42話 司の告白……
閉店後、俺は片付けの終わった店内のボックス席に座り、司がコーヒーを淹れるのを待っていた。
少し残って話でもしようか
司からこんな風に誘ってくるのは珍しい。 多分昼間の会話の事なんだろう。
「ほい、お待ち。 今朝届いた新豆を粗めに挽いてみた 」
「サンキュー。 店長が楽しみにしてたやつか? 開けて良かったのか? 」
そう言いながらも、あまり悪びれもせず俺達は一口。
「うん? 苦味強いな…… エスプレッソかラテ向きかこれ 」
「そうかもな、かなり深煎りだぞこれ 」
俺達はお互い苦笑いで顔を見合わせる。 その後は特に会話をすることもなく、向かい合ったまま静かな時間が流れた。 たまに通り過ぎる車の音と、たまに落ちる厨房の蛇口の水滴の音。 司は腕組みをして窓の外を眺め、おもむろに口を開く。
「凄い子だよな 」
窓の外を眺めたまま司は言う。
「あぁ、参った。 遊びに来たのかと思ったら…… 」
「そういえば栞もあんな感じだったよな。 佳がお前に告った時の 」
「答えになってない…… か。 あの言葉を、あの顔でまた聞くとは思わなかったよ 」
ハハハと司は軽く笑う。 俺が佳の告白を断った後、栞から散々問い詰められたことがあった。 佳ちゃんの何が悪いのか…… 佳ちゃんのどこが気に入らないのか…… 自分が納得するまで引き下がらなかった。
答えになってない、ハッキリ言ってよ
お前が気になってるからだよ
それが栞と付き合う事の最初のきっかけだったっけ……
「瑠依が休みで良かったな。 あれがいたらこんなものじゃ済まなかったぞ 」
「瑠依ちゃんはいい子だよ。 それは俺や佳を心配して言ってくれるんだ、説教されるならちゃんと聞くよ 」
窓の外に目線を移して恥ずかしがる司が可愛く見える。
「結婚式、いつにするんだ? 」
「まだ決めてねえよ。 お前らのことが心配だから、見届けてからじゃないと嫁にいけないってさ 」
「…… マジか 」
「今俺が考えた 」
焦った俺を見て司は笑う。 やっぱ可愛くねぇ……
「いや…… 婚約届は近々出すけど、ホントに結婚式の日取りはまだ決めてないんだ。 お前らを理由にするつもりはないから安心しろよ 」
「凄いよなお前 」
「俺はお前を見習っただけだ、何回も言わせんな。 なぁ孝太…… あの時の指輪、まだ持ってるのか? 」
「…… 持ってるよ 」
栞が亡くなる前日に買った婚約指輪…… ずっと捨てれずに、ローチェストの鍵付きの引き出しに袋に入れたまましまってある。
「どうするよ? まさかずっと持ってるつもりじゃないよな? 」
「あれは栞の為に買ったものだ。 気持ちの整理がついたら ちゃんと処分するよ 」
去年中には処分するつもりでいた。 そんな時にあの子と出会った…… 栞に捨てないでと言われたような気がして、結局まだ処分できずにいる。
「孝太、ひとつ言っておかなきゃならないことがある 」
司は腕を組み直して俺を見据えた。 コイツがこんな表情をする時は毎度言いづらいことだ。
「言わずに黙っていようと思ってたんだけどな…… 栞は亡くなる前にお前に…… 」
「別れ話をしようとしてたんだろ? 」
司は目を見開いて唖然としている。
「…… なんで知ってるんだよ…… 栞に言われたのか? 」
「…… やっぱりそうだったんだな。 なんとなく様子はおかしかったんだよ 」
「お前…… 」
「亡くなる一週間くらい前から、栞に毎日呼び出されるようになってさ…… 仕事で行けない時もあったけど、時間が遅くてもできるだけ面会に行ってたんだ。 毎回15分もいなかったんだけど、何か言いたそうに俺の顔をじっと見て、決まってその後に泣くんだ。 理由を聞いてもただ首を振って、今日は帰ってと毎回言われた。 別れ話をするつもりだっただろうなと薄々思ってたんだよ。 栞はお前には話してたんだな 」
「あぁ、聞いてた。 それじゃお前は栞と佳の喧嘩も…… 」
なんだそれ……
「…… 喧嘩ってなんだよ? 」
司はウンと答えて再び窓の外を見る。
「栞はな…… 佳にお前を譲るって言ったそうだ 」
「…… ちょっと待てよ、譲るってなんだそれ 」
それは初めて聞く話だ。 それじゃまるで……
「落ち着いて聞いてくれよ。 栞が亡くなる10日前のことだ…… 」
司は俺を真っ直ぐ見据えてゆっくりと話始めた。 栞と佳がそれが原因で大ケンカをしたこと。 その理由を泣きながら司に話したこと。 それから栞の容態が急変したこと。
まるで身辺整理じゃないか…… そんなバカなことやってんじゃねぇよ……
「バカじゃねぇのかアイツ…… そんな心配するなら生きることに必死になれよ! 」
思わず司に怒鳴ってしまう。 司が悪い訳じゃないが、やり場のない怒りをどこに向ければいいのか分からなかった。
「その場にいたんならなんで言ってやらなかったんだよ!? 殴ってでも言い聞かせてやらなかったんだよ!? お前なら出来ただろ!! 」
司は黙って俺を見据えていた。 違う。 こんなことが言いたい訳じゃない……
「なんでその時に俺を呼んでくれなかった!? なんで今頃っ! 」
司の辛そうに歪んで強張る目が俺を止めた。 あの時もこんな目で栞を見ていたんだろう…… きっと司だって何も言えなかったんだ。
「ゴメン…… 」
「いや…… 」
椅子にもたれ掛かって天井を見上げる。 頭の上から照らすダウンライトの眩しさに耐えられず、俺はゆっくりと目を閉じた。 栞の姿が瞼の裏に鮮明に甦る……
「…… 瑠依ちゃんが家で待ってるだろ? ありがとな遅くまで 」
「そうだな。 お前もあまり遅くなるなよ? 」
一人になりたいという意味を感じ取ってくれたのか、司は自分のコーヒーカップを持って席から立ち上がる。
「孝太、あまり栞を美化するなよ? 」
「失礼な奴だな、俺の彼女だった女に何てこと言うんだ 」
『そうだった』と司は笑いながら厨房に入ってコーヒーカップを洗い始める。
「司、どうして話してくれたんだ? 」
こちらを向かずに立ち去る司は、俺の質問には答えず手だけを上げて裏口から帰っていった。
静かな店内、時折店の前を通過する車の音だけが聞こえる。 俺はそのままボックス席に残り思いに更ける。
栞らしいワガママっぷりだと思った。 俺達に少しでも負担を掛けないようにと考えたんだろう。
バカな奴だな…… 自分が悪者になっていなくなったところで、悲しまなくなるとか思ってんのかよ。 ケンカ別れした佳だって、それくらいすぐに気付くだろうに。 何より辛い思いをしていたのは、知りながらも黙って見守ってくれている司なんだぞ……
窓から見える夜空を見上げる。 窓に反射するダウンライトの光で星など見えないが、そんなことはどうでもよかった。 俺は返答のない空に向かって問いかける。
栞…… お前は今、笑えているのか?




