェルラールと申します。姫君の名をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「シャルレーン聖王国第一王女。アンリローゼ・レイラ・シュリーマルよ。聖女アンリローゼとも呼ばれているわ」
「アンリローゼ第一王女。いつか正式に貴女に求婚をいたします。その時はお受けいただけますか?」
「そうね。第一王女である私にクロード様が引かなければ」
アンリローゼは謎の言葉を言って、クロードから離れていく。元の姿に戻ったアンリローゼが向かっている先には一人の男性がいた。
「聖女様。お探ししたのですよ。お部屋にいてくださいと、申しあげたではないですか」
「うるさいわね! 私は退屈だって言ったじゃない!」
先ほどとは打って変わって、強い口調で探しにきていた使用人に当たるアンリローゼ。
「足が痛いわ! 抱っこして!」
「そんなわがままなことを言っていると、嫁ぎ先が無くなりますよ」
「あら? 貴方がもらってくれればいいじゃない?」
「私は妻子持ちです。それから、私から職を奪うようなことは言わないでください」
「あら? 第二夫人でもいいわ」
「本気でやめてください」
口悪く言っているアンリローゼは使用人に抱きかかえられこの場を去っていく。そして、呆然と見ているクロードに向かってにこやかに手を振ったのだった。
そう、アンリローゼは王女の姿でわがまま姫を演じ、姿を変えて本来のアンリローゼに戻っていたのだ。
「そういうことですか。これは面白そうですね」
そしてこのことが、クロード皇子に多大なる悪影響を及ぼしたのだった。
*
面白かったと評価いただけるのであれば、☆☆☆☆☆評価で推していただけると嬉しく思います。
追記
一日でたくさんの方に読んでいただきまして、ありがとうございます!
”いいね”で応援ありがとうございます!
ブックマーク推しありがとうございます!
たくさんの☆推しありがとうございます!楽しんでいただけたのであれば、嬉しいです。
そして日間異世界(恋愛)ランキングに入りました!ありがとうございます!
追記2
2025.01.31
異世界(恋愛)日間8位!たくさんの評価ありがとうございます!
嬉しいです!
ここまで読んでいただきましてありがとうございました!
本編はここまでになります。次話は『事の始まり』です。




