41話 新城さんの気持ち……
そのマンガを読んだ夜、私は新城さんと佳さんの夢を見た。 佳さんも新城さんも突然遠くに行ってしまう夢を見て目が覚めた。
泣いてたんだ、私……
朝起きて顔を洗う時に、目尻に白い涙の痕があることに気付く。
冷たい水で顔を洗いながら考える。 人の心を変えるなんて簡単なことじゃない。 それでも佳さんが自分の性格を変えようとしてるのは新城さんの為…… いや違う、新城さんの好みになりたい自分の為だ。
貴方は貴方自身でいいのです
ステラ姫のように新城さんが思っているなら、佳さんはいつまでも栞さんに囚われてちゃいけない。 新城さんが気持ちを整理出来ないでいるのも、佳さんが原因のような気がしていた。
昔の佳さんを知りたい…… 新城さんが佳さんをどう思ってるのか知りたい……
そんな気持ちが私の中で膨れ上がる。
何かできないだろうか…… 余計なお世話だということは分かってる。 口を挟めば、もしかしたら二人に嫌われてしまうかもしれない。 後見人も破棄されて会えなくなるどころか、今までやってきたことが全て無駄になってしまうかもしれない。
でも……
授業が終わったらたっくんの厨房に行ってみよう。 私は鏡に映る自分と目を合わせ、気合いを入れて両頬を叩いた。
放課後、私は日向と香織に誘われたカラオケを断って、たっくんの厨房に来ていた。 夕飯時までの一時間くらいなら、新城さんと少し話も出来るかも。
「え? 昔の佳? 」
私は佳さんのようにカウンターの端に座り、新城さんは厨房の入り口の柱に寄りかかって話をしてくれる。
「どうしたの? 急に。 佳は昔も今も変わらないけど 」
「ううん、新城さんに告白した頃の高校時代の佳さんです 」
新城さんの目の色が変わった。 威圧するような目線…… でも怖がってなんかいられない!
「それを聞いてどうするの? 佳はどんな過去があっても佳だ。 それに、君が過去を知りたがるのはアイツも望んではいないよ 」
今のでなんとなく感じた。 新城さんは佳さんと栞さんを重ねて見ていない。 だから栞さんになろうとする佳さんに戸惑ってるんじゃないだろうか。
「佳さんを救いたいんです。 今のままじゃきっと佳さんは離れていってしまう…… そんな気がするんです 」
「…… 佳がそう言ったのかい? 」
私は新城さんと目を合わせたまま首を振る。 ここで引き下がったら、もうこの話は出来そうにない…… 私は食い下がるつもりで新城さんを見つめた。
「新城さんが佳さんを大事に思ってるのはよく知ってます。 だけどそれは栞さんが亡くなる前の佳さんですか? 後の佳さんですか? 」
「言っただろ? 佳は他の誰でもない。 誰かが誰かの代役になるなんて、あり得ないんだ 」
「答えになってません! ハッキリ言ってください、今の佳さんが許せないんじゃないんですか!? 」
新城さんの目が一層厳しいものになる。 これ以上踏み込むな…… いつかおにぎりを握ってくれた、あの時の雰囲気とは全然違う攻撃的な目。
怖い…… でもここで踏ん張らなきゃ!
「お前の負けだ孝太。 いい加減素直になったらどうだ? 」
いつの間にか、小野さんが厨房から出てきていた。 新城さんは小野さんにも私と同じ目を向けていた。 二人は向き合ったまま暫く睨み合う。
ケンカになっちゃう…… 止めなきゃ!
そう思っていても、二人の気迫に気圧されて足が踏み出せなかった。 一触即発…… そのビリビリした空気を先に破ったのは新城さんの方だった。
「…… お前達の言う通りだよ 」
大きなため息をついて新城さんは私の横のカウンター席に座った。
「藤堂さんにまでこんな心配されるなんて最低だな…… 俺 」
新城さんは天井を見上げて目を閉じていた。 見ているだけで切なくなってくる横顔。 私はとんでもないことをしてるんじゃないのか…… そう思えてくる。
「佳は…… 栞がいなくなってからどんどん変わっていった。 か弱くてさ、誰かに後押しされないと何も出来やしなかったアイツが、自分から何でも行動するようになった。 性格は元々明るい方だったけどさ、苦手だった喜怒哀楽をしっかり表現するようになった。 そんなアイツを見てるうちに気付いたんだ…… 」
思い返すように話す新城さん…… その先が予想できてしまって聞くのもツラい。 でも聞かなきゃ……
「栞を真似てるんだ…… って。 コイツは栞を演じてるんだって 」
「なんで止めてやんなかったんだよ? 」
小野さんは淹れてくれたコーヒーを私達の前にそっと置いてくれる。
「何度も止めろって言ったさ。 『栞の真似するな』って怒鳴ったこともあった。 それでもアイツは笑顔で言うんだ…… 『しーちゃんと約束したから』って 」
佳さんは栞さんとケンカ別れしたって言ってた。 その約束は言葉で約束したんじゃない…… 佳さんが亡くなった栞さんに誓った、履き違えた想いだったんだ。
「最初から似ていた訳じゃない。 徐々に栞に似ていく佳が正直嫌いだったよ。 そう思ってても、側にいる佳を心地良いと思う俺がいるんだ。 栞が生きてそこにいる…… そんな気持ちだった 」
「それほどそっくりなんですか? 佳さん 」
「あぁ、俺もビックリした。 まるで栞が佳に乗り移ったんじゃないかってくらいだよ、今の佳は 」
小野さんはコーヒーカップを片手に新城さんを見つめている。 その目はやはり寂しい…… 言い替えれば、丸ノ内佳という人間がいなくなってしまったのと同じ事だったのかもしれない。 そんなこと栞さんは望んだだろうか……
「まぁ…… コイツがここまで立ち直れたのは、今の佳のお陰だと俺は思ってるけどな。 佳はあながち間違ってなかったんじゃないか? 孝太 」
「…… その通りだよ。 佳がいたから、俺は栞を過去に出来た。 感謝してもしきれない奴なんだ。 だけど…… 」
「…… 今は佳さんを見つけられないんですね 」
新城さんは天井を見上げたまま何も答えなかった。 店長のお皿を流す水音だけが店内を包む。
「もちろんアイツは、佳以外の誰でもない。 頑張って栞みたいな女に変わりたかったんだと言われれば、俺には返す言葉もない。 けど、アイツを見てるとどうしても栞が頭をよぎってしまう。 それは佳という女を愛するとは言えないだろ…… 」
とても真面目な人。 佳さんを好きなのに、二人を重ねてしまう自分が許せない…… 向き合おうとすればするほどわからなくなっていく…… そんな感じ。
ヒナ、人を好きになるのってやっぱりツラいよ……
カラン カラン
「いらっしゃいませ 」
来客を小野さんが出迎える。 新城さんはスッと席を立ち、私に優しい微笑みを残して厨房に消えていった。 何事もなかったように仕事を始める新城さんと小野さん。 これ以上長居をすると、二人の仕事の邪魔をしてしまうと思い、私はコーヒー代を払う為に席を立つ。 お会計は小野さんがしてくれた。
「お代はいいよ、俺からのサービスだ 」
そう言って小野さんは片目を閉じる。
「え? この前だってサービスしてくれたのにそんな…… 」
「あそこまで孝太や佳を気に掛けてくれる人にサービスしてあげたくなっただけだよ 」
「余計なお世話かと思ったんですけど、お二人には幸せになってほしいんです 」
小野さんは私をじっと見た後、レシートの裏に電話番号をメモして私に渡してきた。
「君ならアイツらをなんとか出来るかもしれない。 俺に出来ることがあったら何でも言ってくれ 」
小野さんは優しい笑顔で、私がお店を出るまで見送ってくれた。 店から出た私はふと、粉雪が舞う空を見上げる。
考えろ私。 私なら…… 栞さんにそっくりの私なら、二人に何か出来る筈だ。 小野さんも私ならと後押ししてくれた。 栞さんならこんな時どうするんだろう…… 栞さんなら……




