38話 命日と審判の日……
正月から10日が過ぎ、定山亭から帰ってきた遥は、自分の審判の日が栞の命日だということを知って愕然としていた。 今の両親から受ける苦しみから解放されることよりも、自分を救ってくれた人達の邪魔をしてしまった罪悪感のほうが強いのだ。
「遥ちゃんが気にすることでもないのに 」
帰ってきた遥に栞の命日だと話した桂は、最初は苦笑いで遥を慰めていたが、落ち込み続ける遥に呆れていた。
「だって…… よりによって栞さんの命日と被っちゃうなんて! やっぱり私の方なんて別の日にした方が…… 」
「孝太が納得しないわよ。 それに長引くと、親に退学させられるかもしれないでしょ? 」
「でもこれじゃ栞さんを押し退けて…… 」
桂はため息をついて遥に厳しい目を向けた。
「勘違いしないでくれる? 遥。 アンタがしーちゃんをどんな風に見てるか知らないけど、アンタは藤堂遥であって伊吹栞ではないの。 どんなに姿が似てたって、どんなに性格を似せたって代わりになることなんてない。 それは私に限らず孝太や司だってそう言うわ 」
桂に初めて怒られる遥は、目を見開いて口をへの字にくいしばっている。
「私も孝太も、藤堂遥という女の子を大事に思ってるの! もししーちゃんを大事に思ってくれてるのなら、自分の夢に向かって真っ直ぐに進みなさい! 看護師の道は回り道なんてしてる暇はないのよ!」
佳を真っ直ぐに見つめる遥の目に涙が浮かぶ。
「……はい 」
肩を震わせながら答える遥の頭を、桂は優しく引き寄せた。
「キツイ言い方してゴメンね。 ちゃんと伝えたかったから 」
遥は佳の胸で一生懸命首を振る。
「今まで誰もこんな風に叱ってくれることなかったので…… 佳さんがお母さんなら良かったのに…… 」
「お姉ちゃんで勘弁してよ。 私まだ25だよ? 」
『ごめんなさい』と泣き笑いで謝る遥の頭を、佳は優しく撫でる。
「私、ずっと栞さんに似ているから助けてもらってるんだって思ってました 」
「…… きっかけはそうかもね。 でも自惚れないで。 しーちゃんはもっとワガママで、もっと前向きで、もっと泣き虫で……誰よりも優しいんだから 」
「…… 佳さんみたいな人なんですね 」
頭を撫でていた手がピタッと止まった。 雰囲気を感じ取ったのか、遥は佳の顔を恐る恐る見る。 ハッと気付いた佳は顔を向けた遥に苦笑いする。
「あ……はは…… 」
「佳さん、もしかして新城さんの為に…… うぷっ! 」
佳は遥の頭を抱え込んで胸に押し付けた。
「違うわよ、私の為に…… かな。 しーちゃんになりたかったんだ、私…… 」
「…… 」
「私より何でもできるし、可愛いし、愛想もいいし…… 憧れてたんだ。 なにより孝太がしーちゃんを好きだったから、しーちゃんが亡くなった時に私は決めたの。 伊吹栞のようになるって 」
胸に抱かれる遥は目を閉じて黙って耳を傾ける。
「亡くなった当時は、孝太は廃人みたいだった。 私がしーちゃんの代わりになれればいいと本気で思った。 ショートだった髪もしーちゃんみたいに伸ばして、OL辞めてしーちゃんの夢だった看護師目指して。 性格もしーちゃんはこうだったと考えて…… 」
「…… 本当の佳さんはどんな人なんですか? 」
「内気で根暗。 人の陰に隠れてないと落ち着かないような女よ。 今考えれば、あんな私に孝太がOKしてくれるわけないよね 」
フフッと笑いながら佳はまた遥の頭を撫で始める。
「自分を犠牲にしてまで新城さんを救いたかったんですか? 」
「…… そう言って孝太にもよく怒られたなぁ。 でもしーちゃんは憧れだったから。 私の頑張る目標なんだよ 」
佳は遥を胸から話して顔を覗き込む。 浮かない顔の遥のおでこにコツンと頭突きした。
「話がそれちゃったけど、遥ちゃんが気にすることじゃないよ。 だから24日は心配しないで 」
遥は無言のまま頷く。 やれやれといった佳は、本棚から看護学校に通っていた頃に使っていた本を一冊取って遥に手渡した。 辞書のようなずっしりと重たい教科書を、佳は手渡した本の上に次々と乗せていく。
「あ、あの…… 佳さん? 」
「高校を卒業して、看護学校3年のうちにこれをまず頭に叩き込まないとならないの。 これから更に覚えないとならないことが山ほどあるんだから…… 目指してるんでしょ? 看護師 」
重ねられた冊子を膝の上に置き、難しい顔でパラパラとめくる遥の前に佳は座り込む。
「ありがとね、しーちゃんの心配までしてくれて 」
遥は佳と目を合わせて微笑むだけだった。




