3話 天体観測で……
3年前の冬、伊吹 栞は3年の闘病生活の末、病院のベッドの上で息を引き取った。 急性骨髄性白血病…… 血液のガンと言われる病気だ。
新城孝太と小野司と丸ノ内佳、そして伊吹栞の4人は高校の同級生で、佳と栞は中学生からの親友だった。 4人は高校の同じクラスになったのがきっかけで遊ぶようになり、毎日のように誰かの家に集まっては笑い合う日々だった。
そんな中、卒業を控えた高校三年生の冬に、栞は学校で何の前触れもなく鼻血を出してしまう。 あまりにも多量の出血だった為に病院で検査を受けると、そのまま緊急入院となってしまった。
私もなりたかったなぁ、看護師さん
栞は看護学校に進学志望だった。 残念ながら入院の影響で栞は受験もできず、高校の卒業式にも出れなかった。 闘病生活を続ける中で、栞は最後の最後まで看護学校進学を諦めることはなく、当時中小企業の事務として就職していた佳は、亡くなった栞の意志を継いで看護師の道に変えたという。
「ほい、店長特製ブレンド 」
琢磨は、カウンターから不安そうに厨房の二人を覗く瑠依の前にコーヒーを置く。
「ありがとうございます。 ツカサくんってば調子に乗るといつもアレですもん 」
「大丈夫。 それでも彼等はうまくやっていけるよ 」
瑠依の隣に座って琢磨も一息入れる。
「それは心配してないんですけど…… 孝太さん、ツラいですよね。 恋人を亡くしちゃう辛さなんて想像できないなぁ 」
「まぁ…… ね。 彼は結婚の約束までしてたって言うから 」
「結婚かぁ…… 」
瑠依は頬杖をついてボソッと呟く。
「孝太君も25歳。 子供じゃないから、どこかで気持ちの整理をしなきゃと思ってるよきっと。 それまでは黙って見守ってあげないと…… だよ? 」
糸のような細い目で琢磨は瑠依に優しく笑いかける。
「分かってますよ…… でもなんか、見てる方がツラいです 」
唇をツンと尖らせてコーヒーカップに口をつける瑠依を、琢磨は優しく見守る。 孝太も司も、それからは一言も話さずに皿洗いを進めていた。
「お疲れさん、気を付けて帰るんだよ 」
営業時間が終わり、いつものように琢磨が店先で従業員3人を見送る。 孝太と司もいつものようにお疲れと挨拶を済ませて別れた。
「ホント、ツカサくんと孝太さんっていいコンビだよね 」
夜道の電車通りを司と瑠依は肩を並べて歩く。
「アイツとは高校時代ずっと一緒だったからな。 でも、栞が亡くなった時はホント大変だったよ 」
「そうなの? 」
白いため息をついて司は苦笑いをする。
「アイツ、栞の最後を看取ってやれなかったのを凄く後悔してさ。 一年位は何をやっても上の空…… 抜け殻みたいだった 」
「孝太さんが? そんな風には見えないけど…… 」
「当時アイツはホテルの厨房スタッフでさ。 専門学校出て、将来栞の面倒をみたいって安定した職場に必死こいて入って…… とにかく頑張ってたんだ。 勤めて一年位、病院から栞が危篤だっていう連絡があってさ…… 俺達には連絡ついたけどアイツにだけどうしてもつながらなかったんだ。 結局看取ったのは毎日見舞いに行ってた佳だったんだけど、栞は亡くなる直前まで孝太を呼んでたらしいから…… 」
司はそれっきり黙って歩いていた。 瑠依は司の袖をギュッと掴む。
「ごめんねツカサくん。 ツラかったのは…… ううん、栞さんが亡くなってツラいのは孝太さんだけじゃないもんね 」
袖から手を離し、瑠依は司の手を取る。 司はその手を握り返し、瑠依に優しく微笑んだ。
「俺には瑠依がいてくれるからな。 孝太にしても佳にしても、気持ちの整理がつくまで支えてやらないと…… 」
「うん 」
いつもの公園のいつもの場所に、天体望遠鏡をセットしている孝太の姿があった。 今日は雲もなく、新月で月明かりもない。 天体観測にはちょうど良い天候だ。 孝太はファインダーを一度覗き、腕時計を見てレリーズのボタンを押す。 シャッター速度は20秒…… レリーズから手を離して画像を確認し保存する。 続いて今度はシャッター速度を25秒。 何度か露出を調整しながら撮影し、徐々に時間を増やしていく。
ガシャン ガシャン
自動販売機で飲み物を買う音。 その音に孝太が振り向くと、缶コーヒーを手にした昨日の女の子が孝太の側に歩いて来ていた。
「…… カイロがわりにでもどうぞ。 冷えますから 」
孝太に缶コーヒーを差し出して彼女は微笑む。 今の気温は2度。 今日は女の子の服装も大きな襟が付いたガウンのようなオーバーコートだった。
「…… あ、ありがとう 」
見れば見るほど元気だった高校時代の栞に瓜二つ。 孝太は差し出された缶コーヒーを受け取るのも忘れ、ただただ女の子を見つめていた。
「…… あの 」
見つめられる女の子は、どうしていいか分からずしどろもどろになる。
「あぁ、ごめん! 」
孝太は慌てて缶コーヒーを受け取る。 両手でしっかり握るその手は少し震えていた。
「あ、ええっと。 その…… どうして? 」
女の子は後ろ手で孝太に微笑む。
「昨日のお礼です。 毎日来ているようでしたから、もしかしたら今日も…… と思ったんです。 天体撮影のお仕事なんですか? 」
少し高めだが声まで栞に似ている。 夜の暗闇のおかげで目立たないが、孝太の目が僅かに潤んできていた。
「いや、ただの趣味…… 日課なんです 」
孝太は浮かんでくる涙を抑えるかのように星空を見上げる。 つられて女の子も孝太と同じように空を見上げた。
「…… 興味ありますか? 星座とか 」
空を見上げたまま、おもむろに孝太は女の子に話しかけた。
「綺麗ですよね、星って 」
そのまま二人はしばらく黙って空を見上げていた。
「覗いてみますか? ファインダー 」
「いいんですか? 」
孝太はスッと望遠鏡の側を離れる。 『失礼します』と、女の子がファインダーを覗くのを、孝太は後ろから唇を噛み締めて見守る。 頬には一筋の涙が伝っていたのだった。




