34話 ハプニング……
程よく酔いが回った俺は、サッと体を洗って湯船に体を沈める。
「ふぅー…… 気持ちいい 」
入口には大浴場と書かれてはいたが、石造りの浴槽は5人くらいが限界の大きさ。 大きめの家族風呂程の広さしかないが、他に入浴客はなく一人で入るなら大浴場と言ってもいいかもしれない。
ナトリウム塩化物泉という無色透明の少し塩辛い泉質は、神経痛や冷え性、貧血など色々な効能があるそうだ。 湯口の上に掲げられた説明書きを見ながら温泉を少し舐めてみると、確かに少ししょっぱい。
「そう言えば露天があるって言ってたな…… 」
外は雪が降ってるが、ここは露天風呂にも入っておくべきだろう。 熱目の温泉で火照った体を冷ますのもいいかと、少し重たい木製のドアを開けた時だった。
「あ………… 」
「………… あ 」
目の前に裸の栞…… じゃなかった、藤堂さんがタオルで前を隠して固まっている。 思わず頭から足先まで一通り見て、俺はゆっくりとドアを閉めた。
「なっななナななんで!? 」
一気に酔いも覚める…… ドボンとドアの向こうから露天風呂に飛び込む音が聞こえた。 俺、女湯と間違ったか!? いや、確かに青い男湯の暖簾を潜ったよな!
「ど、どうしたの! 」
薄くドアを開けて露天風呂に飛び込んだであろう藤堂さんに叫ぶ。 彼女から返答はなく、俺はドアをもう少し開けて中を覗いてみるが、湯船から立ち上る湯気で何も見えない。
酔った挙げ句の幻覚か?
とりあえず腰にタオルを巻いて恐る恐る中に進む。 すると湯煙の中にボンヤリと人の頭が見えてきた。
「と…… 藤堂さん? 」
「は、はい…… 」
湯気で良く見えないがこの声は藤堂さんだ。
「はい、じゃないでしょ! 何してるの男湯で 」
「いやあの…… 女湯のドアを壊しちゃったみたいで 」
上ずった声で彼女は説明してくれるが、いまいち状況が飲み込めない。
「とにかく女湯に戻りなよ。 誰か来たらどうするの! 」
「いやそれが…… 向こうよりこっちの方が垣根高くて戻れないんです 」
おい…… マンガみたいな展開だな。 ここで俺の後ろからドヤドヤと男達が入ってきて、俺はヒロインを庇って背中の影に隠す…… なんて事を考えてると、ホントにおじいさん二人が露天に入ってきた。
「うそっ! 」
「シッ! 静かにしてて 」
俺は咄嗟に湯船に入り、藤堂さんに背中を向けて近づく。
「おや、先客がおったのかい。 こんばんはお兄さん 」
「あ…… はは…… こんばんは 」
言葉少なにおじいさん二人をやり過ごす。 顔を見たいのかじいさん達は俺に寄って来るが、俺は限界まで距離を取った。 背中に彼女の柔らかい肌を感じる…… ヤバいぞこれ……
マズイな…… 案の定おじいさん達の入浴時間は長い。 俺もそうだが、このままじゃ藤堂さんものぼせてしまう。
「おとうさん、ここにあるのってなんなんでしょうね? 」
俺はわざと入口から遠い場所を指差しておじいさん達を誘導してみた。
「どれどれ? 」
その言葉につられておじいさん達は湯煙の中を移動してくる。
「今だ、上がって 」
背中に張り付くように身を隠している藤堂さんに小声で言って、俺達は湯煙に消えるようにそっと露天を出た。 大浴場を覗いて誰もいないのを確認し、脱衣所を見ても人の気配はない。
「今のうちに早く! 」
俺は彼女に背を向けて脱衣所に手招きをした。
それからは運良く誰にも会わず、彼女に俺の浴衣を着させて男湯を出す。 時間が遅かったせいか、既に暖簾は外されて今日の入浴時間はあのおじいさん二人で最後だったようだ。
「すいません、ありがとうございました 」
女湯から急いで戻ってきた彼女は、照れながら浴衣を返してくれる。 そう言えばバスタオルを腰に巻いたままだったっけ…… パンツは履いてるけど。
「のぼせてない? ロビーで少し休んでいこうか? 」
「あはは…… ちょっとのぼせちゃいました 」
少し顔色が悪い彼女に手を貸してロビーの椅子に座らせ、自販機で冷たい水のペットボトルを買って手渡してやった。
「ありがとうございます。 せっかく新城さんにゆっくりしてもらおうと思ったのに、また迷惑かけちゃいました。 ダメですね私…… 」
首にペットボトルを挟んで苦笑いする彼女に事情を聞いてみる。
「皆で露天風呂に入ってたんですけど、もう少し入っていたくて私だけ残ってました。 それで、出ようと思ってドアを開けようとしたんですけど思いの外重たくて…… 思いっきり引っ張ったら取っ手が取れちゃったんです 」
あぁ、露天風呂側からは手前に開くドアだったか。
「しばらく待っても誰も入ってこないし、ドアを叩いて呼んでも気付いてくれなくて…… 」
「どうしようもなくなって男湯から出ようと思ったんだ 」
「誰もいなさそうだったので大丈夫かなって思ったんです。 まさか新城さんと鉢合わせするなんて…… 」
彼女は顔を真っ赤にして俯いてしまった。 モロに彼女の裸を見てしまった事は言わない方がいいだろうな…… 俺もタオルすら巻いてなかったし。
「ま、まぁ無事出られたから良かったんじゃないかな。 ハハ…… 」
「あー! こんなとこにいた! お風呂にもいないから心配したんだよ? 」
矢作さんが心配して探し回ってたようだ。 彼女はため息をついて藤堂さんと並んで俺の向かい側に座る。
「どうしたの? 真っ赤な顔して 」
彼女は何も答えず苦笑いする藤堂さんと俺を見比べてハハーンとニヤつく。
「やるじゃん遥…… 」
藤堂さんは何のことかと目をパチパチさせていたが、ややしばらく考えて更に赤い顔になる。
「ち、違うって! そうだ沙弥花、露天風呂のドアの取っ手壊れちゃった! 」
「壊したじゃなくて? 」
『本当だよー!』と必死に弁解する藤堂さんがちょっと笑える。 もう大丈夫だな…… 俺は彼女を矢作さんに任せて椅子から腰を上げた。
「もう行っちゃうんですか? 」
「酔っちゃったからね、休ませて貰うよ 」
『おやすみなさい』と残念そうに言う矢作さんに『おやすみ』と返し、彼女達に背を向けた。 グイグイ来られても困る…… 俺は足早に自分の部屋へ引き上げた。




