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ソラにいるキミに……  作者: コーキ
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2話 忘れられない記憶……

「あ…… え? 」


 彼女は差し出した缶コーヒーと俺の顔を何度も見比べている。


「その…… 寒いでしょ? 少しは温まるから。 カイロ代わりにでも 」


「あ、ありがとう…… ございます 」


 恐る恐る缶コーヒーを受け取った彼女から離れて、俺は望遠鏡の側で缶コーヒーのプルタブを起こした。


「………… 」


 自分でも信じられないが、気が付いたら彼女に声をかけてしまっていた。 平然を装うが、まだ心臓がバクバクしている…… 彼女は栞じゃない。 そう、それだけは確かだ。


「…… ふぅ 」


 熱い缶コーヒーを一口飲み、空を見上げる。 吐き出した白い息が夜空に溶けていった。



 彼女は…… 栞はもうこの世にはいない。 



「…… ふぅ 」


 まだ収まらないバクバクを抑えようと、続けて缶コーヒーに口をつける。 チラッと彼女の方を見てみるが、ベンチには彼女の姿はもうなかった。


「そうだよな…… 」


 いきなり声をかけられて缶コーヒー渡されて…… 気味悪がって帰ったのだろう。 この寒空で風邪をひくよりマシかと勝手に納得して、望遠鏡のファインダーを覗く。 ちょうどはくちょう座のデネブを捉えていたので、そのまま20秒間デジカメのケーブルレリーズのボタンを握る。


 マジで栞と見間違えた。 今までフードで見えなかったけど、高校時代の彼女に瓜二つ。 目の下のホクロはなかったけど……


 ハッと気付いて、レリーズを慌てて離す。 デジカメで確認してみると3分くらいシャッターを開きっぱなしにしてたようで、星の軌跡が見事に伸びていた。


 これはダメだ……


 さっきの女の子の顔がどうしても頭から離れない。 集中出来ずに、俺は手早く望遠鏡を片付けて今日は撮影を止めることにする。


「…… 」


 帰り際、彼女が座っていたベンチを歩きながらチラ見する。


 明日また来るだろうか……


 いや、そんなことを考えちゃいけない。 頭に浮かぶ栞の顔を振り払うように頭を大きく振り、俺は少しキツい階段を下りて自宅を目指した。




 あくる日の午後、5席あるカウンター席の端には高校時代からの友人の丸ノ内 佳(まるのうちけい)の姿があった。 彼女はちょくちょく、店の忙しくない時間を見計らってコーヒーを飲みに来る。


「たまには昼飯時にでも顔出せばいいのに 」


「お昼はここ混んでるんだもの。 一人で食べに来たって落ち着かないじゃない 」


 俺は厨房出入り口の柱に寄りかかって、彼女といつも通りの会話にをする。


「それに、暇な時間じゃないとあんた達とお話もできないじゃん 」


 佳はコーヒーカップに口をつける。 


「それにしても佳さん、ウェスト細いですよねぇ。 どうやったらこんな体型維持できるんですか? 」


 ボックス席の片付けから戻ってきた瑠依ちゃんが、後ろから佳の腰に抱き付いていた。 いつも見る光景だが、最近は着膨れしてるせいもあるのか妙に恥ずかしがる。 


「ちょっと瑠依ちゃん! 今月2キロも太っちゃったんだから腰はやめて! 」


「そうそう、佳は脱いだら凄いんだぜぇ? 」


 司がケラケラ笑いながら厨房から顔を出す。


「うっさい! あんた見たことないじゃん! 」


 佳は司におしぼりを投げつけるが、司は難なくキャッチする。 これもいつも通りの光景だ。


「佳さん、ホント奇麗で羨ましいなぁ…… 肌もツヤツヤだし、髪の毛真っすぐでサラサラ 」


 瑠依ちゃんは佳の髪の先を触ってみたり、手を取って擦ってみたり。 これも毎回のことなので佳ももう諦めているようだ。


「あれ? 佳、お前髪切った? 」


「ん? 毛先だけね。 孝太は気付くんだねぇ 」


 佳は満面の笑みで俺に拍手をした後、司に厳しい視線を送る。


「あんたはそういうことも気付かないんでしょ? まぁあんたは、瑠依ちゃんだけ見てればいいんだけどね 」


 司と瑠依ちゃんは恋人同士だ。 この店に瑠依ちゃんが勤めることになったのも、店長がウェイトレスを探していると司が聞いたからだ。


「女はちょっとした違いを気付いてくれるのも嬉しいんだからね 」


 佳と瑠依ちゃんは顔を見合わせて、『ネー!』と笑う。 店長は相変わらず全力で皿洗い中で、茅の外のような扱いだが、こんな風に笑い合っている仲間を見ているのが俺は好きだ。 この輪の中に栞もいればとよく思う。

 

「孝太、最近なんかあったの? 」


 不意に佳がそんなことを言ってくる。


「へ? …… 別になにもないけど 」


「そう? ならいいんだけど。 なんでもない、気にしないで 」


 何か違和感を感じたのだろうか…… 確かに栞のことを考えてたけど、それを気付いたのなら女の勘ってハンパない。


「あ、やば…… 今日の申し送り、永田さんだった! ごめん、あたしもう行くね 」


 慌ただしくコートを羽織って佳は店を出ていく。 彼女は南区にある大きな病院の看護師をしていて、今日は夜勤らしい。 永田さんという年配の先輩看護師の申し送り、つまり引継ぎは時間が長引くのだと愚痴ってたのを覚えている。


「看護師さんかぁ…… 大変そうですよねぇ 」


 瑠依ちゃんはカウンターに頬杖をついてしみじみと言う。


「大変だとは思うけど、アイツ自身が選んだ道だからな。 それに…… 」


 司はハッと気付いて、それ以上何も言わなかった。


「気を遣うところじゃないだろ? 」


 彼の言おうとしたことが分かった俺は、司の肩をポンと叩いて厨房に下がった。


「手伝います 」


 俺は真っ直ぐ洗い場に向かい、店長が全力で磨きあげた泡だらけの皿を受け取って水洗いをする。


「…… 平気かい? 」


 俺達の会話が聞こえていたらしく、店長が汗まみれの顔でこちらを見ずに声を掛けてくれた。


「えぇ。 司にも悪気はないし、些細なことでいちいち凹んでたら栞に顔向け出来ませんから 」


 笑顔で店長に返すと、店長はまた無言で皿洗いを続ける。


「琢さん、代わります 」


 すかさず司も洗い場に入ってきて、店長と皿洗いを交代した。 洗い物は店長が自分でやらないと気が済まないらしく、普段は代わろうとしても譲ってくれないが、今はすんなりその場を司と交代してくれた。


「悪かったな…… 軽率だった 」


「気にするなよ。 もう3年も前のことだし 」


 司からの返答はなく、俺達は黙々と皿洗いをする。


 そう、3年前のあの日から栞はもういない。


 血を見ると貧血を起こしてしまうくらいの佳が看護師になったのも、栞が果たせなかった看護師の道を継ぎたい想いからだった。


 

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