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今日はいよいよ王太子が我が家へ来訪する日。
使用人たちが朝から慌ただしく動き回っている。
王太子の到着は14時、ちょうどティータイム。会話が続かなければお茶を飲んでおやつを食べていればいいわ。
そんなことを考えながら朝の支度を始める。
アリーはやはり張り切り、またもや私をツヤツヤにしようとした。
しかし今回は煌びやかなお茶会ではないのだ。我が家でもてなすだけだからどうか華美になりすぎないようにしてくれとお願いする。
アリーは少しだけ肩を落としながら今日着るドレスに合わせて綺麗に髪の毛を結い上げてくれた。
支度ができたら今度は厨房へ向かう。今日のメニューの確認だ。
食堂近くにある厨房に顔を出すと料理長を始め、皆が仕込みの最中だった。
忙しそうだけどこれだけは伝えておかないと、と忙しそうな料理長を呼び止める。
『忙しいところごめんなさい。
もしアップルパイを作るようだったらシナモンは抜いて欲しいの』
私の言葉にふむふむと耳を傾けてくれる料理長。
『王太子はシナモンが得意ではないそうで、もしシナモンを使う予定があったら抜いてくれると嬉しいわ。』
「教えていただきありがとうございます。」
熊のように大きな体をグッと屈めながらお礼を言ってくれる。
『もっと早くに伝えられたら良かったのだけれど、遅くなってごめんなさい。』
そう、アリーがヘアセットをしているときにあのお茶会での王太子と側近たちの会話を思い出したのだ。
王太子はアップルパイのシナモンがどうにも好きになれないと。嫌いなものをわざわざ入れてやる必要はない、そう思い料理長に伝えにきたのだ。
「いえいえ、ありがたい情報です。
美味しいデザートを楽しみにしていてください。」
パチリとウインクが飛んできた。
頼もしい料理長だわ。
それからはあっという間に王太子をお迎えする時間になった。
玄関ホールに使用人一同が並び、真ん中で私たち家族が出迎える。
落ち着かない気持ちで待っていると玄関の扉が開かれた。
王宮付きの方と一緒に歩いてくる王太子。
「輝かしき太陽の御子にご挨拶申し上げます。
本日はルドヴァン家にお越しいただきありがたく存じます。」
「妻のアンネでございます。」
「義弟のルイスと申します。」
我が家が順にご挨拶するとそんなに畏まらないで欲しいとのこと。
「急な申し出を受けていただき感謝する。」
「とんでもないです。
本日はクラリスと交流したいとのことでしたので庭園にお茶の準備をしております。」
どうぞこちらへ、とお父様が案内をする。その後ろに王子のお付きの方が、そして私とルイスとお義母様が続く。
王宮の庭園に比べれば広さは劣るが、綺麗に整えられた自慢の庭園だ。そこに日除けを作りテーブルと椅子が拵えてある。
「どうぞこちらでお寛ぎください。
我々もそばで待機しておりますので、何かありましたらお声掛けください。」
そう言ってお父様はアンネお義母様とルイスを連れて庭園から去っていく。
我が家の使用人が王太子用の椅子を引き着席を促す。
王太子の着席を見届けて自分も椅子に座った。
そして事前に用意していたメモを王太子へお渡しする。
”私は声を出すことができません。お時間がかかってしまいますが、筆談でのお返事をお許しください”
そのメモを見るなり王太子が口を開く。
「声のことは承知している。無理を言ってすまない。
筆談で構わない。今日はありがとう。」
”とんでもないです”
テーブルに次々と並べられるケーキやお菓子、そして温かい紅茶。
王太子のお口に合うと良いのだけれど。
「クラリス嬢は普段何をしているのかい?」
”義弟のルイスと一緒に魔法の家庭教師から授業を受けたり、お義母様からマナーを教わったりしております”
筆談は結構やりにくいものね。
普段魔法文字でスイスイ言葉にしているから書くという作業がこんなにも時間がかかるなんて。
7歳の手にペンは少々重すぎるのだ。もたつきながらも文字を書いて王太子に見せる。
”王太子殿下は普段どのようなことをされているのですか?”
こちらからも聞き返す。
「同じように家庭教師から魔法を教わっているよ。
あとは帝国の歴史を学び父上のお仕事を見学したりしている。」
王太子に関しては断罪の印象が強かったのであまりいい感情を抱いていなかったのだが、こうやってお話をしてみると子供ながらに紳士的でしっかりされている。
まあこれからどう育つのかは知らないけれども。
「そうだ、対面だとメモのやり取りに手間がかかるだろう。
隣に移動しても良いか?」
急な申し出に反応できずにいると、隣で文字を書いている様子を見たいのだと付け加えてきた。
拒否することもできず首を縦に振り頷く。
使用人が椅子を私の右隣に移動させ並んで座る形になった。
ちょうどそのタイミングでアップルパイが運ばれてきた。
焼きたてのそれはパイ生地の艶がとても美味しそうで料理長が目の前でホールからカットしてくれている。
「アップルパイ、か。」
”このアップルパイはシナモンが入っておりません”
目の前にカットされたアップルパイが出されると同時に私は王太子にメモを見せる。
すると驚いた様子の王太子殿下。
”以前のお茶会でシナモンが苦手だというお話をお聞きしました”
簡潔に文字を書く。じっと見つめられながら文字を書くのもなんだか照れてしまうわね。
「気遣いに感謝する。どうもあの香りが受け入れられなくてな。」
少し恥ずかしそうにしているその顔は年相応の表情で安心する。
フォークを手に取りサクッとパイ生地を崩しながら一口大にカットして口に運ぶ。
甘く煮詰められたリンゴはしんなりしたものとシャキッとしたものがあり食感の違いに驚く。
「美味しい!」
どうやら王太子のお口にも合ったようだ。
”美味しいですね”
「食べながら文字を書くのは大変だろう。
先にこの美味しいアップルパイを食べてしまおう。」
確かに食べながら文字を書くのはお行儀も悪く見えるだろうなと思っていたので大変ありがたい申し出だった。
こんなに気遣いができる人だったのか。
そんな人に断罪されるんですけどね。
というよりこの婚約って無かったことにできないのかしら。私からこの話を持ち出すのはきっとよろしくないことのような気がするし……。
何かいい方法はないかしら。
そんなことを考えていたらあっという間にアップルパイがお皿から消えていた。
「とても美味しかったよ。」
”うちの料理長が喜びます”
それから王太子の興味は魔法授業のことに移った。
「今、クラリス嬢が受けている魔法の授業はどのようなものだ?」
”基本魔法も個別魔法も座学で学んだり、実践を行うなど、その都度先生が課題を与えてくれます”
「クラリス嬢の魔法適性は何だ?」
”基本の5属性全部です”
そのメモを見ると大いに驚いていた。
確か王太子は、水と風と土、そして光も適性があったような気がする。と言っても一度目の人生の記憶だけど。
「基本属性全てに適性があるのか!それは素晴らしいな!
私は水と風と土、それから光だ」
どうやら前回と同じ適性のようだ。
特にトラブルもなく、和やかにティータイムを過ごす。
そしてあっという間にお別れの時間がやってきた。
「もうそんな時間か。
またお邪魔しても良いだろうか?」
なんですって?!できればご遠慮願いたいのですが。
私の内心を知ってか知らずか王太子は続ける。
「このように楽しい時間を過ごしたのは久しぶりだ。
クラリス嬢とは話していて退屈しない。
また来てはダメだろうか?」
後ろに控えているお付きの方の視線が痛い。王太子の申し出を断れるわけないでしょうが。
”王太子のお時間がある時にご連絡いただければと存じます
我が家も準備がありますのでお会いする際はお時間をいただきたいですわ”
引き攣りそうになる顔を必死で誤魔化しながら一応了承と取れる返事を書く。
それに満足した王太子は笑顔になり、必ず連絡する、とおっしゃった。
なるべく関わりたくなかったのに、いや、婚約者だから妥当な面会ではあるのかしら。
そんなことを考えながら家族全員で王太子を見送った。




