39話 例えばの話……
「難しい顔してどうしたの? ハルちゃん 」
冬休みも終わり、学校で一緒にお弁当を食べていた日向が私の顔を覗き込んでくる。 どうしても昨日佳さんの言っていた事が理解できない…… 自分を変えてまで栞さんのようにならなければ、佳さんは新城さんの側にいられなかったんだろうか。
「ねぇヒナ、人を好きになるってツラいことなのかな? 」
日向はつまんでいた卵焼きをポロッと落とす。
「ハルちゃん! やっぱり新城さんに本気になっちゃったの!? 」
「ち、ちがっ! 例えばの話よ例えば! 」
「なんにも例えてないじゃん。 まぁいいけど…… ツラくなんてないでしょ? 会えて嬉しいとか、話せて幸せとか 」
そうだよね。 でも新城さんはそれをどんな目で見てるんだろう…… 昨日佳さんはよく怒られたって言ってた。 新城さんは佳さんに栞さんを重ねてるんだろうか…… あ、だから怒るのか。
「あ、でも片思いの相手に好きな人がいて、それでも惹かれてしまうとかは切ないよね 」
「それマンガのお話? 」
「うん、《影武者の僕はお姫様と恋をする》。 面白いよー、今度貸してあげるね 」
日向の目がキラキラしてきた。 ヤバ…… なんかスイッチ入れちゃったかも。
「王子様と恋仲のお姫様の物語でね、王子様が他国に遠征中に死んじゃうの。 でもお姫様はその事を知らなくて、突然会いに来なくなった王子様を待ち続けるの。 そしたらなんと死んだはずの王子様が帰ってくるの! 」
ハイハイ、ネタバレありがと……
「でもその王子様は実は影武者でね、死んじゃった王子様になりきってお姫様と恋をするの! それでね…… 」
あれ? なんか似てる気がする……
「その王子様は結局どうなっちゃうの? 」
「それは読んでのお楽しみよ 」
中途半端にネタバレしといて言わんのかい! ジト目で日向を見てやるが、日向は気にもせずウインナーを頬張っていた。
放課後、結局その王子様が気になって私は日向の家で 《影武者の僕はお姫様と恋をする》を流し読みしていた。 童顔系キャラで甘ったるい序盤の展開。 いつもなら途中で飽きてしまいそうな漫画だけど、今はこのニセ王子様の心情が知りたかった。 パラパラと懸命に読み進めるけど文字数が多い…… 全20巻のうち半分まで読んだけど、既に6時を過ぎていた。
「ごめんヒナ、残り貸してくれる? 」
「いいよ。 ハマっちゃうでしょこれ! 」
ヒナの機嫌取りに相づちを打つが、大分慣れたけどお姫様の半端ない垂れ目がどうしても受け付けない。
「同じ作者さんのあるけど、それも持っていく? 」
「いや、また今度にしようかな…… 」
今はこのマンガだけでお腹いっぱい。 それに急いで帰って佳さんのご飯用意しなきゃ。 私は用意してもらった紙袋にマンガの残りを詰め込んで帰宅を急いだ。 そういえば……
家に帰らなきゃなんて思ったのは小学校以来かな……
あの時はお母さんが心配するからと門限を守って家に急いだけど、今は疲れて帰ってくる佳さんを笑顔で迎えたい。 家庭ってこういうものなんだろうな…… そんなことを考えながら地下鉄の改札を通る。
甘えてるばかりじゃダメだよね。 佳さんに…… 新城さんに恩返しをしなきゃ。 いや違う、しなきゃじゃなくてしたい。 私に出来ることがきっとあるはずだ。
私のしょっぱい焼きそばを綺麗に食べてくれた佳さんがお風呂に入っている間、日向から借りてきたマンガの続きを読み進めた。 ストーリーが進むに従って、序盤に出てきた話が分からなくなって読み返したくなる。 失敗した…… 全巻まとめて借りてくるべきだった。 絵に慣れてくると、切ないけどキャラクターの心情がよく書かれていて面白い。
「お、マンガ買ってきたの? 」
佳さんはバスタオルで頭を拭きながら私の後ろから覗き込んできた。
「あ、いえ、借りてきたんです。 クラスの友達が面白いから読んでみてって半強制的に 」
「その割には随分真剣に読んでるみたいだけど。 あまり遅くならないようにね 」
佳さんは笑いながらデスクに向かい、本棚から医学のテキストを取って手帳にメモを取っていた。
「勉強…… ですか? 」
「そうよー。 現場では分からないじゃ済まないこともいっぱいあるからね、先輩達にいつまでも頼ってちゃ足手まといになっちゃうから 」
私には顔を向けず、メモを取りながら質問に答えてくれる。 学ぶのは学校だけじゃないんだ…… 一人前の看護師になるのって大変なんだなと、仕事の厳しさを知ったような気がする。
「先寝てていいからね。 あ、それ面白かったら私にも読ませてくれる? 」
「佳さんはどんなジャンルが好きですか? 」
「んー…… 何でも読むよ。 バトル物とかファンタジーとか恋愛物とか…… でもやっぱりハッピーエンドで終わるやつがいいなぁ 」
「そうですね、私もハッピーエンドがいいです。 笑って終わるのがいいなぁ…… その友達に聞いてみますね 」
私は佳さんの邪魔をしないように側を離れ、テーブルの隅で再びマンガを読み進めた。




