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10 大地を揺らす巨人

ついに巨大ロボットが登場です。前置きが長すぎる。

『相棒』の右手が、がくがくとぎこちない動きで上がる。


「くそっ!優斗、どこが原因だ⁉」

「人工筋肉圧に問題はないんだ。たぶん超電導リニア!それから操作レバーも!TR値を20から40に変更!」

「分かった!」


 操縦席の玄助と、下でタブレットを確認している優斗が怒鳴りあう。


 三人が高校を離れてから一時間。全速力で森を駆け抜け、『相棒』の整備にいそしんでいた。


「優斗君、ショックアブソーバーの調整終わったよ!

「次は右肩の反射系回路の抵抗値を2.4ポイント下げて!左と同じなら、たぶんそれで上手くいくはず!」


 優斗がするすると『相棒』によじ登って調整を続けながら指示を出す。開発のメインは玄助だったが、優斗も多くの部分を担っていた。『相棒』の整備にかけては玄助よりも慣れてすらいた。


「調整完了!」

「ありがとう保科さん。玄助くん、CPL機構をゆっくり動かして!」

「了解!」


 右の前腕部に付いている長い棒のような部位がゆっくりと伸縮する。こすれた棒から小さく火花が散る。


「そのまま右肘の確認!」


 言いながら優斗が腕から飛び降りる。それと同時に前腕部の屈伸とひねりが行われる。


「右肩もやるぞ!」

「ちょっと待って!保科さんがまだ下りてない!」

「だ、大丈夫!今すぐ下りるから!」


 肩部につかまっていた華が腕を伝って駆け降り、オイル塗れの手で汗をぬぐう。三人はもう汚れきっていたが、それを気にする様子は全くない。


「玄助くん!」

「動かす!」


 右肩が動く。今度はなめらかに上下運動を行っている。玄助は雄たけびを上げた。


「やっぱりだ!CPL機構が干渉してたみたいだ!」

「やったぁ!これで動いたってことだよね⁉」

「いや、まだだよ!」


 一瞬喜びを見せた優斗だったが、すぐに顔を引き締める。


「各部の調整は終わったけど、全体的な動作テストは行ってない。とりあえずの調整が出来ただけなんだ!」

「うそ、あとどれくらい?」

「それは…。」


 優斗が表情を曇らせる。玄助が上から答えた。


「最終調整なんて、時間がいくらあっても足りない。これで行く!」

「…そうだね、これで十分!」

「この一回だけ使えればいいんだ!どうしてもだめだったらその場で調整!」


 玄助の声と同時に『相棒』の左手が下ろされ、優斗と華を掴み上げた。


「うわわわ!」

「きゃああ!」

「暴れるな、落ちるぞ!」


 もがく二人に声を駆けながら、玄助は手を回して背中の操縦席のハッチに付ける。


「ほら、乗り移れ!どうにか後ろに二人くらいは入るだろ。」

「入れ、って…。」


 優斗と華が戸惑った声を出すのを見て、玄助は不遜に笑う。


「二人もコイツの親みたいなものだろ?それに、森の中にずっと置いていくよりはいい。」


 操縦席へと飛び移りながら、優斗と華はため息を吐いた。


「全くもう、それにしたってこんな乱暴にしなくても…。」

「昔からケンちゃんはこうだから、諦めよ?」

「お前らもっとこう、熱くなるような感じの流れじゃなかったか⁉」


 あまり広くはない操縦席の後ろに優斗と華が収まる。ハッチが固定されたのを確認すると、玄助は起動キーに手を伸ばした。


「それじゃ、再起動して通常運転モードに切り替える。不具合が出ないように祈っておけよ!」


 三人は心の中で一斉に手を合わせた。玄助がキーを一回転させると、足元から響いていた振動が止まった。その直後、より強い振動が骨を伝ってくる。


「起動成功。」


 ワンレンズ型サングラスのような形をした『相棒』の頭部センサーが点灯した。四角く無骨な頭部に、緑色の光が映える。操縦席の前のパネルに様々な情報が映し出される。


 彼らが最後に接続したパーツ、エネルギー増殖サーキット、LGSには一つの特徴があった。それは、エネルギー増殖を行う際に、緑色の燐光が生じ、各部から噴き出すことだ。それはあたかも、命の火が泥人形をめぐるように、起動した人型重機を彩った。


 お世辞にも格好いいとは言えない貧相な胴体は、左肩が大きいために一層頼りなく見える。右腕は胴にふさわしい細腕だが、前腕部には腕の倍以上太く、大きなパーツが無理やり接続されている。


 その胴体を支えるのは、これまた不釣り合いなほどに無骨で大きな下半身だ。遠くから見たシルエットは、土偶のようにも見えるだろう。しかし土偶というには各部のバランスが取れていない。出来損ないの土偶がせいぜいだろう。そんな『相棒』の各関節部から、緑の燐光が漏れ出していた。


「それじゃ、行くぜ…!」


 三人は同時に唾を飲み込んだ。玄助がパイロットヘルメットを着用する。玄助の頭の動きに合わせて『相棒』の頭部が動作するようになった。彼の視界は、『相棒』のそれと完全に同期する。


「発進!」


 掛け声とともにレバーを押し込む。膝から足首までが連続して動き、右足が一歩踏み出された。続いて左足。再び右足。だんだんとペースを上げながら足を交互に送り出す。


「す、すっごく揺れる!」


 華が操縦席を掴んで耐えるが、気を抜けばすぐに転んでしまいそうだ。しかしその隣で優斗は目を輝かせていた。


「す、すごい…!」

「うん、ちゃんと歩けてる!」

「違う、それだけじゃないんだ!」


 優斗と華が言葉を交わす間にも、足の動きが早くなる。一瞬ではあるが、両脚が地面についていない時間があるほどに軽快なステップを踏む。


「人型重機は、普通走れないんだ…。」

「どういうこと?」

「体の重さや姿勢制御の問題で、一歩一歩歩くしかないはずなんだ。これを走らせられるのは、機体の重量バランスがずば抜けてて、しかも相当の操縦技術があるときだけ。」

「じゃあ、ケンちゃんは…!」

「うん、すごい。前から操縦の練習をしたり勉強していたのは知っていたけど、こんなにすごいなんて…。これなら、きっとやれる!」


 二人の声は玄助には届かない。ヘルメットが遮音しているだけでなく、玄助自身も操縦にすさまじい集中力を注いでいたのである。





「おじいさん!早く逃げましょうよ!」

「やかましい!ゾンビだかなんだか知らんが、わしがぶちのめしてやる!」

「無理ですよ、そんなおんぼろの人型重機じゃ…!」

「なんだとぉ!わしの仕事道具にケチをつけるつもりか!」

「おじいさん!」

「ええい、離せ!わしの孫の生活を、これ以上ゾンビなんぞに邪魔させてなるものかぁ!」


 古い民家で老年の男女が言い争っていた。血気に逸る老爺を老婆が必死に抱き留めていた。


 二人の争いが膠着状態へと陥ったとき、かすかな振動が発生した。


「なんじゃ…?」


 少しづつ、大きくなっている。森の方からだ。大量のカラスが、何かに追い立てられるように大空へと逃げていく。振動はさらに大きくなり、一回ごとに少し体が浮いてしまうほどだった。


「ばあさん、か、隠れて…。」

「そ、そんな…。」


 立ちすくむ二人の視界で、ついに巨大な手によって木々が払われ、それはついに姿を現した。



「二人とも、何やってるんだ!?」


 姿を見せたのは不格好な巨人だ。そこから、玄助の声が響いてきた。


「げ、玄助…!?」

「ごめん、詳しい話はあと!二人とも、すぐに逃げるんだ!市街は通らないで、出来るだけ離れてて!」

「お、おい、何を…!」

「それから…。」


 巨人の首が倉庫に向く。


「悪い!ありたっけの燃料と安定剤、貰っていくよ!」

「玄助、まさか、お前…。」

「やれるだけ、やってみる!」

「…分かった!ばあさん、逃げるぞ!玄助の邪魔になったら、わしらは大バカ者じゃ!」


 手を引かれ張りしだした老婆は、心配そうな目を巨人に向けながらもうなずいた。


「信じましょう、私たちの孫を。」





 木々を押しのけながら『相棒』はすさまじいスピードで進む。すぐに森を抜け、市街地にたどり着いた。道幅がギリギリの中を玄助は平然とそのままの速度で駆け抜ける。長年『相棒』と共に過ごし、そのすべてを作り上げた玄助には、『相棒』は自分の体と同じくらいに慣れ親しんだものである。その本格作動は初めてではあるが、すぐにコツを掴んでいた。


「玄助くん!」


 優斗が玄助の肩を叩きながら言う。


「なんだ!」

「そろそろ学校だ。もしかしたらまだパニックで人が多いかもしれない。注意して!」

「了解!」


 下方向のカメラを追加で起動し、注意深く道を確認する。人間がいればディスプレイに警告が現れるようになっているが、さいわいにも人は見当たらない。


「避難はあらかた終わってるみたいだな…。」

「でも変じゃない?ゾンビたちは一体…。」

「まだ校内にいるか、もっと遠くに行っちゃったか、だな…。」


 嫌な予感を振り切りながらいくつかの細い路地を抜け、高校の前に躍り出た。急いで視線を校内に向ける。


「…大丈夫だ!ゾンビハンターが来てる!」


 大勢のゾンビハンターがゾンビを校外に出さないよう、必死であらがっていた。ゾンビの再生能力が異常に高いようで苦戦してはいるが、何とか持ちこたえている。この分では、外にゾンビが漏れた心配はないだろう。ゾンビハンターたちも、数人が負傷している以外は五体満足なようだ。あれほどのゾンビを相手にこれだけの被害。やはり、プロは違うということだろう。


「でも、だからって俺がなんもしない理由にはならないんだよな!」


 ゾンビハンターの一部は突然現れた巨人に驚きを隠せない様子だ。玄助がスピーカーを入れる。


「真ん中、あけてくださーい!」


 突然響いた声に驚きながらも、ゾンビハンターたちがきれいに隙間を作った。そこに走り込みながら、左ひじのパーツを展開する。肘を軸に回転し、左拳に重なるような形になる。


「ごめんな。死体に罪はないけど…!」


 一瞬だけためらい、左拳を振り下ろす。


「スタンフィスト!」


 ゾンビハンターが避けて出来た空間に叩き込み、ゾンビ集団の先頭をひねりつぶした。それと同時に、拳から超高圧電流が放たれる。ゾンビの動きが止まる。


「今です、焼却を!」


 ゾンビハンターの数人が燃焼カプセルを投げ込み、拳を包み込んで火柱があがる。その前で玄助に何かを叫んでいる人が一人いた。集音感度を上げる。


『こいつらはなかなか燃えん!無駄だ!というかお前はなんなんだー!』

「燃えない…?」


 見ると、火柱の後にはゾンビが燃え残っていた。再生を始めている個体もある。


「クソ、想定外だ。このスタンフィストで動きは止めていられるが、じり貧になるな…。」

「そうだね、どうしたら…!」


 玄助と優斗が深刻そうに話している横で、華がつぶやく。


「スタンフィストって、名前ダサくない…?」

「ん、スタンフィストがどうした?」

「い、いや、炎の中でも動くし、火に強いんだなーって。」

「いや、あの炎は一瞬だから、簡単な耐熱処理で耐えられるんだ。長時間当てられたらさすがに壊れるよ。」

「そうそう、火を当て続けると空間から熱くなって危険だし、それにいろい…ろ…。」


 玄助と優斗が同時に叫ぶ。


「それだ!」

「さすがだぜ華!」


 急に様子の変わった二人を、華はポカンと見つめていた。玄助が再びスピーカーを入れる。


「みなさん、退避して!今から火炎放射器を使います!だめだった時は頼みます!」

『なんだってぇ⁉』


 ゾンビハンターが脱兎のごとく散らばった。スタンフィストを止め『相棒』の左手を上げると同時に、右足をゾンビたちの直前に踏み込んだ。


「ヘルファイヤー!」


 玄助が叫ぶと、右足のふくらはぎに設置されたコンテナ状のパーツから炎が放たれた。可燃性の燃料を吹き付けながら発火させるだけの簡単なつくりだ。しかし、今回はその簡素さが有利になる。燃焼温度自体はゾンビハンターの用いる焼却カプセルよりも低いが、継続的に当てることが出来る。ゾンビにダメージを与え続けることが可能なのだ。


 炎から這い出てて来たゾンビは、『相棒』の周りに散らばったゾンビハンターたちが応戦し抑え込んでいる。


「ケンちゃん、これ学校は燃えちゃわないの⁉っていうかへるふぁいやーって⁉」

「放射距離は短いから校舎の中には入らない。ガラスはゆがむだろうけど、それで済むなら安いもんだ!ヘルファイヤーは地獄の業火!」


 三分ほど放射し続けると、あらかたのゾンビが動かなくなった。しかし、操縦席の温度計も90度を指していた。


「玄助くん、そろそろ限界だよ!」


 優斗の声に、玄助が火炎放射を止める。全身から冷却ガスが吹きだす。


「わ、私もう汗だく…。」

「ほ、保科さん、ちょっと…。」

「え、なあに?わ、優斗君顔赤すぎ!大丈夫?」


 華が胸元を扇ぎ、間近にいた優斗はのぼせそうになる。


「クソ、ダメだったか!」


 玄助の声に優斗がディスプレイを確認すると、まだ一部のゾンビは生き残っていたようで、他のゾンビの灰を押しのけて立ち上がってくる。さらに、昇降口からもゾンビがまだあふれ続けていた。


「ヘルファイヤーの連発は無理だ…。ならもう一度!」


 昇降口に手を突っ込み、スタンフィストを起動する。冷却が終わるまでの間、これでしのぐしかない。だが、これではやはり後がない。燃料が切れたらそれまでだ。玄助は必死で頭を働かせる。


「怜なら…怜なら、どう動くんだ。」


 その時、校舎が微かに震えた。だが、玄助やゾンビハンターを含めた全員が、そのことには気が付かなかった。


「玄助くん、まずい!燃料の残りがもうほとんどないよ!」

「分かってる!」


 再びヘルファイヤーを放ちながら、玄助と優斗が怒鳴りあう。操縦s系の厚さが、冷静な判断能力すら奪う。


 プスプスと炎が途切れ始めた。燃料切れだ。こうなれば、右足のヘルファイヤーはただのデッドウェイトでしかない。


「切り離します!ゾンビハンターさんたちは退いて!」


 足元に誰もいないことを確認すると、右足のタンクを切り離す。轟音を立てて地面に激突すると同時に、大きな揺れが発生した。


「すっごい揺れ…!タンクだけでも、こんなに重かったんだね!」

「変だなあ。もう燃料も入ってないし、大して重くはないはずなんだけど…。」

「なんでもいいが、しっかり捕まってろ!もう一回、スタンフィストだ!」


 拳を振り下ろす。再び大きな揺れが発生した。


「なんかパンチの威力も上がってない?」

「うーん、どうもおかしいなぁ…。」

「のんきに話してる場合か!優斗、何か策はあるか⁉」

「分かってる、考えてるよ。でも…!」


 ゾンビはいまだ湧き出てくる。幸いにもゾンビの出どころから近い出入り口は昇降口であるので、他のところから外に出てしまう危険性は低い。しかし、燃料も切れた今、ゾンビに対しては有効な対策がない状態だ。


『この野郎、出てきやがった!』


 ゾンビハンターの声にカメラを向けると、スタンフィストの効果範囲を超えてゾンビが出現してきていた。ゾンビハンターの持つ弾薬も無限ではない。長く戦っているし、応援をどれだけ待つことが出来るだろうか。


「ああもう、遅いぞ、怜!」


 玄助が叫んだ瞬間、空からゾンビに弾丸が降り注いだ。命中したゾンビはもだえ苦しんでいる。


「まさか…!」


 玄助がカメラを上空に向けると、降下してくる小さな人影があった。なぜか背中に大きな羽が付いているが、間違いない。


「怜!」

『遅くて悪かったわね!こっちだって急いできたんだから!』


 黒い鎧、『鉄十号』の上に大きな翼を背負った怜が、空から地面に降り立った。立ち上がると同時に翼を切り離す。


『こんな、個人用飛行ジェットパックなんて背負ってきたのよ!かなり怖かったんだから!』


 怜が操縦席を見上げながら声を張る。


『でも、良かった!玄助の『相棒』、いい感じじゃない!』

「そりゃどうも!でも、まだまだゾンビはいるぜ!」

『分かってるわよ!ここは私に任せなさい!』


 怜が背中に手をかざし、PRI(プラズマビーム)を取り出す。移動中に簡易的な修理は完了した。ゾンビに照射し、片端から消し飛ばしていく。


「さすがだな、怜。」


 したり顔で頷く玄助に、優斗と華が掴みかかった。


「れ、怜って織原さんの事⁉」

「なんかケンちゃん隠してると思ったら!」

「ま、待て待て!追及はあとで!今はゾンビだ!そうだろ⁉」

「でもあの格好は…⁉」

「いいから、ちゃんと後ろに収まってろ!危ないから!」


 身を乗り出す華と優斗を押し返す。その間に、怜はほとんどのゾンビを処理し終えていた。


『ゾンビはどこから出てたの⁉』

「特別棟一階の奥、開かずの倉庫!地下へとつながってたらしい!」

『了解!』


 怜が校内に侵入する。ここのゾンビは西田の使ってきた人工ゾンビよりも再生能力が高い。これが『完成品』という奴だろう。装備も碌にない中で、ここまで被害を出さずにいられたのは奇跡的だ。


 だが、懸念は大きい。西田の言っていた、『新型のUV』。それがどんなものかは分からないが、校外には絶対に出してはいけない。地下で処理しなくては。


 怜がそう考えた瞬間、またも地面が揺れた。


「地震…?」


 華がつぶやく。


「いや、地震じゃない。今も、続いてる。」


 ドン、ドンと、一定の間隔で地面が揺れる。さらに、その揺れは少しづつ大きくなっているようだった。


「この揺れ、何か大きいものが近づいてきてる…?」


 優斗の言葉に、玄助が目を見開いた。


「優斗、華!今すぐ降りろ!それから、急いで逃げるんだ!」

「ど、どうして!私たちだって一緒に!」

「バカ、そんなことは分かってる!でも、お前らが居たんじゃ激しく動けない!そこ、ベルトも何もないんだからな。」

「どういう意味…?」

「分かんねぇのか⁉」


 玄助が『相棒』をかがませて操縦席を地面に近づける。ハッチを開け、優斗たちに降りるよう促す。



「巨大ゾンビだよ!」





 玄助の叫びと同時に、特別棟の中から何かが飛び出した。崩壊する特別棟。瓦礫と砂塵の中に、巨大なシルエットが映し出された。全長は10mほどだろうか。夕日を背に受けて黒く浮き彫りになったそれは、人の形をしていた。


「まさか、新型って…⁉」


 その足元に怜は居た。自身の何倍もの大きさのゾンビが校舎を崩しながら立ち上がるのを、怜は呆然と見上げていた。その全貌が明らかになると、すぐに表情を引き締める。


「源子お姉さま、見てますよね?巨大なゾンビです。これより応戦します!」

『ええ、見えてる。こちらでも対策を講じておくわ。なんとか頑張って。』


 怜がAUT弾を打ち込む。だが、ゾンビの巨体に対しては弾丸もパンくず程度のものだ。体に深く刺さらず、毒としての効果も期待できない。


「ならこれでっ!」


 怜がゾンビの体を駆けあがりながらPRI(プラズマビーム)を構える。肩に乗ると同時に、頭部へ突き付けて発射する。


「ゴルゥオオオオオオオオオ」


 巨大ゾンビが唸る。効いているようだ。怜がPRIの先端に触れた頭部が削れて消えていく。だが、PRIからまたしても煙が上がり始めた。


「やっぱり応急処置じゃこれが限界⁉もうちょっとだけ頑張ってよ!」


 祈るような気持ちで放ち続ける。少しずつ、しかし確実に頭部を破壊していく。そしてついに、PRIの動作が完全に止まるのと同時に頭をすべて溶かしきった。


「やったわ!あとはどうにか捕獲して調査を…。」


 怜が安堵すると同時に足元、すなわち首が隆起し始めた。ぼこぼこと音を立てながら肉がせりあがってくる。


「まさか、もう再生を⁉きゃあっ!」


 気を取られた隙にゾンビが大きく動き、怜は空中へ投げ出された。


 落ちる。そう確信し、身を固くする。受け身も碌に取れないまま地面に激突した。体中に激痛がはしる。いくら固い装甲を着ていても、落下による衝撃自体が軽減されるわけではないのだ。


「新型の再生能力を見誤った。完全なミスだわ…!」


 立ち上がろうとするが、体にうまく力が入らない。何とか両脚で体重を支えるが、くらくらと視界が揺らぐ。


「情けない、プロ失格よ、私…!」


 気合を入れながら再び銃を構える。巨大ゾンビは頭を再生しながら怜の方へと歩いてくる。狙われているようだ。ゾンビの手が振り下ろされる。当たればひとたまりもないだろう。再び、アレを使うしかないのか。


「まさか一日に二回もリミッターを解除するなんて——。」

『危ない!』


 玄助の声がスピーカーに乗って聞こえた。


 怜の目の前には、ゆっくりと倒れる巨大ゾンビと、左腕を突き出した『相棒』が映る。『相棒』の左腕からはバチバチと火花が散っていた。


「玄助!」

『怜は華と優斗を逃がしてやってくれ!コイツは俺が引き留める!』

「どうやって倒すつもり⁉無理よ、逃げなさい!あなたは民間人なのよ!」

『倒すとは言ってない!時間を稼ぐだけだ。その間に、お前が何とかしてくれるんだろ、プロハンターさん!』


 怜は一瞬固まると、にやりと口の端を引き上げた。


「当たり前よ!死なないで待ってなさい!すぐに対抗策を用意するから!」

『頼んだぜ!』


 玄助の答えを聞きながら怜は華と優斗の元へひとっ飛びした。背後から二人を脇に抱える。


「わ、わあああ!なになに⁉」


 優斗がじたばたと暴れるが、『鉄十号』の腕はびくともしない。


「安全なところに連れて行くだけ。暴れないで。」

「…その声、本当に織原さんなの?」


 脇に抱えた華が、仮面に隠れているはずの怜の瞳を正確に見つめてくる。どうにか誤魔化そうと言い訳を考えたが、その眼の前ではどんな嘘も見抜かれてしまいそうだった。


「…そうよ!織原怜!でも安心して。私が必ずあなたたちを安全なところまで運んであげるから。」

「いやです!」


 華が声を張り上げて予想だにしなかったことを言うものだから、怜は面食らった。


「で、でも安全なところに行かないと——。」

「いやったらイヤ!ケンちゃんが戦ってるのに、私たちだけ逃げるなんてできないよ!」

「そうは言っても…。」

「僕からもお願いだよ、織原さん!」

「…ごめんなさい、面識あったかしら。」


 優斗が再び暴れ出す。


「もう!なんだよ!クラスメイトの阿倍野優斗だよ!」

「え、ええ、そうだったわね、もちろん覚えていたわ。」


 優斗が冷たい視線を向ける。


「バレバレな嘘だね。…でもいい、とにかく、僕らもせめて玄助くんを見守りたい!見えないところでただ祈るだけなんて嫌なんだ!」


 『相棒』の共同制作者だというのなら気持ちは分からないでもない。だが、それとこれとは全く別だ。市民を安全なところへ運ばないという選択肢は怜の中に無い。


 考え込む怜の耳に無線が入ってくる。


『話は聞こえたわよ、怜ちゃん。』

「源子お姉さま!」

『ベースはどうかしら。それなら、怜ちゃんがご執心の彼の活躍も見られるし、安全でしょ?それに私、その子のお願いを聞くって約束しちゃったのよ。』

「それはどういう…。」

『もうすぐ浜風に着くわ。ベースに二人を招待しておいてちょうだいね。』

「あ、ちょっと、お姉さま!」


 応答はない。いつものことだ。怜は華と優斗を抱えなおした。


「分かったわよ!二人の希望通りの場所へ連れて行ってあげるから、しっかり捕まっておきなさい!」


 言うや否や、怜は全速力で走り始めた。ちなみに、『鉄十号』の時速は自動車並みである。抱えられた二人の体感速度がジェットコースター以上のものであることは間違いないだろう。人の居なくなった町に、二人の絶叫が響き渡った。


次回予告


巨大ゾンビを相手に勝ち目のない戦いを繰り広げる玄助。整備不十分な『相棒』も、もはや限界を迎えようとしていた。そして政府は巨大ゾンビを倒すために新型爆弾の投下を決定する。

次回『巨神弾劾アイゼンエルフ』第十一回、『守りたいもの』

お楽しみに。

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